子供の時に好きだったことを考えれば、必ず自分の才能が分かるのだが、多くの人は、そのことについて、あまりに簡単に考えようとする。
それは、想像力に欠けているからだ。
例えば、童話作家のアンデルセンが14歳の時に、オーデンセの村からコペンハーゲンに出てきたのは、歌手か舞台俳優になるためだった。
そして、彼が熱心にやっていた趣味は人形(女の子の人形)の服を縫うことだった。
想像力があれば、それらのことと、彼が実際になった、童話作家、詩人というのは、深い関連があることが分かるだろう。

ビル・ゲイツはプログラマーになりたかったが、プログラマーとしてはあまり活躍せず、IT企業の経営者になった。
スティーブ・ジョブズは、宗教的伝道師かハイテクの技術者になりたかったが、革新的事業家になった。
彼らもまた、成りたかったものと成ったものとの間に、明晰なつながりがあることが分かるのである。

画家の横尾忠則さんは、子供の時から絵は上手かったが、冒険小説も大好きで、本当は冒険家になりたかったのかもしれない。
そのことが、彼に、人気イラストレイターから、画家に転向するという、大きな冒険をさせたのかもしれない。

アーマンド・ハマーは医者になりたかったし、実際、医学博士になったが、実際にやったのは国際的ビジネスだった。しかし、彼のビジネスは、経済の医療で、経済的に病んでいた旧ソ連を見事に治療したのである。

池田万寿夫さんは、高校生位の時から画家になりたかったようだが、最初は、絵はあくまで手段で、本当になりたかったのはプレイボーイだった。
だから、油絵が売れそうになければ、こだわらず、あっさりと版画に転向し、また、非常に幅広い分野の美術家になって、ニューヨークの彼の住居には、モデル志望の若く美しい女の子達が引きも切らずにやって来た。

子供の時になりたかったものを、直接的に、自分の才能や適職と結びつけるから、自分が何に向いているか分からなかったり、やるべきことの判断を誤ったりするのだ。
では、どのように考えれば、子供の時に大好きだったことが、大人になってからやるべきことと結び付くかというと、人々をどう喜ばせることが出来るかを考えれば良いのである。
アンデルセンは、歌や演技や裁縫では、人々を喜ばせることは出来なかったが、詩や童話作品ではそれが出来たのだ。
ビル・ゲイツが単なるプログラマーになっていたら、一定の人々しか喜ばせることが出来なかったが、マイクロソフトを作ったおかげで、世界中の膨大な人々を喜ばせた。
この点は、もちろん、スティーブ・ジョブズについても言える。

あなたも、子供の時に好きだったことを、どのように活かせば、より多くの人々を喜ばせ、活気づけ、癒し、豊かにしてあげられるかと考えれば、自分の中に眠る天才を見つけ、容易く適職が分かるのである。









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