呪文とアファメーションはどう違うのだろう?
アファメーションとは、「私は億万長者になる」とか、「私はこの会社の重役に相応しい」といった、肯定的な言葉で、有名なものでは、
「私は健康だ。私は幸せだ。私は素晴らしい」
といったものがある。
呪文も、それらと似たようなものもあるだろう。
たとえば、心理学者の河合隼雄さんの好きな呪文は、
「ふたつよいことさてないものよ」
「人の心などわかるはずがない」
だったようだ。呪文を唱えると、心が収まると言う。

アファーメーションとは、願望や欲望の言葉である。
勇気を起こすための言葉とも言えるかもしれないが、やはり、本質は、願望や欲望なのだと思う。
一方、呪文とは、「真理」なのである。
真理と言える言葉を唱えることによって、心が真理である自然、宇宙、あるいは、神に同調して、動揺がなくなり、静かで平安な状態になる。
当然、河合さんの言われる通り、心が収まるはずである。

呪文とは言っておられなかったが、超人的な合氣道家の藤平光一さんが著書に書かれていた、「重みは下にある」という言葉を言えば氣が出るというのも、真理の言葉を唱えることで、心が宇宙大自然と調和する結果なのである。

ところで、「私は神である」というのも、根本的には真理であるから、優れた呪文ではあるが、自我が神であるとは言えないので、よほど心が静かな状態でなければ、ややノイズが入る。
そこで、普通は、「私は本当は神である」と唱えた方が良いだろう。こちらであれば、特に問題はなく、神秘な力を得るだろう。

私の好きな呪文に、『NOIR(ノワール)』というアニメで、イントッカービレ(イタリア語。英語のアンタッチャブル=侵すべからざる者)と呼ばれる、レディー・シルヴァーナが、少女の時に言った言葉がある。
シルヴァーナと、幼い時のミレイユ・ブーケは、断崖絶壁の上に立ち、はるか下の海を見下ろしていた。
「こわい・・・」
と震えるミレイユに、シルヴァーナは言ったのだ。
「私に恐れはない」
真の自分(神)は恐れない。
だから、この言葉を呪文として唱えると、宇宙の真理を表明すると共に、自我が真の自己である真我(神我)と一致してくる。
そして、実際に、一切の恐れは去り、無限の力と同調し、不可能はなくなる。
私は、この言葉を呪文としている。
ちなみに、今、Amazonで、『NOIR(ノワール)』のDVDが、叩き売り状態だ。
しかし、素晴らしい名作アニメと思う。









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