誰の愛も必要としない人間を、誰もが愛さずにはいられない。
日常的なことで言えば、誰かに構ってもらいたがることをやめれば、その者は、相手にするだけの価値のある人間になるのだ。
逆に言えば、他人に構って欲しがる者に、本当の価値や本当の魅力はない。

『嫌われる勇気』という本が大変なベストセラーらしいが、私は読んでいない。
昔、岡本太郎が、「嫌われたっていいじゃないか?いや、嫌われないといけない」と言ったが、嫌われるってことは、まだ構ってもらえているのだ。
子供のイジメでも、最もこたえる残忍なイジメは、シカト・・・つまり、無視なのだろう。
無視されるよりは、罵られ、軽蔑される方がマシなのだし、昔の人は、一人になるくらいなら、殴られる方が良いと言ったものだ。

それならば、私は、『無視される勇気』を持とう。
『涼宮ハルヒの憂鬱』で、宇宙人製アンドロイドの長門有希は、自分のことを幽霊だったと表現したことがあった。
誰にも相手にされず、自分もまた、誰にも関わらなかった。
だが、幽霊は名前を持てば、幽霊でなくなる。
有希も、有希という名を持った時に、幽霊でなくなった。
それで、構ってもらえる相手が出来てしまった。
それは、有希を弱くした。
彼女は「女」になってしまった。
それで、彼女は世界を壊しかけてしまったのだ。

木枯し紋次郎は、まともな人間に名を問われても、「堅気の衆に披露する名など、ござんせん」と言って名乗らなかった。
紋次郎は幽霊であり続けた。
だから彼はいつまでも強かったのだ。
ならば、私も名を持つまい。
私は幽霊である。
「私は誰か?」
答は、「私は誰か」である。
それが私の唯一の名である。

誰かに構ってもらおうなんて、甘ったれたことを願ってはならない。
誰の愛も必要としない高貴な孤独を貫くのだ。
そして、ささやくような小さな声で、しかし正確に、「アジマリカン」と唱えるのだ。
そうすれば、冷淡にはならず、慈愛に満ちた無関心を保つだろう。
それは、星と同じなのである。
星は、絶対的に正しい導き手である。
星に影響を与えるものなどないのだから。
あなたは、そんな星になるのである。
「アジマリカン」は星になる呪文である。









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