謝罪会見というものがよくある。
問題を起こして世間に迷惑をかけた社長さんらが、テレビカメラの前で禿げ頭を深々と下げ、それを記者達のカメラのフラッシュが照らすというのが恒例のようだ。
人気者だが、刑務所に入れられた者達も、出所時に、テレビカメラや記者や野次馬の前で、やっぱり深く頭を下げる。

本来、頭を下げるというのは、上下関係をはっきりさせるということであり、別段、「謝罪する」という意味はないのだが、上とか下にこだわる卑しい人間性が、こんなおかしな慣習を作ったのだろう。
私は、誰にも頭を下げて欲しくないし、頭を下げるのを見たくもない。

多くの歌手が、歌い終わった後に頭を下げ、古いタイプの歌手なら、歌う前にも頭を下げる。
これは、「お金を払って下さい」という意味で、やはり、払ってもらう方と払う方の上下関係をはっきり示すことである。
決して、高潔な意味がある訳ではない。
就職の面接の際、部屋に入ってくるなり、応募者は頭を深く下げ、面接が終わって出て行く前にも、最大に頭を下げる。
これもまた、「お金を下さい」と媚びているだけで、応募者の優秀さや人間性の高さなど、全く表していない。

頭を下げるというのは、謙虚さを示しているのではない。
単に、上下関係を形にし、不当なお願いをし、時に、相手を油断させて足元をすくおうとすることなのだ。

映画『燃えよドラゴン』で、ブルース・リー演じる武道の達人リーが、少林寺で少年の修行者に稽古をつけてやった後、相手の少年が頭を下げると、その頭を叩く。
うつむいていたからだ。
リーは、お辞儀をする時も、相手から目を離すなと教える。
これは、「いかなる時も警戒を解くな」という意味でもあるのだろうが、それだけとは思えない。
そのように、こっちを見たまま頭を下げられると、あまり良い気はしないかもしれない。
だが、それは同時に、媚びていない、不当な要求をする気がないことを示している。
私なら、こっちの礼の方がまだ好きだ。

初音ミクさんが、コンサートで、おそらく一番変な姿で歌う『キャットフード』という歌の中に、「媚びない、それが私自身」という言葉があるが、良い言葉であると思う。
媚びない女が一番いい女だということを知っている男性は・・・昔は多かった。
今は、頭を下げる女が好きな男が多い。
今の男に本当の力がないのだ。
つまり、頭を下げる男ばかりなのだ。

王者は頭を下げない。
岡本太郎は決して頭を下げなかった。
ポーズで下げる時は笑っていた。
あなたは王者になるのだから、頭を下げてはならない。
ポーズで頭を下げても(世間的には必要だ)、うつむいてはならない。
老子は、本物の王者は自分を、「みなしご、孤独な者、不作な者」と自称すると言う。
たとえそうでも、王者は頭を下げないのだ。

時代劇小説『木枯し紋次郎』に登場する、一番いい女は誰だろう。
それは、帰ってきた紋次郎シリーズでも、一番最後に登場する、ふみという名の娘だ。
しびれるほどいい女とは、こういうのを言うのだ。
ふみは、事情はあるが、娘とはいえ、商家の主だった。
彼女の使用人が、柔らかいものだが、武士の顔に当ててしまい、激怒した武士が「手討ちにしてやる」と凄む。
ふみは、武士の前に正座し、謝るが、頭は下げず、武士をじっと見ている。
そして、私を切れと言う。
軽視されたと感じた武士はさらに怒りを燃やし、いよいよ大刀を抜き、ふみに向かって振りかざすが、やがて脂汗を流し、逃げるように立ち去る。
彼女こそ、本物の王者である。
その彼女も、紋次郎には頭を下げるのだが、「軽く」とちゃんと添えて書かれていた。
紋次郎は、ポーズとしては頭を下げるが、やはり、媚びて頭を下げることは絶対にない。
あなたは、ふみと紋次郎の魂を喰らって王者になるがよい。









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