顔を上げることの大切さは、いくら強調しても足りないので、再度述べておきたい。
最後まで顔を上げ続ける者だけが成功する。
世間では、走り続けることの大切さがよく言われるが、うつむいて走っていたら、天使が近付いて来たって分からないし、崖に向かって走っていることも分からず、気がついた時は真っ逆さまだ。
そりゃ、古代ギリシャの数学者で哲学者だったターレスのように、星の観察に熱中するあまり地面の穴に落ちて、奴隷の女に笑われたという有名な話もあるので、足元にも気をつけないといけないが、いつまでも足元ばっかり気にして人生を終えるのが人間なのだ。
地に足を着けるってのは、考えることだ。
顔を上げるというのは、行動することだ。
考えるばかりじゃ、いけないってことだ。
いつかは、思考という鎖を解き放って、空に飛ばないといけない。
私は、この5年ほど、毎日、肉体のトレーングを欠かしていないし、特にこの3年近くは、朝晩2回のトレーニングを1日も欠かさない。
目的らしいものもなく、そんなことをやっていて、すっかり人間離れしてきた。
しかし、最近は、ややメニューの多い夜のトレーニングをちょっとシンドイと思うようになっていた。
ところが、顔をあげてやることを意識するようになったら、途端に身体が軽くなり、またトレーニングが楽しくなった。
私がいつもお薦めしている腕振り運動にしたって、顔をあげてやれば最大の効果が出る。
スクワットでも、うつむいてやると、姿勢が悪くなって、効果が少ないばかりか、腰を痛めかねない。
腕立て伏せも、うつむいてやる者が多く、すると身体が曲がってしまって、やはり効果が少なく、しかも、肩や肘を悪くするのである。
運が悪くなっていたら、星を見ると良い。
絶望している時は、是非とも星を見るべきだ。
古代から、沢山の人達が星を見て、神に救い上げられている。
BOAさんの『Every Heart~ミンナノキモチ~』という、アニメ『犬夜叉』のエンディング曲であった、恐ろしいほど素晴らしい曲がある。
その中で、「星たちが話す未来は いつも輝いていた」というところがある。
ここを聴いた時、私は恍惚としたものだ。
それは、太古の昔から、星を見上げていた人達が皆、感じていたことだ。
星が語りかけてくることは、高い精神と同調する人なら誰もが知っている。
ジョージ・アダムスキーは、UFOを見たければ、野外に出た時、空を見上げるクセを持てと言っていた。
あの人のUFOや宇宙人の話が本当かどうかは分からないし、どこか怪しい感じがしないでもないのだが、貧しいポーランド移民だった彼が、その思想で沢山の人達に信奉され、優れた影響を与えていたのは紛れも無い事実だ。
あなたも、UFO・・・あるいは、天使を見つけるつもりで、野外では度々、空を見上げれば良い。
今の人は、いつもスマートフォンを見てうつむいているので、天使が沢山飛び回っていても気付かないし、幸運も全て逃している。
天使もUFOも、よく見ないと見えないところがある。
動きが速いし、地上近くまで来るUFOは、そんなに大きくない。
数百メートルという距離が、ものをいかに小さく見せるかは意外なほどなのだ。
だから、飛行機にあまり乗らない人が、稀に飛行機を近くで見ると、その予想外の大きさにひどく驚くのだ。
ロケットの巨大さなんて、見れば、人生が変わるほどだ。
そして、天使やUFOを見れば、そして、それを認識できれば、その人の人生は決定的に変わるのである。その時から、彼(彼女)は空に向かうのだからだ。
天からは、精妙な陽気が降ってきている。
空を見上げる者が、それを感じ、そして、感じることでそれを受け入れる。
その時には、もう以前と同じ人間ではなくなっている。
『まほろまてぃっく』というアニメで、まほろが「時々、見上げてみなくっちゃ、空の青さは分からないよ」という、妙なハナ歌を歌うのをよく覚えている。
空を見上げることがない人間がいかに多いことか。
そして、星を見ない人がすっかり多くなってしまった。
ライネル・マリア・リルケの『夢』というお話に、星は、閉じた瞼から抜け出した人間の目だと書かれている。
ある意味、まったくその通りなのだ。
それは、宇宙霊と一体化した純粋な魂の反映だ。
星を通して、我々の魂がそれを見るのである。
星を多く見ながら不幸な人は、人類史上、1人もいないのだ。
たとえ目が見えなくなって、顔を上げれば、星を感じるのである。
顔を上げれば、我々の中の星が、宇宙全体と呼応するからである。
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最後まで顔を上げ続ける者だけが成功する。
世間では、走り続けることの大切さがよく言われるが、うつむいて走っていたら、天使が近付いて来たって分からないし、崖に向かって走っていることも分からず、気がついた時は真っ逆さまだ。
そりゃ、古代ギリシャの数学者で哲学者だったターレスのように、星の観察に熱中するあまり地面の穴に落ちて、奴隷の女に笑われたという有名な話もあるので、足元にも気をつけないといけないが、いつまでも足元ばっかり気にして人生を終えるのが人間なのだ。
地に足を着けるってのは、考えることだ。
顔を上げるというのは、行動することだ。
考えるばかりじゃ、いけないってことだ。
いつかは、思考という鎖を解き放って、空に飛ばないといけない。
私は、この5年ほど、毎日、肉体のトレーングを欠かしていないし、特にこの3年近くは、朝晩2回のトレーニングを1日も欠かさない。
目的らしいものもなく、そんなことをやっていて、すっかり人間離れしてきた。
しかし、最近は、ややメニューの多い夜のトレーニングをちょっとシンドイと思うようになっていた。
ところが、顔をあげてやることを意識するようになったら、途端に身体が軽くなり、またトレーニングが楽しくなった。
私がいつもお薦めしている腕振り運動にしたって、顔をあげてやれば最大の効果が出る。
スクワットでも、うつむいてやると、姿勢が悪くなって、効果が少ないばかりか、腰を痛めかねない。
腕立て伏せも、うつむいてやる者が多く、すると身体が曲がってしまって、やはり効果が少なく、しかも、肩や肘を悪くするのである。
運が悪くなっていたら、星を見ると良い。
絶望している時は、是非とも星を見るべきだ。
古代から、沢山の人達が星を見て、神に救い上げられている。
BOAさんの『Every Heart~ミンナノキモチ~』という、アニメ『犬夜叉』のエンディング曲であった、恐ろしいほど素晴らしい曲がある。
その中で、「星たちが話す未来は いつも輝いていた」というところがある。
ここを聴いた時、私は恍惚としたものだ。
それは、太古の昔から、星を見上げていた人達が皆、感じていたことだ。
星が語りかけてくることは、高い精神と同調する人なら誰もが知っている。
ジョージ・アダムスキーは、UFOを見たければ、野外に出た時、空を見上げるクセを持てと言っていた。
あの人のUFOや宇宙人の話が本当かどうかは分からないし、どこか怪しい感じがしないでもないのだが、貧しいポーランド移民だった彼が、その思想で沢山の人達に信奉され、優れた影響を与えていたのは紛れも無い事実だ。
あなたも、UFO・・・あるいは、天使を見つけるつもりで、野外では度々、空を見上げれば良い。
今の人は、いつもスマートフォンを見てうつむいているので、天使が沢山飛び回っていても気付かないし、幸運も全て逃している。
天使もUFOも、よく見ないと見えないところがある。
動きが速いし、地上近くまで来るUFOは、そんなに大きくない。
数百メートルという距離が、ものをいかに小さく見せるかは意外なほどなのだ。
だから、飛行機にあまり乗らない人が、稀に飛行機を近くで見ると、その予想外の大きさにひどく驚くのだ。
ロケットの巨大さなんて、見れば、人生が変わるほどだ。
そして、天使やUFOを見れば、そして、それを認識できれば、その人の人生は決定的に変わるのである。その時から、彼(彼女)は空に向かうのだからだ。
天からは、精妙な陽気が降ってきている。
空を見上げる者が、それを感じ、そして、感じることでそれを受け入れる。
その時には、もう以前と同じ人間ではなくなっている。
『まほろまてぃっく』というアニメで、まほろが「時々、見上げてみなくっちゃ、空の青さは分からないよ」という、妙なハナ歌を歌うのをよく覚えている。
空を見上げることがない人間がいかに多いことか。
そして、星を見ない人がすっかり多くなってしまった。
ライネル・マリア・リルケの『夢』というお話に、星は、閉じた瞼から抜け出した人間の目だと書かれている。
ある意味、まったくその通りなのだ。
それは、宇宙霊と一体化した純粋な魂の反映だ。
星を通して、我々の魂がそれを見るのである。
星を多く見ながら不幸な人は、人類史上、1人もいないのだ。
たとえ目が見えなくなって、顔を上げれば、星を感じるのである。
顔を上げれば、我々の中の星が、宇宙全体と呼応するからである。
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「二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た。」(フレデリック・ラングブリッジ『不滅の詩』より)
'Two men look out through the same bars; One sees the mud, and one the stars' (Frederick Langridge, 1849-1923).
これを思い出しました。
マーフィー博士の『人生に奇跡を起こす』にありましたが、
「男よ、おまえが見るものに
おまえはならねばならぬ。
もし神が見えれば神に
もしおまえが塵を見れば、塵になるのだ。」(よみ人知らず)
これも色々なところで引用されています。
顔を上げて星空を見れば、そこに充満し、遍在している純粋意識と同化して、つかの間肉体や物理的要件を忘れることが出来る、ということかも知れませんね。
あるいは「顔を上げる」所作そのものが、オーラやチャクラのシステムの何かを活性化させる条件なのかも知れません。
天使の人口は、地球上の人間の人口よりも多いという説もありますね。
そんなことを思いました。