今は、絵を描いたり、文章を書いたり、また、音楽を演奏したり、歌ったり、あるいは創ったりして、それが優れたものなら、ネットで広く知られるようになる仕組みが出来ている。
完全とは言えないが、誰もがかなり平等に勝負できるようになっていて、昔のように、才能があるのに一生埋もれたままになる可能性は減ってきた。
しかし、逆に言えば、自分に才能がないという事実も、はっきり突きつけられるようになったということだ。
これは、かなり厳しいことである。
人に抜きん出るのも、千人に一人という地位程度なら、努力次第ということになるが、万人に一人、数十万、数百万に一人となると、どれほど超人的な努力をしたところで、才能がなければどうなるものでもない。
だが言っておくが、誰でも、才能が突然、現れることが絶対にある。
極端な例では、フランス国歌ラ・マルセイエーズを作詞作曲したのは、普段は大した才能のない日曜音楽家に過ぎない技術軍人の男だったのだ。
ところが、その彼が、突然、天才になり、一夜でこの名曲を創ったのだ。
しかし、彼が天才であったのは、その一夜だけだった。
なぜ天才のままでいられなかったのかは分からないが、もしかしたら、その方が彼にとっては幸福だったのかもしれないし、本人も特別であるより平安を望んだのかもしれない。
また、あるスポーツ競技で、国内の1つの地域の大会で一度上位に入賞したことがあるだけという平凡な選手が、ある時から急に力がつき、オリンピックに出場したばかりか、なんと、銀メダルを取ってしまったことがあった。
まだ若かったので、次は金メダルと期待されたが、その直後、また、平凡な選手に戻ってしまった。
おそらく、彼はずっと天才でいることもできたと思うが、ちやほやされて天才の鋭さを失ったのだろう。
そして、あなただって、いつ天才にならないとも限らない。
そんなことがあるかもしれないと信じて、あるいは、そんなことに全くこだわらず、止まることなく走り続ければ、いつか必ず天使は目を留めるだろう。
実をいえば、我々の中の天才は現れたがっているのである。
そして、大きな才能というのは、人類を前に進めるか、あるいは、叩き落すような時に発揮されるのだ。
もちろん、世界が高みに上がることに貢献すれば自分も真の栄光に輝くし、世界を壊せば自分も破滅するだろう。
だが、滅びは美しく、その後に希望と再生がある。
小市民、小善人が天才になることはないが、大悪人が天才になることはある。
そんな天才になるのもまた運命かもしれないが、人々を永遠に喜ばせる天才にだってなれるかもしれないのである。
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完全とは言えないが、誰もがかなり平等に勝負できるようになっていて、昔のように、才能があるのに一生埋もれたままになる可能性は減ってきた。
しかし、逆に言えば、自分に才能がないという事実も、はっきり突きつけられるようになったということだ。
これは、かなり厳しいことである。
人に抜きん出るのも、千人に一人という地位程度なら、努力次第ということになるが、万人に一人、数十万、数百万に一人となると、どれほど超人的な努力をしたところで、才能がなければどうなるものでもない。
だが言っておくが、誰でも、才能が突然、現れることが絶対にある。
極端な例では、フランス国歌ラ・マルセイエーズを作詞作曲したのは、普段は大した才能のない日曜音楽家に過ぎない技術軍人の男だったのだ。
ところが、その彼が、突然、天才になり、一夜でこの名曲を創ったのだ。
しかし、彼が天才であったのは、その一夜だけだった。
なぜ天才のままでいられなかったのかは分からないが、もしかしたら、その方が彼にとっては幸福だったのかもしれないし、本人も特別であるより平安を望んだのかもしれない。
また、あるスポーツ競技で、国内の1つの地域の大会で一度上位に入賞したことがあるだけという平凡な選手が、ある時から急に力がつき、オリンピックに出場したばかりか、なんと、銀メダルを取ってしまったことがあった。
まだ若かったので、次は金メダルと期待されたが、その直後、また、平凡な選手に戻ってしまった。
おそらく、彼はずっと天才でいることもできたと思うが、ちやほやされて天才の鋭さを失ったのだろう。
そして、あなただって、いつ天才にならないとも限らない。
そんなことがあるかもしれないと信じて、あるいは、そんなことに全くこだわらず、止まることなく走り続ければ、いつか必ず天使は目を留めるだろう。
実をいえば、我々の中の天才は現れたがっているのである。
そして、大きな才能というのは、人類を前に進めるか、あるいは、叩き落すような時に発揮されるのだ。
もちろん、世界が高みに上がることに貢献すれば自分も真の栄光に輝くし、世界を壊せば自分も破滅するだろう。
だが、滅びは美しく、その後に希望と再生がある。
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私は趣味でクラリネットを吹きますが、所属していた楽団が招かれて文化祭で演奏させていただいた養護学校の校歌はラ・マルセイエーズが原曲でした。曲の成り立ちが校歌に採用されているのに関わっているかはわかりませんが、あの子達は元気だろうかとふと思いだしました。