加島祥造さんの『求めない』という本が評判が良いらしい。
この本は詩集で、全ての詩が「求めない」という言葉で始まる。

私は、この本には最初からうそ臭さを感じていた。
人間に、求めないということはできない。
それを、聖人ぶって「求めない」と言うと、自分に嘘をつくことになり、心に抑圧、分裂が起こる。

あなたは、お金を、素敵な男性や可愛い女の子を、良い仕事や有利なポジションを、病気が治ることを求めないでいられるだろうか?
「ノー」とはっきり答える人は正直者だ。

どんどん求めれば良い。
お金を、楽で自己満足できる立場を、辛い病気が治ることを。
素晴らしい男性と結ばれることや、美しいあの女性と親密になれることを。

井上昌己さんの『恋はLiberty』という歌(作詞は古賀勝哉さんで、作曲が井上さん自身)で、「心は誰にも止められないから」と言うが、その通りで、無理に止めると心を抑圧し、抑圧は、歪んだ形で噴出する。
この歌は、早い話が浮気の歌なのだが、浮気だって、好きなものは仕方がない。
また、この歌で、「身勝手だとわかるけれど 私をあきらめないでいてね なんて ずるいずるい ずるい心」と歌うが、少しも悪い感じはなく、心のきれいな良い女の子だと思うくらいだ。
身勝手だろうが、自己中心的であろうが、欲張りだろうが、求めてしまうものは仕方がない。
いくらでも求めれば良いし、求めるべきだ。

だが、結果は神にまかせるのだ。
大切なことは、「求めない」ことではなく、「執着しない」「こだわらない」ことだ。
画家が、自分が素晴らしい絵を描くことを求めるのは良いが、どんな絵になるかは、神のみぞ知ることだ。
料理人が、熱心に素晴らしい料理を作ろうとするのは当たり前だが、「味にこだわる」なんて言わないことだ。
こだわるというのは、自分が結果を支配しようとすることで、それは不遜なことだ。
結果を決めるのは神なのだ。

好きな女の子がいたら、諦めたら得られるという。
映画監督のマイケル・ムーアが言ったらしいが、誤解を誘う言い方だ。
そもそも、諦めることなんかできないだろう。
諦める必要はないが、結果は神に全託(全てたくす。辞書にはない言葉)することだ。

願いがあれば、宇宙に放り投げることだ。
つまり、宇宙にまかせてしまうのだ。
これは、私が宇宙人から教わったことだ(以前に経緯を書いたが、今回は略す)。
政木和三さんは私にこう言った。
「私はね、お金なんてちっとも欲しくないんです。でも、お金はいくらでも入ってくると思ってるから、1億円も納税しちゃったんです」
命すら、神の手に預けてしまえば無敵である。
木枯し紋次郎は、いつでも死んだ気でいたし、死ぬなら死ぬで構わないと思っていた。
「捨てて惜しい命じゃござんせん」といつも言っていたのは虚言ではなかった。
だから、実力で敵うはずのない剣の達人達と何度決闘しても不敗だった。
また、1文も払わず、自然に天下の名刀を2度も手に入れている。
「南無阿弥陀仏」の念仏を称え、一切を仏にまかせる妙好人と呼ばれる人達の異常な強さに注目した人達がいた。
彼らは、決して無欲な訳でも、馬鹿でもない。
ここらは勘違いしている人が多過ぎる。
妙好人だって、ただの人だ。
しかし、結果を仏に完全にまかせ、執着していないのである。

宇宙人が教えたように、願いは宇宙にぽーんと投げてしまう、そんなイメージで処理せよ。
政木和三さんが教えたように、「結果はどうでも良いが、そうなったと思う」という柔軟さ、こだわりのなさを真似るのだ。
そうすれば、望みは全て叶うだろう。









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