シェイクスピアの『リア王』のリア王は、特別に愛されることに執着したから不幸になった。
身から出た錆だよ。
まともな人間であったリアの末娘は、愚かなリア王に冷遇されてしまったが、彼女は別に、地位や財産に執着していなかったので、不幸ではなかった。

筒井康隆さんの『時をかける少女』は、ちょっとしたサスペンスではあるのだが、和子も、ケン・ソゴルも、何にも執着していなかった。
ケンは和子が好きだったみたいだが、だからといって、和子の時代に留まる気はなかったし、和子を自分の時代に連れていこうともしなかった。
つまり、別に和子に対する執着なんかなかったのだ。
和子も、ケンのことを忘れないといけないことを悲しいとは思ったが、絶対に嫌だとまでは言わなかった。
だから、和子もケンも不幸ではない。
あのお話は、ハッピーエンドとはいえないのかもしれないが、妙にすがすがしい理由は、そんなところにあるのだろう。

一方、『スター・ウォーズ』では、アナキン・スカイウォーカーが何かに執着してしまったことが、銀河規模の不幸を招いてしまう。
それは、アナキンの師のオビ・ワンや、さらにその師のヨーダが無能だったってことじゃあないのかな?
一番肝心なところを教えることができなかったのだから。
日本の田舎のちゃんとした教師だって教えられることが、ヨーダには教えられなかったのだ。
ジェダイだの、フォースだの、それがもたらす強さや名誉に執着した結果なのだよ。
土台、ヨーダのような厳(いかめ)しい顔をしたがる者にロクなやつはいないさ。

宮本武蔵は強さに執着し、散々な人生だった。
お気の毒としか言いようがない。
武蔵は、人間性を疑われて、どこにも仕官が叶わず、やっと置いてもらえた藩では、自慢話ばかりして嫌われていたのだよ。
だが、武蔵も、年を取ってから、自分の欠点に、ちょっとは気付いたのだ。
それで、息子(養子)には剣を教えず、学問に精を出させたのだ。
息子はそこそこ出世し、しかも、地位に執着しなかったので、充実した生涯を送ったようだ。
だが、武蔵は、執着を捨て切ることができず、『五輪書』のような余計なものを残した。
あれは、武蔵を哀れむ書として見てこそ、貴重な教訓を得られるのである。









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