『平家物語』の冒頭に次のようにある。
祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。
娑羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。
おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
このように4行にすれば、4行が全て同じ意味になる。
ただ、わずかに1行目だけが、「滅び」ではなく「無常」を強調している。
この行だけで、全ての行を表しているのだ。
今、金持ちであったり、権力があったり、人気があったりしても、全て一瞬のことであり、すぐになくなってしまうのだから、いい気になったり、威張ったり、力を見せ付けたりといったことをしなければ良さそうなものだが、それができない人間は愚かなものである。
昔、有名な陸上選手が、「記録はいずれ塗り替えられるが、勝利の瞬間は永遠だ」と言ったが、嘘もいいところだ。
勝利の瞬間に執着するのも、地位や金に執着するのも、全く変わらず、愚かなことである。
誰もが永遠を手に入れたいのに、それに失敗する。
だが、上の4行から真理を読み取れば、それができる。
なぜ、誰もそれをしないのだろう?
諸行無常なのであるから、行わなければ良い。
盛者必衰なのだから、盛んにならなければ良い。
おごれる人も久しからずなのであるから、おごらなければ良い。
たけき者も遂にはほろびぬなのだから、猛らなければ良いのである。
諸行無常であるから、何もできない苦しみもいつか消える。
作為しない者は永遠である。
盛者必衰、おごれる人も久しからず、たけき者も遂にはほろびぬ。
しかし、同時に、、蔑まれることも、虐げられることも、貧しいことも、屈辱や嘆きも、遂には終わるのだ。
ここまでなら、良い話ではあっても、ただの概念になってしまい、楽しくはないだろう。
次に、ノウハウを述べよう。
『老子』に、王は、卑しい者、孤独な者、無能者を自称すると書かれているが、そうであるなら、それらは終わるという原理により、後は昇る一方だ。
驕る平家と全く逆で、なんともオツム(頭)のよろしいことだ。
木枯し紋次郎が、「昨日のことなんて憶えちゃいません。明日のことなど考えもしません」と言うのは、彼は少なくとも、「勝利の瞬間は永遠」とか言った元陸上のスーパースターのような愚かさは持っていないことを示している。
勝利も敗北も、栄誉も屈辱も忘れてしまう。
いや、そんなものは元々存在しないので、賞賛を受けたりなどせず、屈辱を感じたとしても耐えることは易しい。
そんな者は永遠と共にある。
あなたも、賢い王の真似をすれば良い。
そうすれば、どこまでも昇って行くだろう。
それが即ち、王である。
宿に泊まるような身分でない卑しい紋次郎に王者の風格があるのはそのためである。
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祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。
娑羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。
おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
このように4行にすれば、4行が全て同じ意味になる。
ただ、わずかに1行目だけが、「滅び」ではなく「無常」を強調している。
この行だけで、全ての行を表しているのだ。
今、金持ちであったり、権力があったり、人気があったりしても、全て一瞬のことであり、すぐになくなってしまうのだから、いい気になったり、威張ったり、力を見せ付けたりといったことをしなければ良さそうなものだが、それができない人間は愚かなものである。
昔、有名な陸上選手が、「記録はいずれ塗り替えられるが、勝利の瞬間は永遠だ」と言ったが、嘘もいいところだ。
勝利の瞬間に執着するのも、地位や金に執着するのも、全く変わらず、愚かなことである。
誰もが永遠を手に入れたいのに、それに失敗する。
だが、上の4行から真理を読み取れば、それができる。
なぜ、誰もそれをしないのだろう?
諸行無常なのであるから、行わなければ良い。
盛者必衰なのだから、盛んにならなければ良い。
おごれる人も久しからずなのであるから、おごらなければ良い。
たけき者も遂にはほろびぬなのだから、猛らなければ良いのである。
諸行無常であるから、何もできない苦しみもいつか消える。
作為しない者は永遠である。
盛者必衰、おごれる人も久しからず、たけき者も遂にはほろびぬ。
しかし、同時に、、蔑まれることも、虐げられることも、貧しいことも、屈辱や嘆きも、遂には終わるのだ。
ここまでなら、良い話ではあっても、ただの概念になってしまい、楽しくはないだろう。
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『老子』に、王は、卑しい者、孤独な者、無能者を自称すると書かれているが、そうであるなら、それらは終わるという原理により、後は昇る一方だ。
驕る平家と全く逆で、なんともオツム(頭)のよろしいことだ。
木枯し紋次郎が、「昨日のことなんて憶えちゃいません。明日のことなど考えもしません」と言うのは、彼は少なくとも、「勝利の瞬間は永遠」とか言った元陸上のスーパースターのような愚かさは持っていないことを示している。
勝利も敗北も、栄誉も屈辱も忘れてしまう。
いや、そんなものは元々存在しないので、賞賛を受けたりなどせず、屈辱を感じたとしても耐えることは易しい。
そんな者は永遠と共にある。
あなたも、賢い王の真似をすれば良い。
そうすれば、どこまでも昇って行くだろう。
それが即ち、王である。
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