細かに解説しながら書くと、どれだけ膨大な文書になるか見当もつかないので、以下はフィクションとしておく。
未来人Mが私に言った。
「君はどんな未来でも創り出せるが、そのためには感情的に納得しなければならない」
それは私にも解るような気がする。
しかし、完全に感情を納得させることは不可能なことが多いはずだ。
例えば、石原さとみさんと結婚できるなんて、誰が納得できるだろう?
すると、Mは言う。
「完全に納得しなくていい。君が創り出す世界は1つではなく無限なのだ。わずかでも可能性を信じることができるなら、そんな世界はただちに出現する」
ところで、未来人が過去の人間である私に、何か教えれば、未来が致命的に変わったりしないだろうか?
昔から、SF小説には、誰かが過去にタイムトラベルして歴史を変えてしまうことを阻止する任務を負うタイムパトロールというものが登場する。
そういったことに対するMの説明はこうだ。
「致命的かどうかは知らないが、誰かが過去に行っただけで歴史は変わるんだ。もっと正確には、過去を観測しただけでもそうなんだ」
そして、それは恐ろしいことではないらしい。
世界は無限に存在するからだ。
だが、現在の人類は、自分が1つの世界に固定されてしまっているから、それを恐いと感じるのだ。
では、どうすれば、別の世界に移動できるのだろう。
その問いに対しては、Mはこう言った。
「世界間の移動を妨げているものは重力だ。そして、重力は、それぞれの世界に原因のあるものではない」
重力のない世界に行った宇宙飛行士は、同じ人間でいることはできないと言われる。
つまり、一度宇宙に行くと、別の人間になってしまうのだ。
そして、それは、文字通りの意味でそうなのだ。
重力のクサリから解き放たれると、別の世界に行ってしまい、この世界の自分は、別の世界の個我と入れ替わるのだ。
ただ、このことをあまり単純に考えてはいけない。
おそらく、実際にやってみないと本当には分からない。
とりあえず言っておくと、別の個我と入れ替わっても、自分は自分だ。
重力がなければ別の世界に移動できる。
そんなことを心の奥で知っているので、宇宙飛行の予約を募集すると、どんなに高価でも、いくらでも希望者は集まるのかもしれない。
では、宇宙に行かなければ、別の世界に行けないのか?
「いや、想念を持たない者は重力の影響を受けない」
無になった者に不可能がないのはそのためだ。
だが、想念を消すために、瞑想をしたり、宗教的な修行をしてもほとんど意味はない。
しかし、実は、想念を消すことはとても簡単なことなのだ。
「天にも昇る気持ち」って言うじゃないか?
その言葉が、重力を断ち切って、別の世界に行くことを表している。
天に昇るとは、神様を信頼することだ。
だが、とりあえず、自分を納得させることを何かしておくことだ。
スーフィー(イスラム神秘主義)では、そのことを、
「神を信頼しろ。だが、駱駝はつないでおけ」
と言ったのだ。
神様を信頼すれば、可能性を信じるようになる。
ただ、そのための生贄が必要なのだ。
それが、驢馬をつなぐという行為なのだ。
もし、美しい処女の命を奪うことで自分が納得できるのなら、その人は災害を免れることができる世界に移動できた。
しかしね、ほとんどの人が、そんな残酷な人身御供(ひとみごくう)の儀式を納得していなかったので、誰も救われなかったというのが本当のことなのだ。
我々は賢くなければならないのだ。
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未来人Mが私に言った。
「君はどんな未来でも創り出せるが、そのためには感情的に納得しなければならない」
それは私にも解るような気がする。
しかし、完全に感情を納得させることは不可能なことが多いはずだ。
例えば、石原さとみさんと結婚できるなんて、誰が納得できるだろう?
すると、Mは言う。
「完全に納得しなくていい。君が創り出す世界は1つではなく無限なのだ。わずかでも可能性を信じることができるなら、そんな世界はただちに出現する」
ところで、未来人が過去の人間である私に、何か教えれば、未来が致命的に変わったりしないだろうか?
昔から、SF小説には、誰かが過去にタイムトラベルして歴史を変えてしまうことを阻止する任務を負うタイムパトロールというものが登場する。
そういったことに対するMの説明はこうだ。
「致命的かどうかは知らないが、誰かが過去に行っただけで歴史は変わるんだ。もっと正確には、過去を観測しただけでもそうなんだ」
そして、それは恐ろしいことではないらしい。
世界は無限に存在するからだ。
だが、現在の人類は、自分が1つの世界に固定されてしまっているから、それを恐いと感じるのだ。
では、どうすれば、別の世界に移動できるのだろう。
その問いに対しては、Mはこう言った。
「世界間の移動を妨げているものは重力だ。そして、重力は、それぞれの世界に原因のあるものではない」
重力のない世界に行った宇宙飛行士は、同じ人間でいることはできないと言われる。
つまり、一度宇宙に行くと、別の人間になってしまうのだ。
そして、それは、文字通りの意味でそうなのだ。
重力のクサリから解き放たれると、別の世界に行ってしまい、この世界の自分は、別の世界の個我と入れ替わるのだ。
ただ、このことをあまり単純に考えてはいけない。
おそらく、実際にやってみないと本当には分からない。
とりあえず言っておくと、別の個我と入れ替わっても、自分は自分だ。
重力がなければ別の世界に移動できる。
そんなことを心の奥で知っているので、宇宙飛行の予約を募集すると、どんなに高価でも、いくらでも希望者は集まるのかもしれない。
では、宇宙に行かなければ、別の世界に行けないのか?
「いや、想念を持たない者は重力の影響を受けない」
無になった者に不可能がないのはそのためだ。
だが、想念を消すために、瞑想をしたり、宗教的な修行をしてもほとんど意味はない。
しかし、実は、想念を消すことはとても簡単なことなのだ。
「天にも昇る気持ち」って言うじゃないか?
その言葉が、重力を断ち切って、別の世界に行くことを表している。
天に昇るとは、神様を信頼することだ。
だが、とりあえず、自分を納得させることを何かしておくことだ。
スーフィー(イスラム神秘主義)では、そのことを、
「神を信頼しろ。だが、駱駝はつないでおけ」
と言ったのだ。
神様を信頼すれば、可能性を信じるようになる。
ただ、そのための生贄が必要なのだ。
それが、驢馬をつなぐという行為なのだ。
もし、美しい処女の命を奪うことで自分が納得できるのなら、その人は災害を免れることができる世界に移動できた。
しかしね、ほとんどの人が、そんな残酷な人身御供(ひとみごくう)の儀式を納得していなかったので、誰も救われなかったというのが本当のことなのだ。
我々は賢くなければならないのだ。
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いつもありがとうございます。
本日の内容、私の中で理性的にしっくり来ることができました。生きるのがなぜ面倒なのかの解が理論で得られました。あとは感情で実践するのみです。ゴミのような私に救いをくださり、本当にありがとうございます。