小学生の頃までは、特に人生で初めて行うようなことが沢山ある。
絵を描くことだけなら、初めて描いた時のことはもう憶えていないかもしれないが、初めて色鉛筆で描くとか、初めて絵の具で描くとかは、ある程度、思考力が発達してからのことが多いと思う。
初めてペーパーテストを受けたり、初めて跳び箱を飛んだり、走り高跳びをやったり、一人でお使いに行ったりと、いろいろな「初めて」がある。
そんな全ての初めてが人生に大きな影響を与えるに違いない。
そして、初めて何かをやる時、自分はそれをうまくやれるという態度を取れること、ちゃんとできるはずだという気持ちを持てることが大切であるはずだ。
できるという自信を持って取り組む子はうまくいくが、自信がなく、こわごわやる子は良くない結果になることが多いだろう。
自信がある子は、たとえ最初少し失敗しても、そんなことは気にせず、「うまくいくまで諦めない」。
改めて考えると、子供が初めて何かをやる時の、親や教師のあり方のなんと重要なことだろうと思う。
よく、「誉めて育てる」とか言うが、もう大きくなっていたり、まして、大人になっている相手にはほとんど何の意味もない。
子供の時、初めて何かをする時、最初に少し失敗があっても、「気にしなくていいよ」「もう一度やってみよう」「なかなか良かったよ。次は大丈夫」と励まし、うまくいった時に誉めてやればその子は自信を持ち、次のチャレンジにも意欲的、積極的になる。
ところが、子供が失敗すると、冷たく貶(けな)したり、笑い冷やかし、挙句、怒ったり、馬鹿呼ばわりして子供を戸惑わせ、恐怖を感じさせてしまう馬鹿な親が多いのである。
劣等感が強過ぎて、自分の子供ですら、うまくやれないと嬉しがる親や、子供に対して支配欲が強く、ずっと子供を自分の奴隷にしておきたい親がそうである。子供に自信がなければ、その子は一生、自分に服従すると思っているのだ。
無論、そんな親に育てられた子供は不幸である。
そして、学校の教師にだって、そんな手合いは決して少なくないのだ。
私も、初めて学校の図書館を利用した時、少し手順を間違えると、初老の女教師が目の前に仁王立ちになり、私をにらみつけて、「何やってるの!」と凄んで見せたことがあった。しかも、その日は1日中、私の失敗をあげつらい(ささいな非などを取り立てて大げさに言うこと)、お前は本当に馬鹿だと言い続けたものだ。
その女教師は、常にそうで、自分が気に入らない子供に対しては、それが趣味であるかのように(実際に趣味なのだろう)、同じようにしていたのだ。
私は1年生だったが、6つ7つの子供にも、実はそんなことはよく分かり、すっかりお見通しなのである。
インドで生まれて育ったベアード.T.スポールディングは、4歳の時、大学予備校に入学し、教師に初めてアルファベットを見せられて、「どう思う?」と聞かれ、ベアードが「分からない」と答えると、教師は、「そんな態度とはさよならしなさい。自分にはちゃんと分かっているという態度をとりなさい」と言ったという。ベアードは、そのことを忘れず、守り続けたおかげで、14歳で名門カルカッタ大学を失業できたという。
私が初めて、コンピューターのアセンブラ言語(最も直接にコンピューターに指示を出せるので、最速にコンピューターを動かせるプログラム言語)の勉強をした本には、著者は、読者を勇気付けるために、「自信さえあれば結果は自ずとついてくる」と書いていた。つまり、難しいと言われているアセンブラ言語の学習にも、「自分には分かるのだ」という自信を持つことが大切なのだということだ。
そのおかげかどうか分からないが、私はさして苦労せずにアセンブラ言語を習得できたし、その後も、様々なプログラミング言語をマスターできた。
私は、このブログでよく、マイクロソフトのExcelやAccessに内蔵されているVBA言語をマスターすることをお薦めしている。
比較的、習得が容易で(実際は、どのプログラミング言語も同じだが)、しかも、ExcelやAccessの素晴らしい機能やユーザーインターフェースを自由自在にコントロールできるVBAの便利さ、強力さは、やってみなければ分からない。
優れた教育研究者、学習心理学者が指摘するように、プログラミング言語を学び活用すれば頭が良くなり、仕事や研究の効率は驚くほど高くなり、当然にして、仕事や研究の幅も広がるので、人生を質の高いものにする道が開けるだろう。
もちろん、真摯(真面目で熱心なこと)な態度が必要であるが、それと同時に、「自分には当然にしてちゃんとできる」という態度を持って取り組めば、VBA言語を速やかにマスターすることを通じて、あらゆる可能性が開かれるはずである。
先程の、ベアード.T.スポールディングのエピソードが書かれた『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻は、単独で読んでも良く、驚くべき貴重な内容が満載されている。
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絵を描くことだけなら、初めて描いた時のことはもう憶えていないかもしれないが、初めて色鉛筆で描くとか、初めて絵の具で描くとかは、ある程度、思考力が発達してからのことが多いと思う。
初めてペーパーテストを受けたり、初めて跳び箱を飛んだり、走り高跳びをやったり、一人でお使いに行ったりと、いろいろな「初めて」がある。
そんな全ての初めてが人生に大きな影響を与えるに違いない。
そして、初めて何かをやる時、自分はそれをうまくやれるという態度を取れること、ちゃんとできるはずだという気持ちを持てることが大切であるはずだ。
できるという自信を持って取り組む子はうまくいくが、自信がなく、こわごわやる子は良くない結果になることが多いだろう。
自信がある子は、たとえ最初少し失敗しても、そんなことは気にせず、「うまくいくまで諦めない」。
改めて考えると、子供が初めて何かをやる時の、親や教師のあり方のなんと重要なことだろうと思う。
よく、「誉めて育てる」とか言うが、もう大きくなっていたり、まして、大人になっている相手にはほとんど何の意味もない。
子供の時、初めて何かをする時、最初に少し失敗があっても、「気にしなくていいよ」「もう一度やってみよう」「なかなか良かったよ。次は大丈夫」と励まし、うまくいった時に誉めてやればその子は自信を持ち、次のチャレンジにも意欲的、積極的になる。
ところが、子供が失敗すると、冷たく貶(けな)したり、笑い冷やかし、挙句、怒ったり、馬鹿呼ばわりして子供を戸惑わせ、恐怖を感じさせてしまう馬鹿な親が多いのである。
劣等感が強過ぎて、自分の子供ですら、うまくやれないと嬉しがる親や、子供に対して支配欲が強く、ずっと子供を自分の奴隷にしておきたい親がそうである。子供に自信がなければ、その子は一生、自分に服従すると思っているのだ。
無論、そんな親に育てられた子供は不幸である。
そして、学校の教師にだって、そんな手合いは決して少なくないのだ。
私も、初めて学校の図書館を利用した時、少し手順を間違えると、初老の女教師が目の前に仁王立ちになり、私をにらみつけて、「何やってるの!」と凄んで見せたことがあった。しかも、その日は1日中、私の失敗をあげつらい(ささいな非などを取り立てて大げさに言うこと)、お前は本当に馬鹿だと言い続けたものだ。
その女教師は、常にそうで、自分が気に入らない子供に対しては、それが趣味であるかのように(実際に趣味なのだろう)、同じようにしていたのだ。
私は1年生だったが、6つ7つの子供にも、実はそんなことはよく分かり、すっかりお見通しなのである。
インドで生まれて育ったベアード.T.スポールディングは、4歳の時、大学予備校に入学し、教師に初めてアルファベットを見せられて、「どう思う?」と聞かれ、ベアードが「分からない」と答えると、教師は、「そんな態度とはさよならしなさい。自分にはちゃんと分かっているという態度をとりなさい」と言ったという。ベアードは、そのことを忘れず、守り続けたおかげで、14歳で名門カルカッタ大学を失業できたという。
私が初めて、コンピューターのアセンブラ言語(最も直接にコンピューターに指示を出せるので、最速にコンピューターを動かせるプログラム言語)の勉強をした本には、著者は、読者を勇気付けるために、「自信さえあれば結果は自ずとついてくる」と書いていた。つまり、難しいと言われているアセンブラ言語の学習にも、「自分には分かるのだ」という自信を持つことが大切なのだということだ。
そのおかげかどうか分からないが、私はさして苦労せずにアセンブラ言語を習得できたし、その後も、様々なプログラミング言語をマスターできた。
私は、このブログでよく、マイクロソフトのExcelやAccessに内蔵されているVBA言語をマスターすることをお薦めしている。
比較的、習得が容易で(実際は、どのプログラミング言語も同じだが)、しかも、ExcelやAccessの素晴らしい機能やユーザーインターフェースを自由自在にコントロールできるVBAの便利さ、強力さは、やってみなければ分からない。
優れた教育研究者、学習心理学者が指摘するように、プログラミング言語を学び活用すれば頭が良くなり、仕事や研究の効率は驚くほど高くなり、当然にして、仕事や研究の幅も広がるので、人生を質の高いものにする道が開けるだろう。
もちろん、真摯(真面目で熱心なこと)な態度が必要であるが、それと同時に、「自分には当然にしてちゃんとできる」という態度を持って取り組めば、VBA言語を速やかにマスターすることを通じて、あらゆる可能性が開かれるはずである。
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幼い頃、
劣等感を押し付ける親や、
劣等感を押し付ける
大人ばかり
の環境で育ってしまった
子供はどうすれば良いのでしょう?
運命として受け入れる
しかないのでしょうか…
どのようなことでも
自覚したら
因果は消えると信じたいです。