人間は世界救済の目的以外で過ぎた富を持ってはいけないのだろう。
スポーツやポップミュージックのスーパースターを見れば、得られた富を自分のためだけに使えば、悲惨は免れないことはよく分かると思う。
そして、実際の金持ちは、ほとんど1人の例外もなく、家庭では普通の人よりもはるかに惨めで、精神、身体、いずれも病んでいるのだと思う。
つまり、人々の幸福のために奉仕する義務としての富が与えられているに関わらず、自分だけが楽しむためにそれを使おうとし続けた結果なのである。
確かに、世界を改革するには、富や力が必要であり、普通の庶民は、そんなことより、まずは自分を正しくし、仮に、一生の間でそれに成功したとしても、自分の身の回りに、いくらか影響を与えることができるようになった時に臨終となるであろう。
しかし、それで人間としては立派なのだ。
だが、富を得た以上は、好むと好まざるとに関わらず(魂では望んだはずだ)、世界に奉仕する義務を避けることは決してできない。
方向性が正しいかどうかは別として、クリント・イーストウッドのようなハリウッドの大俳優、ポール・マッカートニーのような大歌手は、目の眩むような富もあるが、世界平和のための活動にも精力的であるし、そうでなければとっくに滅びていたはずだ。
マイケル・ジャクソンは、もっと世界のために働きたかったのかもしれないが、世間に押し潰されて引きこもってしまったのかもしれない。
ビル・ゲイツは、実際の活動については分からない部分もあるが、やはり世界救済のために、そのたぐい稀な能力を捧げようとしているように思える。
一方、スティーブ・ジョブズは、ゲイツを上回るかもしれないその恐るべき能力を、1つの企業、そして、自己満足のためにだけ使ってしまったのかもしれない。
しかし、それも世間の圧力のせいだろうと思う。
大衆は、彼に、アップルのジョブズとしてのみ期待したし、実際は誠実そのものだった彼はそれに答えねばならなかった。
それで、神に与えられたその偉大な力を、自分とアップルのためにだけ使う大義名分が成り立ったということなのだろう。
オリンピックで9つの金メダルと1つの銀メダルを獲得したカール・ルイスは、「私の能力は神に与えられた」と言っていたが、それはその通りだ。
だが、それを自分が楽しむだけに使ってしまえば、彼の残り人生は悲惨だろう。

アイザック・ニュートンは、「私の能力は神からの預かりもの」と言って、謙虚に扱おうとし、「自分は浜辺で遊ぶ子供に過ぎず、時々、きれいな小石や貝殻を拾い上げたが、真理の大海は、手をつけないまま、目の前に横たわっている」と述べた。
しかし、彼もまた、権威に溺れた。
彼は、科学よりも、聖書の研究や錬金術に、はるかに多くの時間とエネルギーを捧げたが、それを世界平和のために役立たせることは、ほとんどできなかった。

あなたは「金持ちになる柄」だろうか?
柄とは、本来持っている品位・性格のことである。
ジョセフ・マーフィーは金持ちになる方法を教えたが、その後のことについては自己判断に任せた。
普通の人が、マーフィーの教えを実践しようとしても決してうまくいかないのは、間違いなく賢い神の慈悲である。
ごく当たり前の庶民に大金を持たせたら、その者が破滅することは火を見るより明らかだ。
マーフィーの本にだって、決して、莫大な富を得た人の話だけではなく、個人として十分な余裕のある財産を得て満足した人の話も少なくは無い。
普通の人は、その程度で満足すべきであるが、その位の富にだって、何らかの義務は生じるのだ。
オールコットの『若草物語』で、4姉妹の賢明な母が、「足りない目くらいが丁度いいのよ」と娘達に教えたのは、自分の娘達の器量(能力や人徳)を良く知っていたからだ。
あのお話は、教訓にはなっても、ごく平凡な庶民のお話だし、作品を書いた次女ジョーのモデルでもあるルイーザだって、決して天才ではない。もし、時代の波に乗っていなければ、この作品がこれほどヒットすることはなかったはずだ。
ただ、どういう生き方をするかはあなたの自由であり、あえて人類のために十字架を背負う資格だって無い訳じゃあない。
あなたは、イエスのような真似をする気があるとでも言うのだろうか?









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