先月(2014年2月)の17日から、数取器(歩行者の数や野鳥の数を数える時に使う道具)を使って、念仏を称えた回数を正確に記録しているが、私の場合、休日で4千から7千回、平日で千数百回といったところだ。
しかし、今日から、数をぐんと減らすことにした。
1回1回を丁寧に美しいものにすることに決めたのだ。
これは、腕立伏せをやってきたことで学んだことも関係する。
数年前、毎月ごとに腕立伏せの回数を増やし続け、240回までに達したが、回数よりも、美しく完全な腕立伏せをしようと思い、どんどん回数を減らしていった。
そして、満足できる美しさで行えるのは15回と判断し、一度には15回で、朝1セット、夜2セットで行っているのである(夜は腕の開き方を変えてやっている)。
同じく、スクワットも、300回だったのを、朝50回、夜70回にした。
そうすることによって、効果はずっと上がっているのである。
それどころか、以前のやり方は、マイナス面も少なくなかったと思う。
念仏も、腕立伏せも、要点を簡単に言えば、一回一回を丁寧に、真摯に(真面目で誠実に)やることだ。
現代の人間は、丁寧さ、誠実さ、真心というものがなくなってきている。
効率のみ重視し、がさつ(細やかさがなく荒っぽい)で、心を込めるということをしなくなってしまっている。
腕立伏せは、この運動を考えた人への敬意と誠意、そして、身体に対する真心を持ってやらないといけない。
まして、念仏となると、仏に対する崇敬や、念仏を伝えてくれた人達(道綽、善導、法然、親鸞等)への敬意と報恩の気持ちを持ち、丁寧に真心を込めて行いたいと思うのである。
ただ、一時期は回数を追及することもあって良いと思う。
少々荒っぽい念仏でも、1日に数千回も称えていれば、心も澄み、神仏や菩薩、鬼神もその者を守るだろう。
そして、やがては、自然に、敬虔さや誠実さが出てくるようになるに違いない。
また、こうも言える。
どんな腕立伏せも、念仏も、しないよりはする方が、比較にもならないほど、はるかに良いのである。









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