あなたが子供の頃、繰り返し読んだ本は何だろう?
それを、くれぐれも軽く扱ってはならない。
それらの本に、あなたの本質が隠されている。
参考に、私の場合について、そんなものから自分をどう分析するかを述べておくので、参考になればと思う。

私は、まず、『ピノッキオ』を何度も読み、それからしばらくして、『みつばちマーヤの冒険』を、そして、少し大きくなってから(10歳くらい)、『怪傑ゾロ』を読んだ。
それぞれの時期に、そのいずれかの1冊ばかりを何度も読み、他の本には目を向けなかった。
これらの3つの作品に共通するのは、弱い者が、訓練や経験を積んで強くなり、自らの正義のために戦うというものだ。
怪傑ゾロこと、ドン・ディエゴ・ベガも、最初は、家が大富豪というだけで、彼自身には、何の力もなかった。
だが、少年だった彼は、虐げられている人達を見て、そんな人々を救おうと、自主的に、剣や銃や馬術の練習に励んだ。
また、優れた書物を読んで精神を鍛えることも、強くなるために必要であることを、ディエゴ・ベガが教えてくれたのだった。

マーヤも初めは幼かったが、未知の世界に旅立ち、多くの出来事や多くの者たちに出逢い、冒険を重ねて知恵をつけ、心身を磨き、強く、強くなった。
1つの場所でじっとしていては、マーヤのような向上はない。
そして、高貴な優れた精神は、相手の良い部分だけを見るのであることを、マーヤが教えてくれたのだ。

ピノッキオは、最初は最も出来が悪かった。
自分の小さな欲に囚われた愚かさのために何度も痛い目に遭った。本当に馬鹿だ。
しかし、そんな愚か者でも、助けようとする高貴な存在は必ずいるのだと教えられたように思う。
聖母様らの優しくも厳しい導きにより、少しずつではあったが、ピノッキオの心の奥に隠された優しさや気高さが現れてくる。
そして、最後は自分を犠牲にしてでも、誰かを救おうとする崇高さを自らの内から引き出すことで、遂に彼は、大いなる変容を遂げることに成功したのだ。

このように、最初は誰もが弱いのだが、目標や努力、そして、真の自己を見つけることで、天使にも匹敵する存在になれることが確実であると思われたのだ。
だが、現実の世界は辛く、いかに鍛え、向上したところで、人間1人の力など知れている。
そして、何が本当に善いのかは、人間には分からない。
自分が善いと思っていることが悪いことであるかもしれず、悪いと思っていることが、誰かにとっては良いことなのかもしれないのだ。
それで、悩み、深い迷いに沈み、苦しむことになる。
そして、道元は、「ただ座れ」と座禅を勧め、法然は、「ただ念仏せよ」と教えたのだと知る。
それが真理なのだろう。
いつか、そこにたどり着くことができれば良い。

まずは、自分が子供の頃や、若い時に好きだったもの、夢中になったもの、思い出すと懐かしくてたまらない何かを見つめてみることである。
もちろん、懐古趣味に陥るだけではいけない。
その精妙なエネルギーを借りて、確固とした目標を打ち立て、行動してみなければならない。
そこから道は開けるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ