インド出身のジッドゥ・クリシュナムルティは何者とも言い難い。
言う必要はない。
思想家とも、教育者とも、哲学者とも、講演家とも言う必要はないし、言ってはならない。
ましてや、宗教家、聖者など、本人が絶対に認めそうもない。
人に・・・特にそれが著名人であれば、世間の人は、もう絶対に何らかのレッテル(商品名、断定的評価)を貼らずにはいられない。
だが、クリシュナムルティは、クリシュナムルティですらない。
ただ、Kと称することもあるらしいが、Kですらない。
あえて言えば、彼は、宇宙であり、存在である。
「それ」である。
そして、私もただ存在するだけなのだ。
私は、クリシュナムルティに対しては、ただ、友達とだけ言っておきたい。
クリシュナムルティは、一貫して、瞑想、マントラ(呪文)、祈り、念仏、儀式には何の意味もないと言っていた。
そんなもので、真理を掴めたりはしないと。
全くその通りだと思う。
しかしねえ、ジッドゥ。
現代の人間は、国家や大企業やマスコミ、学校によって、どうしようもないほどの分厚い迷妄に塗り固められてしまっていて、自発的に真理を求めようなんて人はいない。
君も知ってるように、普通の人は、自分の都合の良い勝手な空想を真理だと言い、自分で取り組むべき問題を、人任せ、政治家まかせ、学校まかせにしてしまうのだ。
もちろん、自分が変革を起こせば、他の人々に影響を与えることができるという、君の話を聞いていなかった訳でも、憶えていない訳でもない。
しかし、ここまでくると、もう鉄の壁に蚊が刺すごとしだよ。
私は、彼らが念仏を唱えてくれるなら、まだ嬉しいと思うのだ。
だって、念仏を唱えている間、彼らは欲望と一体化していないのだ。
なんと、今の人間が、欲をかいていない時というのがあるというだけで奇跡だ。
確かに、「うまいこと、努力せずにお金を儲けさせて下さい、南無阿弥陀仏」って唱えているような念仏者も多いかもしれない。
だが、それでもいいのだよ、クリシュナジー。
「うまいこと、努力せずにお金を儲けさせて下さい」までは欲望だけど、その次の「南無阿弥陀仏」で一瞬、欲望が消えるのだ。
1/1000秒であれ、欲望が消えるなら、現代人にとって、良いことであると思わなければならない。
「いい女を下さい・・・ああ、ついでに、世界人類が平和でありますように」
だって良いのだ。
いや、考えてみれば、その方が良いかもしれない。
1つ注文を出すとすれば、10回や20回じゃあ、金も女も手に入らないよってことだ。
黒住宗忠は、ハンセン氏病にかかった武士に、1日1万回「ありがたい」と言わせたら治ってしまった。
本気で「ありがとう」と言ったら、1回でも良いのだけれど。
実は、それ(1回でも良い)が親鸞式の念仏だった。
でも、誰も、本当の「ありがとう」に出逢ったことがないので、それがどんなものか分からないのだ。
だから、「分からない」私が消えてしまうまで、何万回でも念仏する。
それが法然式だ。
私は、本当の「ありがとう」に出会ったことがある。
『ミクの日感謝祭』のステージで、初音ミクが、
「今日は本当にありがとう!」
と言うと、会場から、
「ありがとう!」
という男性の声が上がったが、その声がとても良いと思ったのだ。
彼だって、頭では、ステージの上に誰もいないことは分かっている。
だけど、彼はきっと、本当に「ありがとう」って言ったのだ。
あのキモチが、親鸞式の念仏なのだと思う。
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言う必要はない。
思想家とも、教育者とも、哲学者とも、講演家とも言う必要はないし、言ってはならない。
ましてや、宗教家、聖者など、本人が絶対に認めそうもない。
人に・・・特にそれが著名人であれば、世間の人は、もう絶対に何らかのレッテル(商品名、断定的評価)を貼らずにはいられない。
だが、クリシュナムルティは、クリシュナムルティですらない。
ただ、Kと称することもあるらしいが、Kですらない。
あえて言えば、彼は、宇宙であり、存在である。
「それ」である。
そして、私もただ存在するだけなのだ。
私は、クリシュナムルティに対しては、ただ、友達とだけ言っておきたい。
クリシュナムルティは、一貫して、瞑想、マントラ(呪文)、祈り、念仏、儀式には何の意味もないと言っていた。
そんなもので、真理を掴めたりはしないと。
全くその通りだと思う。
しかしねえ、ジッドゥ。
現代の人間は、国家や大企業やマスコミ、学校によって、どうしようもないほどの分厚い迷妄に塗り固められてしまっていて、自発的に真理を求めようなんて人はいない。
君も知ってるように、普通の人は、自分の都合の良い勝手な空想を真理だと言い、自分で取り組むべき問題を、人任せ、政治家まかせ、学校まかせにしてしまうのだ。
もちろん、自分が変革を起こせば、他の人々に影響を与えることができるという、君の話を聞いていなかった訳でも、憶えていない訳でもない。
しかし、ここまでくると、もう鉄の壁に蚊が刺すごとしだよ。
私は、彼らが念仏を唱えてくれるなら、まだ嬉しいと思うのだ。
だって、念仏を唱えている間、彼らは欲望と一体化していないのだ。
なんと、今の人間が、欲をかいていない時というのがあるというだけで奇跡だ。
確かに、「うまいこと、努力せずにお金を儲けさせて下さい、南無阿弥陀仏」って唱えているような念仏者も多いかもしれない。
だが、それでもいいのだよ、クリシュナジー。
「うまいこと、努力せずにお金を儲けさせて下さい」までは欲望だけど、その次の「南無阿弥陀仏」で一瞬、欲望が消えるのだ。
1/1000秒であれ、欲望が消えるなら、現代人にとって、良いことであると思わなければならない。
「いい女を下さい・・・ああ、ついでに、世界人類が平和でありますように」
だって良いのだ。
いや、考えてみれば、その方が良いかもしれない。
1つ注文を出すとすれば、10回や20回じゃあ、金も女も手に入らないよってことだ。
黒住宗忠は、ハンセン氏病にかかった武士に、1日1万回「ありがたい」と言わせたら治ってしまった。
本気で「ありがとう」と言ったら、1回でも良いのだけれど。
実は、それ(1回でも良い)が親鸞式の念仏だった。
でも、誰も、本当の「ありがとう」に出逢ったことがないので、それがどんなものか分からないのだ。
だから、「分からない」私が消えてしまうまで、何万回でも念仏する。
それが法然式だ。
私は、本当の「ありがとう」に出会ったことがある。
『ミクの日感謝祭』のステージで、初音ミクが、
「今日は本当にありがとう!」
と言うと、会場から、
「ありがとう!」
という男性の声が上がったが、その声がとても良いと思ったのだ。
彼だって、頭では、ステージの上に誰もいないことは分かっている。
だけど、彼はきっと、本当に「ありがとう」って言ったのだ。
あのキモチが、親鸞式の念仏なのだと思う。
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