本を読む時、「賢くなってやろう」とか、「得をしよう」などと思って読んではならない。
そんなことをすれば、あなたは本に縛られ、自由を奪われるだろう。
本を読む時は、決して何も期待せず、ただ無心に読むのだ。
しかし、文字を追うだけの虚しいことをやれと言っているのでもない。
慌てず、丁寧に、しっかり理解して読みながら、自分の反応を観察するのだ。
ご存知のように、本を読むことと、実際の経験は全く違うと言われる。
しかし、ただ、淡々と読みつつ、自分の心を注意深く観察すれば、あなたは著者になってしまうのだ。
これは、何かの比喩ではなく、文字通りの意味でそうなる。
シャイクスピアの経験は、あなたの経験になってしまうのである。
今はほとんど見られなくなってしまったが、没頭してシェイクスピアを読んでいる子供を見れば、それはシェイクスピア以外の何者でもなくなっている。
今の親や学校は、子供や若者達に、本から教訓を得ろとか、読んで賢くなれとか、試験に出るから読めといった愚かで浅ましい要求をするので、彼らは本の霊的な読み方が全くできなくなってしまっているのだ。
そして、英雄の物語を読めば、あなたは英雄だ。
あなたは、自分の物語を読んでいるだけなのだ。
本だけではない。
モーツァルトを無心に聴き、自分の心に機敏に気付いているなら、あなたはモーツァルトになり、なぜそんな曲を創ったのかも分かってしまうだろう。
無論、頭で分かるのではない。
なぜだか知らないが、分かってしまうのだ。
本を読み、音楽を聴くことは、本当のやり方であれば、異次元への旅であり、世界霊との対話である。
そうと分かれば、あなたは、読む本や、聴く音楽をちゃんと選ぶようになるだろう。
同じように、自分の経験もまた、無心に受け入れ、心を静かにして、注意深く観察すれば、あなたはあらゆる束縛を解き放ち、自由になっていくだろう。
あなたは、自分の人生という、ちょっと面白い戯曲を、ただ丁寧に、静けさの中で読んでいるだけなのだ。
そして、やはりあなたは、その戯曲の作者なのであると知るのだ。
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そんなことをすれば、あなたは本に縛られ、自由を奪われるだろう。
本を読む時は、決して何も期待せず、ただ無心に読むのだ。
しかし、文字を追うだけの虚しいことをやれと言っているのでもない。
慌てず、丁寧に、しっかり理解して読みながら、自分の反応を観察するのだ。
ご存知のように、本を読むことと、実際の経験は全く違うと言われる。
しかし、ただ、淡々と読みつつ、自分の心を注意深く観察すれば、あなたは著者になってしまうのだ。
これは、何かの比喩ではなく、文字通りの意味でそうなる。
シャイクスピアの経験は、あなたの経験になってしまうのである。
今はほとんど見られなくなってしまったが、没頭してシェイクスピアを読んでいる子供を見れば、それはシェイクスピア以外の何者でもなくなっている。
今の親や学校は、子供や若者達に、本から教訓を得ろとか、読んで賢くなれとか、試験に出るから読めといった愚かで浅ましい要求をするので、彼らは本の霊的な読み方が全くできなくなってしまっているのだ。
そして、英雄の物語を読めば、あなたは英雄だ。
あなたは、自分の物語を読んでいるだけなのだ。
本だけではない。
モーツァルトを無心に聴き、自分の心に機敏に気付いているなら、あなたはモーツァルトになり、なぜそんな曲を創ったのかも分かってしまうだろう。
無論、頭で分かるのではない。
なぜだか知らないが、分かってしまうのだ。
本を読み、音楽を聴くことは、本当のやり方であれば、異次元への旅であり、世界霊との対話である。
そうと分かれば、あなたは、読む本や、聴く音楽をちゃんと選ぶようになるだろう。
同じように、自分の経験もまた、無心に受け入れ、心を静かにして、注意深く観察すれば、あなたはあらゆる束縛を解き放ち、自由になっていくだろう。
あなたは、自分の人生という、ちょっと面白い戯曲を、ただ丁寧に、静けさの中で読んでいるだけなのだ。
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遅くまで電気を点けていると叱られる、頭から寝具を被って懐中電灯を照らして泣きながら物語のなかに自分をおいた
鐘突き男のせむしでみにくい容姿のカシモド、、、子供にさえ馬鹿にされつつも鐘を突くのが誇りで喜びとしている
カシモドに私はなっていた(疎外感からして彼と似て、本の彼に逃げ込んでいた)うつぶせ泣き目の布団から起きると瞼が腫れて、酷い顔になり、下を向いて学校へ行くはめになった。
ー美しいエスメラルダは顔をそむけカシモドは悲嘆にくれてしまう、最期に彼は鐘つき塔から身を投げるのだったー
カシモドの家族になって考えていた、当時の私。
自分も死ぬのかと思った
重くて厚みのあった本、挿絵の臨場感と湿り気の匂いは
はっきり覚えている