どんなに憧れる人物であろうが、決してその人の真似をしてはならない。
また、誰も崇拝してはならない。
たとえ、心から敬愛する人物と同じことをする場合でも、それは真似ではなく、元々自分がやりたかったことや、そのように振舞いたかったことを、その人に気付かされたという理由で同じようにするのなら構わないが、その人そのものになろうとしてはならない。
たとえそれが、イエス・キリストであってもだ。
私は、アメリカの作家ジャック・ウィリアムスンの1948年のSF作品『ヒューマノイド』を読んで、その登場人物であるフランク・アイアンスミスが物凄く好きになったのだが、彼は、私が、元々そうしたかったこと、そんなふうに振る舞い、人々にしてやりたかったことの多くを思い出させてくれたのだった。
アイアンスミスは私と違い、天才的な数学の才能を持っていた。しかし、彼は学歴がなかったので、箒(ほうき)が仕事道具だったが、少しも腐らず、平気で明るく生きていた。
やがて、能力を認められて、数学者で計算課の課長になっても、態度は全く変わらなかった。
守衛のおじさんや、雑用係とばかり仲良くし、ヨレヨレのスラックスはボタンが外れていることもあった。
そして、そんな彼を軽蔑している、人類の頭脳である偉大な科学者フォレスターに対してすら、親しみのこもった笑顔を向けるのだ。
浮浪児のような9歳の少女にも、即時の完全な好意しか持たず、別れ際には、ポケットをひっくり返して、持っていた硬貨とチューインガムを全部彼女にあげた。
いつも気楽で、自然に自由に振舞い、不要なものを求めず、見栄を張るようなこともないので、不安や恐怖とは無縁だ。
肩書きや収入で人を区別せず、全く平等に扱い、どんな人間も嫌悪せず、たとえ好ましくない人間だと感じても心を開いて仲良くでき、そして、途方もなく優しい。
無論、私とアイアンスミスは全く違うので、異なる部分の方が多いだろうが、生の本質という意味では、彼は理想的なので、私は、より自然に、より良く生きようと思ったら、自然、彼と同じように振舞うことが多くなるだろう。
そして、作品を読めば分かるのだが、思った通り、彼は本当の意味で強く、英知と共にあるのだ。
アイアンスミスは、どうやって、あんなふうになったのだろう?
実は、それはほとんど作品には書かれていない。
しかし、それは、何もせずに安穏としてではなかったはずだ。
経験を通してでなければあり得ないことなのだ。
彼は、いかなる苦しい出来事も正面から受け止めることを恐れなかったので、全ての苦しみや悲しみがイニシエーションとなったのだろう。
本物のイニシエーションになり得るのは、日常の経験だけなのだ。
何が起きても、自分の心にしっかりと気付いていなければならない。それができるのは、内なる静かな精神だけなのである。
常に自分の心を注意深く観察していると、その内なる精神が発する光を見るだろう。
それをイニシエーションというのだ。
そして、それは繰り返される。その度に、我々は自由になり、人生は気楽なものになっていくのだろう。
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また、誰も崇拝してはならない。
たとえ、心から敬愛する人物と同じことをする場合でも、それは真似ではなく、元々自分がやりたかったことや、そのように振舞いたかったことを、その人に気付かされたという理由で同じようにするのなら構わないが、その人そのものになろうとしてはならない。
たとえそれが、イエス・キリストであってもだ。
私は、アメリカの作家ジャック・ウィリアムスンの1948年のSF作品『ヒューマノイド』を読んで、その登場人物であるフランク・アイアンスミスが物凄く好きになったのだが、彼は、私が、元々そうしたかったこと、そんなふうに振る舞い、人々にしてやりたかったことの多くを思い出させてくれたのだった。
アイアンスミスは私と違い、天才的な数学の才能を持っていた。しかし、彼は学歴がなかったので、箒(ほうき)が仕事道具だったが、少しも腐らず、平気で明るく生きていた。
やがて、能力を認められて、数学者で計算課の課長になっても、態度は全く変わらなかった。
守衛のおじさんや、雑用係とばかり仲良くし、ヨレヨレのスラックスはボタンが外れていることもあった。
そして、そんな彼を軽蔑している、人類の頭脳である偉大な科学者フォレスターに対してすら、親しみのこもった笑顔を向けるのだ。
浮浪児のような9歳の少女にも、即時の完全な好意しか持たず、別れ際には、ポケットをひっくり返して、持っていた硬貨とチューインガムを全部彼女にあげた。
いつも気楽で、自然に自由に振舞い、不要なものを求めず、見栄を張るようなこともないので、不安や恐怖とは無縁だ。
肩書きや収入で人を区別せず、全く平等に扱い、どんな人間も嫌悪せず、たとえ好ましくない人間だと感じても心を開いて仲良くでき、そして、途方もなく優しい。
無論、私とアイアンスミスは全く違うので、異なる部分の方が多いだろうが、生の本質という意味では、彼は理想的なので、私は、より自然に、より良く生きようと思ったら、自然、彼と同じように振舞うことが多くなるだろう。
そして、作品を読めば分かるのだが、思った通り、彼は本当の意味で強く、英知と共にあるのだ。
アイアンスミスは、どうやって、あんなふうになったのだろう?
実は、それはほとんど作品には書かれていない。
しかし、それは、何もせずに安穏としてではなかったはずだ。
経験を通してでなければあり得ないことなのだ。
彼は、いかなる苦しい出来事も正面から受け止めることを恐れなかったので、全ての苦しみや悲しみがイニシエーションとなったのだろう。
本物のイニシエーションになり得るのは、日常の経験だけなのだ。
何が起きても、自分の心にしっかりと気付いていなければならない。それができるのは、内なる静かな精神だけなのである。
常に自分の心を注意深く観察していると、その内なる精神が発する光を見るだろう。
それをイニシエーションというのだ。
そして、それは繰り返される。その度に、我々は自由になり、人生は気楽なものになっていくのだろう。
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恨みつらみ 嫉妬 憎悪 軽蔑などを持たず、いつもニュートラルでいることがこんなに難しいことだと知りませんでした。でもそれを知る前の自分に戻りたいとは思いません。その感情を超えて、自分に勝ったら、無敵でしょうね!