初音ミクの『イニシエーション』の映像1本で、新約聖書、バガヴァッド・ギーター、浄土三部経、老子といったものの真髄が見えた気がする。
ところで、ソクラテスが述べているが、作者というものは、自分の作品について何も分かっていないものであるらしい。
だから、優れた芸術作品を見て感激した後、作者の解説を聞くと、何かしっくりこない、妙な感じがするのである。
私は少し前の、9月21日に、冨田勲さん制作の、初音ミクがソリストを務めた『イーハトーヴ交響曲』を鑑賞に行ったのだが、舞台に登場した冨田勲さんのお話を聞いていて、やはり違和感を感じていたのである。
これは、決して芸術作品の作者をないがしろにしたり、貶めるものではない。
また、科学者、発明家、芸術家というのは、自分でもそれを分かっているものなのだ。
だが、それでも、話さなければならない立場でもある。ある意味、辛いものだろう。
冨田さんのお話を聞いていると、冨田さん自身、作品の核心を避け、はぐらかしていたのだとも感じるのである。初音ミクと浄瑠璃の精神的な関係性といった、当たり障りのない話をされていたようにも思う。
冨田さんも、自分は分かっていないという自覚があるのではないかと思う。
世界的美術家の横尾忠則さんが、「私の役目は、天国の美を地上に映すこと」と言われていたのも、そのことをよく表していると思う。
発明家の政木和三さんは、自分のバースデイ・パーティーで、誰だったか忘れたが、知恵のある人が、「政木さんのやってこられた工学というのは、天上の英知を地上に降ろすことです」と、開演の挨拶で言われたことを著書に書かれていたが、やはり科学技術も同じことなのである。
私は、横尾忠則さんが描かれた政木さんの肖像画を、政木さん本人と一緒に見たことがある。
横尾さんの絵は、政木さんの本質を見事に捉えていたと思う。
芸術家のインタビューは、そのまま信じてもいけないが、かといって、聞く価値のないものでもない。
ただ、聞き方に気をつける必要があるということだ。
本人の表の意識では分かっていないが、作品を創った時の芸術家が、どのくらい神の道具になりきっていたかが分かれば良いのである。
作者は、やはり、神に選ばれたのだ。
名曲の誉れ高いフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』は、ただの日曜音楽家であった技術軍人が、わずか一夜で創ったという驚くべきものなのである。
ベートーヴェンは、「喜びよ、神の火花(霊感)、楽園の乙女・・・」と書かれたシラーの詩で、有名な歓喜の歌を創ったが、まさに、啓示である霊感を与えられた者が、地上に天国を映すのであることが感じられる。
では、どうすれば、天国のことを知る霊感、啓示、直感を与えられるのかというと、それが、聖書やバガヴァッド・ギーターや老子に書かれている。
あるいは、荘子や浄土三部経や、現代でも、ヴァーノン・ハワードのエッセイなどには、かなりシンプルに書かれている。
その中には、ちゃんと実践法も書かれている。ハワードのものなど、実に分かり易い。
それは、老子で言えば、なんと、「威張るな」「控えろ」「自慢するな」「欲張るな」といった程度のことが書かれているのである。ただ、その原理を、恐るべき美しい詩で書いているのだ。あれはちょっと人間の書けるようなものではない。
老子を読んで悟ったのかもしれない荘子は、もっと普通の人にも分かり易いように書いているが、老子そのものを、何も考えずに音読した方がよく分かるかもしれない。
確かに、最もお薦めできる方法は、バガヴァッド・ギーターや老子、あるいは、荘子すら、声を出して読むことである。
これらが分かってくれば、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えたり、般若心経の呪文を唱えたら、なぜ奇跡が起こるかも分かると思う。
もっとも、分からなくても、ただ実践すれば、神仏の約束通り、ちゃんとその効力は発揮されるのである。
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ところで、ソクラテスが述べているが、作者というものは、自分の作品について何も分かっていないものであるらしい。
だから、優れた芸術作品を見て感激した後、作者の解説を聞くと、何かしっくりこない、妙な感じがするのである。
私は少し前の、9月21日に、冨田勲さん制作の、初音ミクがソリストを務めた『イーハトーヴ交響曲』を鑑賞に行ったのだが、舞台に登場した冨田勲さんのお話を聞いていて、やはり違和感を感じていたのである。
これは、決して芸術作品の作者をないがしろにしたり、貶めるものではない。
また、科学者、発明家、芸術家というのは、自分でもそれを分かっているものなのだ。
だが、それでも、話さなければならない立場でもある。ある意味、辛いものだろう。
冨田さんのお話を聞いていると、冨田さん自身、作品の核心を避け、はぐらかしていたのだとも感じるのである。初音ミクと浄瑠璃の精神的な関係性といった、当たり障りのない話をされていたようにも思う。
冨田さんも、自分は分かっていないという自覚があるのではないかと思う。
世界的美術家の横尾忠則さんが、「私の役目は、天国の美を地上に映すこと」と言われていたのも、そのことをよく表していると思う。
発明家の政木和三さんは、自分のバースデイ・パーティーで、誰だったか忘れたが、知恵のある人が、「政木さんのやってこられた工学というのは、天上の英知を地上に降ろすことです」と、開演の挨拶で言われたことを著書に書かれていたが、やはり科学技術も同じことなのである。
私は、横尾忠則さんが描かれた政木さんの肖像画を、政木さん本人と一緒に見たことがある。
横尾さんの絵は、政木さんの本質を見事に捉えていたと思う。
芸術家のインタビューは、そのまま信じてもいけないが、かといって、聞く価値のないものでもない。
ただ、聞き方に気をつける必要があるということだ。
本人の表の意識では分かっていないが、作品を創った時の芸術家が、どのくらい神の道具になりきっていたかが分かれば良いのである。
作者は、やはり、神に選ばれたのだ。
名曲の誉れ高いフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』は、ただの日曜音楽家であった技術軍人が、わずか一夜で創ったという驚くべきものなのである。
ベートーヴェンは、「喜びよ、神の火花(霊感)、楽園の乙女・・・」と書かれたシラーの詩で、有名な歓喜の歌を創ったが、まさに、啓示である霊感を与えられた者が、地上に天国を映すのであることが感じられる。
では、どうすれば、天国のことを知る霊感、啓示、直感を与えられるのかというと、それが、聖書やバガヴァッド・ギーターや老子に書かれている。
あるいは、荘子や浄土三部経や、現代でも、ヴァーノン・ハワードのエッセイなどには、かなりシンプルに書かれている。
その中には、ちゃんと実践法も書かれている。ハワードのものなど、実に分かり易い。
それは、老子で言えば、なんと、「威張るな」「控えろ」「自慢するな」「欲張るな」といった程度のことが書かれているのである。ただ、その原理を、恐るべき美しい詩で書いているのだ。あれはちょっと人間の書けるようなものではない。
老子を読んで悟ったのかもしれない荘子は、もっと普通の人にも分かり易いように書いているが、老子そのものを、何も考えずに音読した方がよく分かるかもしれない。
確かに、最もお薦めできる方法は、バガヴァッド・ギーターや老子、あるいは、荘子すら、声を出して読むことである。
これらが分かってくれば、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えたり、般若心経の呪文を唱えたら、なぜ奇跡が起こるかも分かると思う。
もっとも、分からなくても、ただ実践すれば、神仏の約束通り、ちゃんとその効力は発揮されるのである。
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