アブドーラ・ザ・ブッチャーという元プロレスラーをご存知だろうか?
昨年、70歳で現役引退したが、全盛期は本当に強い超一流レスラーで、日本でも大変に人気があった。
また、彼は体重150キロの巨漢で、一応はヒール(悪役)なのだが、どこか可愛らしくて女性ファンも多かった。
そのブッチャーが書いた本を、私は昔、ほんの数ページ読んだことがあるのだが、その中に、ライバルだったジャイアント馬場さんのことを、「馬場はゆっくりくる。そこが恐い」と書いてあったのを思い出した。
すべての成功のコツはゆっくりやることだ。
言い換えれば、慌てない、せかせかしない、ゆったりと大きく構えることだ。
その原理はこうだ。
人間は無になった時には全て思いのままになる。
無になればなるほど、無限に能力は向上し、完全に無になれば無敵である。無になり切るとは、神になることだからだ。
無になるとは、自我が消えることだ。
そして、自我はいつでも急ぎたがる。それが自我の根本的な性質なのだ。
そこで、その自我を抑えて、ゆっくりと雄大にやれば、自我は引っ込み、人は宇宙のリズムに同調する。
これだけでも大変な秘法で、世間で普通にやることなら、およそ負けることはない。
そして、おかしなことに、ゆっくりやるほど、結果として速くなるのだ。
コリン・ウィルソンは、『右脳の冒険』で、「アラビアのロレンス」で知られるトーマス・エドワード・ロレンスの『知恵の七柱』の重要な話を引用している。
ロレンスは、早朝、思考がやってくる前に見る砂漠は、別次元の神秘的な世界であると述べている。
これが、左脳がまだ目覚めず、右脳が主導になっている状態である。
これをもって、ウィルソンは、「右脳を活性化させるには、左脳のペースを落とす必要がある。なぜなら、右脳は左脳ほど速くないからだ」と書いていたが、これは、原文が悪いのか、訳が悪いのかは分からないが、おかげで私は、長年、随分混乱させられた。
なぜなら、右脳は左脳より数千倍、いや、無限に速いからだ。
正しくは、「左脳がせかせか働こうとするのを抑えることで引き下がらせると、右脳の無限の力が発揮される」ということだ。
岡田虎二郎は、『岡田式静坐法』において、ゆっくりと細い息をすることを教えたが、これも、せかせかとした呼吸をせず、ゆっくりと呼吸することで、宇宙大自然のリズムに同調するということだ。
無理に遅い呼吸をする必要はない。ただ、ゆったりした雄大な呼吸をすれば良いのだ。
緊張している時に深呼吸を薦める根拠は確かにあるのだが、1回や2回、深呼吸しても仕方がない。普段から、落ち着いて、深い呼吸をしていることが大切だ。
腕振り運動も、度を過ぎてはいけないが、ゆっくりやることだ。ほとんどの人の腕振り運動は速過ぎる。セカセカし過ぎているのだ。
それこそ、キリストのように空間からパンを出すほどの人(仙人かもしれない)の腕振り運動なんて、もう驚くほど遅い。ただし、いきなりそんなゆったりとした腕振り運動は難しいので、自分にとってリズムがある範囲で、どんどんゆっくりにしていけば良い。
念仏もゆったり唱えると、稀なる貴い誦文(呪文)となる。
「なーーーーーーーーーーーーむ、あーーーーーーーーーーーみ、だーーーーーーーーーーーぶ」
といった感じでやるのだ。すると、念仏も安らぎに満ちた楽しいものとなる。
また、般若心経を唱える時も、職業僧の真似をしてせかせか唱えてはならない。
現代人は、いつも慌ててせかせかし、生命力を浪費し、能力の1割も発揮できない。
アメリカの牧師であったノーマン・ビンセント・ピールの本に書かれていた良い話がある。
ある青年が、愛する女性の親に結婚の許可を得ようとして、彼女の家に行った。
青年は緊張していた。
ところが、昔のことなので、その家には、古い柱時計があった。
そんな時計の振り子は長く、ゆっくりと動いている。
青年には、その時計が、「ゆっくりやれ。時間はたっぷりある」と言っているように感じた。
青年はその通りにし、うまく話ができ、すべて良い結果となった。
この時のことを忘れなければ、青年は無限に成功するだろう。
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昨年、70歳で現役引退したが、全盛期は本当に強い超一流レスラーで、日本でも大変に人気があった。
また、彼は体重150キロの巨漢で、一応はヒール(悪役)なのだが、どこか可愛らしくて女性ファンも多かった。
そのブッチャーが書いた本を、私は昔、ほんの数ページ読んだことがあるのだが、その中に、ライバルだったジャイアント馬場さんのことを、「馬場はゆっくりくる。そこが恐い」と書いてあったのを思い出した。
すべての成功のコツはゆっくりやることだ。
言い換えれば、慌てない、せかせかしない、ゆったりと大きく構えることだ。
その原理はこうだ。
人間は無になった時には全て思いのままになる。
無になればなるほど、無限に能力は向上し、完全に無になれば無敵である。無になり切るとは、神になることだからだ。
無になるとは、自我が消えることだ。
そして、自我はいつでも急ぎたがる。それが自我の根本的な性質なのだ。
そこで、その自我を抑えて、ゆっくりと雄大にやれば、自我は引っ込み、人は宇宙のリズムに同調する。
これだけでも大変な秘法で、世間で普通にやることなら、およそ負けることはない。
そして、おかしなことに、ゆっくりやるほど、結果として速くなるのだ。
コリン・ウィルソンは、『右脳の冒険』で、「アラビアのロレンス」で知られるトーマス・エドワード・ロレンスの『知恵の七柱』の重要な話を引用している。
ロレンスは、早朝、思考がやってくる前に見る砂漠は、別次元の神秘的な世界であると述べている。
これが、左脳がまだ目覚めず、右脳が主導になっている状態である。
これをもって、ウィルソンは、「右脳を活性化させるには、左脳のペースを落とす必要がある。なぜなら、右脳は左脳ほど速くないからだ」と書いていたが、これは、原文が悪いのか、訳が悪いのかは分からないが、おかげで私は、長年、随分混乱させられた。
なぜなら、右脳は左脳より数千倍、いや、無限に速いからだ。
正しくは、「左脳がせかせか働こうとするのを抑えることで引き下がらせると、右脳の無限の力が発揮される」ということだ。
岡田虎二郎は、『岡田式静坐法』において、ゆっくりと細い息をすることを教えたが、これも、せかせかとした呼吸をせず、ゆっくりと呼吸することで、宇宙大自然のリズムに同調するということだ。
無理に遅い呼吸をする必要はない。ただ、ゆったりした雄大な呼吸をすれば良いのだ。
緊張している時に深呼吸を薦める根拠は確かにあるのだが、1回や2回、深呼吸しても仕方がない。普段から、落ち着いて、深い呼吸をしていることが大切だ。
腕振り運動も、度を過ぎてはいけないが、ゆっくりやることだ。ほとんどの人の腕振り運動は速過ぎる。セカセカし過ぎているのだ。
それこそ、キリストのように空間からパンを出すほどの人(仙人かもしれない)の腕振り運動なんて、もう驚くほど遅い。ただし、いきなりそんなゆったりとした腕振り運動は難しいので、自分にとってリズムがある範囲で、どんどんゆっくりにしていけば良い。
念仏もゆったり唱えると、稀なる貴い誦文(呪文)となる。
「なーーーーーーーーーーーーむ、あーーーーーーーーーーーみ、だーーーーーーーーーーーぶ」
といった感じでやるのだ。すると、念仏も安らぎに満ちた楽しいものとなる。
また、般若心経を唱える時も、職業僧の真似をしてせかせか唱えてはならない。
現代人は、いつも慌ててせかせかし、生命力を浪費し、能力の1割も発揮できない。
アメリカの牧師であったノーマン・ビンセント・ピールの本に書かれていた良い話がある。
ある青年が、愛する女性の親に結婚の許可を得ようとして、彼女の家に行った。
青年は緊張していた。
ところが、昔のことなので、その家には、古い柱時計があった。
そんな時計の振り子は長く、ゆっくりと動いている。
青年には、その時計が、「ゆっくりやれ。時間はたっぷりある」と言っているように感じた。
青年はその通りにし、うまく話ができ、すべて良い結果となった。
この時のことを忘れなければ、青年は無限に成功するだろう。
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最近ゆっくりとは違う方法で精度が上がる体験をしたところです。
長年丁寧にしてきたことを雑にやってみる機会がありまして。
思い切り雑にしてみたところ、今まで感じなかった細部や単純な美しさがどっと押し寄せてきました。
真逆に働く何かを感じました。
今回のゆっくりも試してみます。
念仏を繰り返していますと何か大きな淡く濃密な光を感じます。