『トヨタの片づけ』という、ビジネス書のベストセラーがある。
何が書かれているかを簡単に言うと、
(1)ほとんどの者が、本当の意味での整理整頓ができない。
(2)本当の整理整頓ができれば、仕事の効率は百倍化ともいうほど向上し、企業全体でそれができれば、業績の向上は際(制限)もなし。
といったところである。
そして、これは全くの真実である。
ただ、この本の著者には、最も重要な理解が欠けている。
その重要な理解とは何だろう?
それは、
「本当の整理整頓は、訓練してできるものではない。」
というのが事実であるということだ。
もし、本当の整理整頓が訓練や心がけでできるなら、この本の教えを実行して、素晴らしく業績向上させる会社が溢れることになるが、実際は、そんなことは起こらない。あるとしても、例外中の例外のことだ。
この本を読んで大いに同調した社長さんが、自分の会社の人達に読ませたりすることもあるだろうが、何も変わらないのだ。その社長が、自分が整理整頓できるのは、生まれ持っての才能だ。他人には、そんなものは無いのだ。そうでないなら、みんな社長になっている。
人間が、何ができ、何ができない、あるいは、何をし、何をしないというのは、ひとえに宿命による。ひょっとしたら、前世の縁と言っても良いかもしれない。
整理整頓が全く駄目で、自分の部屋も仕事場もお化け屋敷状態という人もいる。そんな人のほとんどは、おそらくは、一般社会的、あるいは、普通の生活においては、全くの役立たずの無能者で、落伍者であることも珍しくはない。
もし、整理整頓は全く駄目なのに高度な活躍をしているなら、それは、その者には何らかの特別な才能があるのだ。
確かに、ほとんどの場合、その人の机の上、あるいは、机の引き出しの中、職場や部屋の状態を見れば、仕事の能力はほぼ分かる。
整理整頓ができない人間はビジネス向きでなく、決して幹部にしてはならない。
だが、言い換えれば、整理整頓できない人間を、他のことで才能があるからといって、整理整頓を強要すれば、人間そのものが駄目になる。
なぜなら、その者は、「整理整頓できない才能」を持っているのだから。才能を否定することほど、人の生命力を奪うものはない。
そんな者は、異能で勝負するしかない。つまり、普通のやり方では、一生うだつが上がらないのだ。
かくいう私も、整理整頓は全く駄目だ。
そして、実際、一般的なことでは、掛け値なしの無能者である。
誰でもできる簡単なことが、私にはどうしてもできない。それは、子供の頃から身に沁みて思い知っている。
しかし、それはどうにもならない。
だがら、私は決して、自分で事業をしようとか、企業の幹部になろうとはしない。それは無理なことはよく知っているのだ。まかり間違って、そんなことをやり、そして、何かの弾みでうまくいきでもしたら、それこそ不幸と言うものだ。自分にとっても、周りの人達にとっても。
金持ちになろうとも思わない。
整理整頓ができない人は、自分を恥じる必要はないが、やはり、私と同じであることは自覚し、覚悟すべきである。
普通の意味で偉くなりたいと願っても、それは叶わないし、叶えるべきでもない。
また、整理整頓ができない者が大金を掴むと、間違いなく、自分にも家族にも、また、関係者に大迷惑、大損害を与え、やがて、破産するのがオチだ。ほとんどの場合は、そればかりか、心身も病んでしまうのだ。
だから、整理整頓ができない者は、なるべく、金や物を持たないことだ。貧乏であることを喜んでも良い。
物質主義を離れ、精神の比重を多くして生きることだ。
すると、他の者に見えないものが見えるようになる。
単なる推測だが、長嶋茂雄さんって人は、整理整頓は全くできない人だ。
だが、大天才なので、あの人が普通にやることが、豪快で格好良く見えるだけなのだ。
しかし、監督なんていう、整理整頓が必要な仕事を長い間やらされて、物凄いストレスになったはずだ。それで、大病になってしまったのだと思うのだ。彼は、自分から監督をやりたいなんて言ったことは、おそらく無いと思うのだ。
私もだが、あなたも、長嶋茂雄型で、ただ、天才でないというだけかもしれない。
だが、整理整頓ができる俗人が世界を滅ぼすのだ。その意味を考えてみると良い。すぐ分かると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
何が書かれているかを簡単に言うと、
(1)ほとんどの者が、本当の意味での整理整頓ができない。
(2)本当の整理整頓ができれば、仕事の効率は百倍化ともいうほど向上し、企業全体でそれができれば、業績の向上は際(制限)もなし。
といったところである。
そして、これは全くの真実である。
ただ、この本の著者には、最も重要な理解が欠けている。
その重要な理解とは何だろう?
それは、
「本当の整理整頓は、訓練してできるものではない。」
というのが事実であるということだ。
もし、本当の整理整頓が訓練や心がけでできるなら、この本の教えを実行して、素晴らしく業績向上させる会社が溢れることになるが、実際は、そんなことは起こらない。あるとしても、例外中の例外のことだ。
この本を読んで大いに同調した社長さんが、自分の会社の人達に読ませたりすることもあるだろうが、何も変わらないのだ。その社長が、自分が整理整頓できるのは、生まれ持っての才能だ。他人には、そんなものは無いのだ。そうでないなら、みんな社長になっている。
人間が、何ができ、何ができない、あるいは、何をし、何をしないというのは、ひとえに宿命による。ひょっとしたら、前世の縁と言っても良いかもしれない。
整理整頓が全く駄目で、自分の部屋も仕事場もお化け屋敷状態という人もいる。そんな人のほとんどは、おそらくは、一般社会的、あるいは、普通の生活においては、全くの役立たずの無能者で、落伍者であることも珍しくはない。
もし、整理整頓は全く駄目なのに高度な活躍をしているなら、それは、その者には何らかの特別な才能があるのだ。
確かに、ほとんどの場合、その人の机の上、あるいは、机の引き出しの中、職場や部屋の状態を見れば、仕事の能力はほぼ分かる。
整理整頓ができない人間はビジネス向きでなく、決して幹部にしてはならない。
だが、言い換えれば、整理整頓できない人間を、他のことで才能があるからといって、整理整頓を強要すれば、人間そのものが駄目になる。
なぜなら、その者は、「整理整頓できない才能」を持っているのだから。才能を否定することほど、人の生命力を奪うものはない。
そんな者は、異能で勝負するしかない。つまり、普通のやり方では、一生うだつが上がらないのだ。
かくいう私も、整理整頓は全く駄目だ。
そして、実際、一般的なことでは、掛け値なしの無能者である。
誰でもできる簡単なことが、私にはどうしてもできない。それは、子供の頃から身に沁みて思い知っている。
しかし、それはどうにもならない。
だがら、私は決して、自分で事業をしようとか、企業の幹部になろうとはしない。それは無理なことはよく知っているのだ。まかり間違って、そんなことをやり、そして、何かの弾みでうまくいきでもしたら、それこそ不幸と言うものだ。自分にとっても、周りの人達にとっても。
金持ちになろうとも思わない。
整理整頓ができない人は、自分を恥じる必要はないが、やはり、私と同じであることは自覚し、覚悟すべきである。
普通の意味で偉くなりたいと願っても、それは叶わないし、叶えるべきでもない。
また、整理整頓ができない者が大金を掴むと、間違いなく、自分にも家族にも、また、関係者に大迷惑、大損害を与え、やがて、破産するのがオチだ。ほとんどの場合は、そればかりか、心身も病んでしまうのだ。
だから、整理整頓ができない者は、なるべく、金や物を持たないことだ。貧乏であることを喜んでも良い。
物質主義を離れ、精神の比重を多くして生きることだ。
すると、他の者に見えないものが見えるようになる。
単なる推測だが、長嶋茂雄さんって人は、整理整頓は全くできない人だ。
だが、大天才なので、あの人が普通にやることが、豪快で格好良く見えるだけなのだ。
しかし、監督なんていう、整理整頓が必要な仕事を長い間やらされて、物凄いストレスになったはずだ。それで、大病になってしまったのだと思うのだ。彼は、自分から監督をやりたいなんて言ったことは、おそらく無いと思うのだ。
私もだが、あなたも、長嶋茂雄型で、ただ、天才でないというだけかもしれない。
だが、整理整頓ができる俗人が世界を滅ぼすのだ。その意味を考えてみると良い。すぐ分かると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
| 人気ランキング参加中です |
|

職場の上層部の人たちが、あたかも「整理整頓」をするかのように、従業員を区別しているように思えてならないのです。
何か「規格」みたいなものを主観だけで勝手に定めて、型にはまるか、はまらないかで評価している。
居心地が悪く、顔で笑って心で念仏を唱えさせて頂いています。
私は整理整頓が出来る場合と出来ない場合があり、どっちつかずです。
いつも「整理整頓しなければ」と、自分を追い込みます。
でも、出来ない時は出来ないし、逆の事もあります。
これからは自分を追い込むのは止めたいと思います。
ありがとうございました。