IQ(知能指数)は必ずしも頭脳の優秀さや、まして、人間の全体的な能力を示すものではないと言われることが多い。
しかし、私は、IQと能力はほぼ一致していると思う。
小学生の時、知能テストを受けさせられた後で、クラスの担任教師が、生徒たちがいる教室の中で採点を行っていた。まあ、それは批判すまい。
そして、生徒達が興味深く採点結果を見ていた。
すると、やはり成績の良い優秀な子はIQが高く、120とか130といった点数がつけられていた。
やがて、ついに私のものが採点される番になったが、全く高くはなく、がっかりしてしまった。だが、同時に、「やっぱりそうか」と思ったのだった。優秀な子というのは、根本的に自分とは違うということは薄々感じていたのだが、それが具体的に示されたからである。
しかし、これだけではまだ、IQが絶対的ではないのではないかと言われるかもしれないが、他にもこんな話がある。
心理学者のアブラハム・マズローは、大学院生の時、知能テストを受け、自分のIQが197もあることが分かったが、マズローは、私とは逆の意味で、「やっぱりそうか」と思ったらしい。というのは、それまで、他人と議論をしていても、自分の方が優っていて正しいと感じていたのだが、その根拠があるということが分かったからだ。
また、私は、ある立派な国際ITコンサルタントの人と、優秀なシステムエンジニアとはどのような者であるかという話をしていたのだが、その時、私が多少、自論を展開し始めると、彼は即座に、「所詮、知能指数ですよ」とすぱっと断言し、彼はそれ以上、一言も言わなかったが、私も何も言えなかった。
尚、コンピュータプログラマの能力は純粋に知能指数だというのは、ビル・ゲイツも常に言っていたと思う。
IQというのは、ある程度、あるいは、ほとんど、生まれながらの能力だろう。
そうであるなら、人間の能力というのも、生まれでかなり決まってしまうのかもしれない。
SF作家の平井和正さんが原作を書いた石ノ森章太郎さんの漫画『幻魔大戦』で、高校3年生の東丈(あずまじょう)は、生まれつき身体が小さくて体力がなく、頭も良くはなかった。姉と弟がいるが、姉は美人で素晴らしい女性だし、弟は自分より身体が大きくて力も強く、自分がいじめらて弟に助けられる始末だった。丈は、勉強もさっぱりだったのだろう。ある時、丈は、父親が姉に、自分のことを「きょうだいに1人くらいは出来損ないがいるものだ」と言うのを聞いてしまい、ショックを受ける場面があったが、これにはひどく同調してしまった。
そして、悲観のあまり自殺を試みてしまった丈に、姉は、「丈が誰からも尊敬される立派な人になるまでお姉さんが側にいて護ってあげる。お嫁さんに行けなくてもいい」と言うのを見て、異常に感激したものである。このあたりの感覚は、生まれつき優秀な者には分からないことであろうと思う。
生まれつき欠けたところのある者は、不遇な生まれの者に強い思い入れを持つのかもしれない。
『エル・カザド』というアニメで、エリスという名の十代半ば位の少女は、人工的に造られた人間であったが、彼女について、「エリスは神の子では・・・ない」という語りがされたり、また、『魔法少女リリカルなのは』というアニメでは、フェイトという名の9歳の少女が、ある時、自分は科学者(あるいは魔導師)である母親が、死んだ自分の娘の代わりにするために造った人工生命体で、しかも、母親は自分を失敗作と見なして心底嫌っているということを母親の口から聞くのだが、これらのアニメに私がのめり込んだ理由は、そんなところにあるのだと思う。
だが、たとえ下級人種に生まれたとしても心配はいらない。
欠けている分、素直に神に任せてしまう気になれば、神は面倒を見て下さる。
チン・ニンチュウという、作家で自己啓発分野の事業家は、幼い頃から不遇で、歌手になろうとしたが失敗したこともあった。ところが、彼女はある時、夢の中で自分が羊になり、目が醒めた時、自分はただ、神様にしっかり面倒を見てもらえば良いのだと気付いたという。そして、涙がとめどなく流れたという。
法然が、「自力を頼らず、全て仏に任せる絶対他力」の方法として、ただひたすら念仏を唱えることを教えたように、岡田虎二郎も、「岡田式静坐法は絶対他力である」と説いていた。
実際は、能力の無い者ほど、異常な努力家になり、ちょっと成果が上がれば、滑稽にも英雄にでもなった気になりやすい。私もそんなことがあった。
だが、進歩した宇宙人から見れば、あるいは、お釈迦様から見れば、地球人の間で天才と言われる者も劣等な者も、さしたる差はないかもしれない。それが分かれば、優秀な者も愚鈍な者も、共に自分が人の前に立とうとせず、身を慎むことで世界も平和になるに違いない。
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しかし、私は、IQと能力はほぼ一致していると思う。
小学生の時、知能テストを受けさせられた後で、クラスの担任教師が、生徒たちがいる教室の中で採点を行っていた。まあ、それは批判すまい。
そして、生徒達が興味深く採点結果を見ていた。
すると、やはり成績の良い優秀な子はIQが高く、120とか130といった点数がつけられていた。
やがて、ついに私のものが採点される番になったが、全く高くはなく、がっかりしてしまった。だが、同時に、「やっぱりそうか」と思ったのだった。優秀な子というのは、根本的に自分とは違うということは薄々感じていたのだが、それが具体的に示されたからである。
しかし、これだけではまだ、IQが絶対的ではないのではないかと言われるかもしれないが、他にもこんな話がある。
心理学者のアブラハム・マズローは、大学院生の時、知能テストを受け、自分のIQが197もあることが分かったが、マズローは、私とは逆の意味で、「やっぱりそうか」と思ったらしい。というのは、それまで、他人と議論をしていても、自分の方が優っていて正しいと感じていたのだが、その根拠があるということが分かったからだ。
また、私は、ある立派な国際ITコンサルタントの人と、優秀なシステムエンジニアとはどのような者であるかという話をしていたのだが、その時、私が多少、自論を展開し始めると、彼は即座に、「所詮、知能指数ですよ」とすぱっと断言し、彼はそれ以上、一言も言わなかったが、私も何も言えなかった。
尚、コンピュータプログラマの能力は純粋に知能指数だというのは、ビル・ゲイツも常に言っていたと思う。
IQというのは、ある程度、あるいは、ほとんど、生まれながらの能力だろう。
そうであるなら、人間の能力というのも、生まれでかなり決まってしまうのかもしれない。
SF作家の平井和正さんが原作を書いた石ノ森章太郎さんの漫画『幻魔大戦』で、高校3年生の東丈(あずまじょう)は、生まれつき身体が小さくて体力がなく、頭も良くはなかった。姉と弟がいるが、姉は美人で素晴らしい女性だし、弟は自分より身体が大きくて力も強く、自分がいじめらて弟に助けられる始末だった。丈は、勉強もさっぱりだったのだろう。ある時、丈は、父親が姉に、自分のことを「きょうだいに1人くらいは出来損ないがいるものだ」と言うのを聞いてしまい、ショックを受ける場面があったが、これにはひどく同調してしまった。
そして、悲観のあまり自殺を試みてしまった丈に、姉は、「丈が誰からも尊敬される立派な人になるまでお姉さんが側にいて護ってあげる。お嫁さんに行けなくてもいい」と言うのを見て、異常に感激したものである。このあたりの感覚は、生まれつき優秀な者には分からないことであろうと思う。
生まれつき欠けたところのある者は、不遇な生まれの者に強い思い入れを持つのかもしれない。
『エル・カザド』というアニメで、エリスという名の十代半ば位の少女は、人工的に造られた人間であったが、彼女について、「エリスは神の子では・・・ない」という語りがされたり、また、『魔法少女リリカルなのは』というアニメでは、フェイトという名の9歳の少女が、ある時、自分は科学者(あるいは魔導師)である母親が、死んだ自分の娘の代わりにするために造った人工生命体で、しかも、母親は自分を失敗作と見なして心底嫌っているということを母親の口から聞くのだが、これらのアニメに私がのめり込んだ理由は、そんなところにあるのだと思う。
だが、たとえ下級人種に生まれたとしても心配はいらない。
欠けている分、素直に神に任せてしまう気になれば、神は面倒を見て下さる。
チン・ニンチュウという、作家で自己啓発分野の事業家は、幼い頃から不遇で、歌手になろうとしたが失敗したこともあった。ところが、彼女はある時、夢の中で自分が羊になり、目が醒めた時、自分はただ、神様にしっかり面倒を見てもらえば良いのだと気付いたという。そして、涙がとめどなく流れたという。
法然が、「自力を頼らず、全て仏に任せる絶対他力」の方法として、ただひたすら念仏を唱えることを教えたように、岡田虎二郎も、「岡田式静坐法は絶対他力である」と説いていた。
実際は、能力の無い者ほど、異常な努力家になり、ちょっと成果が上がれば、滑稽にも英雄にでもなった気になりやすい。私もそんなことがあった。
だが、進歩した宇宙人から見れば、あるいは、お釈迦様から見れば、地球人の間で天才と言われる者も劣等な者も、さしたる差はないかもしれない。それが分かれば、優秀な者も愚鈍な者も、共に自分が人の前に立とうとせず、身を慎むことで世界も平和になるに違いない。
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ある建物の中にいたのですが、
窓際に蝶が迷い込んででられなくなっていました。
なんとなく外に出してあげようと
もっていたクリアファイルであおぐのですが
蝶は抵抗してなかなか外に出ようとしません。
抵抗をやめれば楽なのになぁなんて思っていたんですが、
あぁ自分みたいだなって感じました。
神様にまかせる。の意味が少し分かったような気がしました。
ちなみに蝶は無事外に出られました。