マタギという日本の古来からの方法で狩猟をする狩猟者の話で、愛用の小刀をいつも肌身離さず懐に忍ばせているというものがあったが、それを思い出すごとに、私も、そのようなものを持つことに憧れる気持ちが起こるのである。
肌身離さずとは言わないまでも、何か1つのものを大切にしている人は、どこか芯が通っており、また、必要な時に優れた力を発揮できるのである。
『怪盗セイント・テール』というアニメで、ヒロインの14歳の芽美(めいみ)が、ある時、幼い頃に大切にしていた人形を見つけ、懐かしがって両親に見せると、母親が、芽美はなぜか、他の人形に全く関心を持たず、ずっとこの人形だけを大切にしていたというが、それが素晴らしい性質であることを作者が知っているのだろう。
確かに過ぎた偏愛というものもある。
天才画家のダリは、一説によれば、なぜかある木片も大切に持っていて、それがなくなるとパニックに陥ったという話がある。まあ、冗談好きだったダリの演出のような気もするが、それも、やはり、彼にも大切な何かがあったからで、それが天才の秘密であろうと感じるのである。
柳田誠二郎さんという、日航の社長や日銀副総裁を務めた大物ビジネスマンは、明治、大正時代の偉人、岡田虎二郎から教わった「岡田式静坐法」を百歳で亡くなるまで熱心に行ったらしいが、若い人に、「何か1つ、心を締める鍵を持っていなさい。私の場合は岡田先生に習った静坐だったということです」と述べ、それぞれの人がそれぞれのものを持つべきものだということを示唆していた。
その柳田さんは、飛行機に乗っていて心臓に異変が起こった時、迷わず静坐(岡田式静坐法の呼吸法)をやって治してしまい、また、海外勤務の際に、慣れない寒い中にいて、全身リウマチのような症状で苦しんでいた時も、やはり、部屋の床に毛布を敷いて静坐をして治してしまった。
やや度を越している印象もあるかもしれないが、ここまで1つのことに信念を持っていることには、やはり憧れるのではないだろうか?
宗教家の五井昌久さんの高弟であった村田正雄さんは、高級仙人に会った時、その仙人が呪文を唱えて統一に入ると、自分もすぐに、五井さんに教わった「世界平和の祈り」を唱えて統一に入ったという話が『七仙人の物語』にあったが、長年の修行で恐るべき力を持った仙人を前にしても、恐れず、迷わず、自分が信じる世界平和の祈りで対応する信心といいうか信念は、やはり素晴らしく、羨ましいものであると思う。これほどの信念があれば、およそこの世に敵はいないだろう。
自分が本当に信じるただ1つの何かがあり、それをいつも把持(しっかり持つ)なら、いつでも心を静めることができ、そうであれば、無意識から無限のエネルギーが流入し、不可能はなくなる。
これが2つとかになると、駄目な訳ではないが、ただ1つのものを持つ人に比べ、力は百分の1以下になると思う。
そして、普通の人は、なかなか1つに決まらずに迷い、そのうち、人生を終えてしまう。
マーフィーの成功法則をやっていても、成果が出ないとすぐに別のものに目移りする者は小人物であるが、迷わずマーフィーの本を千回読んだという人は、馬鹿なのかもしれないが大物であり、やはり成功しているのである。仮にマーフィーの成功法則が嘘八百であっても、何ら差し支えないのである。
法然ともなると、遺言に、「私は念仏以外決して何もしなかった」といった意味のことを書き残しているが、さすが大聖人であると思うのである。
そして、法然の弟子の親鸞は、「法然先生に騙されているとしてもいいではないか?どうせ他のことをやっても同じだしね」と言ったらしいが、もうこれは、法然以上の超大物と思えるのである。
ただ1つのものを見つければ、人生勝ったも同然であり、もう死んでも良く、実際、死人になって自由自在に世界を闊歩するのである。
至道無難という高僧が、「生きながら死人となりはてて、おもいのままになずわざぞよき」と言ったようなものである。
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肌身離さずとは言わないまでも、何か1つのものを大切にしている人は、どこか芯が通っており、また、必要な時に優れた力を発揮できるのである。
『怪盗セイント・テール』というアニメで、ヒロインの14歳の芽美(めいみ)が、ある時、幼い頃に大切にしていた人形を見つけ、懐かしがって両親に見せると、母親が、芽美はなぜか、他の人形に全く関心を持たず、ずっとこの人形だけを大切にしていたというが、それが素晴らしい性質であることを作者が知っているのだろう。
確かに過ぎた偏愛というものもある。
天才画家のダリは、一説によれば、なぜかある木片も大切に持っていて、それがなくなるとパニックに陥ったという話がある。まあ、冗談好きだったダリの演出のような気もするが、それも、やはり、彼にも大切な何かがあったからで、それが天才の秘密であろうと感じるのである。
柳田誠二郎さんという、日航の社長や日銀副総裁を務めた大物ビジネスマンは、明治、大正時代の偉人、岡田虎二郎から教わった「岡田式静坐法」を百歳で亡くなるまで熱心に行ったらしいが、若い人に、「何か1つ、心を締める鍵を持っていなさい。私の場合は岡田先生に習った静坐だったということです」と述べ、それぞれの人がそれぞれのものを持つべきものだということを示唆していた。
その柳田さんは、飛行機に乗っていて心臓に異変が起こった時、迷わず静坐(岡田式静坐法の呼吸法)をやって治してしまい、また、海外勤務の際に、慣れない寒い中にいて、全身リウマチのような症状で苦しんでいた時も、やはり、部屋の床に毛布を敷いて静坐をして治してしまった。
やや度を越している印象もあるかもしれないが、ここまで1つのことに信念を持っていることには、やはり憧れるのではないだろうか?
宗教家の五井昌久さんの高弟であった村田正雄さんは、高級仙人に会った時、その仙人が呪文を唱えて統一に入ると、自分もすぐに、五井さんに教わった「世界平和の祈り」を唱えて統一に入ったという話が『七仙人の物語』にあったが、長年の修行で恐るべき力を持った仙人を前にしても、恐れず、迷わず、自分が信じる世界平和の祈りで対応する信心といいうか信念は、やはり素晴らしく、羨ましいものであると思う。これほどの信念があれば、およそこの世に敵はいないだろう。
自分が本当に信じるただ1つの何かがあり、それをいつも把持(しっかり持つ)なら、いつでも心を静めることができ、そうであれば、無意識から無限のエネルギーが流入し、不可能はなくなる。
これが2つとかになると、駄目な訳ではないが、ただ1つのものを持つ人に比べ、力は百分の1以下になると思う。
そして、普通の人は、なかなか1つに決まらずに迷い、そのうち、人生を終えてしまう。
マーフィーの成功法則をやっていても、成果が出ないとすぐに別のものに目移りする者は小人物であるが、迷わずマーフィーの本を千回読んだという人は、馬鹿なのかもしれないが大物であり、やはり成功しているのである。仮にマーフィーの成功法則が嘘八百であっても、何ら差し支えないのである。
法然ともなると、遺言に、「私は念仏以外決して何もしなかった」といった意味のことを書き残しているが、さすが大聖人であると思うのである。
そして、法然の弟子の親鸞は、「法然先生に騙されているとしてもいいではないか?どうせ他のことをやっても同じだしね」と言ったらしいが、もうこれは、法然以上の超大物と思えるのである。
ただ1つのものを見つければ、人生勝ったも同然であり、もう死んでも良く、実際、死人になって自由自在に世界を闊歩するのである。
至道無難という高僧が、「生きながら死人となりはてて、おもいのままになずわざぞよき」と言ったようなものである。
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