江戸末期の偉大な神道家であった黒住宗忠は、イエス・キリストにも匹敵するほどの力を持つ神人だったが、とても不思議な祈願をしたことで知られている。
なんと、彼は、神である天照大神の開運を祈ったというのである。
いかに聖人とはいえ、神の開運を祈るなどというのは、考えようによっては不遜であるかもしれない。
宗忠の真意はいったい何であったのだろう?
このことについて、著書の中で、ご自分の考えを述べておられる人もいるし、それらを読んだこともあるのだが、私には全く分からなかった。
中には、神の開運を祈ることが自分の開運になるのだと言われる人もいるが、申し訳ないが、それでは、下心を持って神の開運を祈るような気がしてしまうのである。

だが、最近、こう思うようになったのだ。
宗忠は、30歳そこそこの時、重い病になり、いよいよ死の間際まできて、ついに生を諦めたことがあった。そして、家族の助けを借りて入浴し、衣服を整え、天照大神に最後の拝礼をする。その時、天照大神の生命が宗忠の身体の中に入り、宗忠の消えかけていた生命の火が再び燃え上がって、病気が治ってしまった。
そして、天照大神の生命を身近に感じるようになると、一切まるごと、天照大神に任せてしまうことができるようになったのだが、そうすると、面白いこと、楽しいこと、有り難いことばかりが起こるようになり、あらゆる福運に恵まれ、さらに次々と、願わずとも幸運が押し寄せてくるようになった。
その感謝のためであれば、ただ、「天照大神様、ありがとうございます」と言えば良いのだと思う。
しかし、宗忠は、本当に天照大神を愛していたのだと思うのだ。
だから、自分にもまだ、至らぬ点があると感じていた宗忠は、このあまりの素晴らしい恵みが、天照大神の障りにならないかと恐れたのではないかと思うのだ。

私は、これまではそれが分からなかった。
なぜ分からなかったかというと、神を本当には愛していなかったからだ。
しかし、最近、弥勒菩薩を本当に愛するようになると、そんなことを感じるようになったのである。
それは、京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)の素晴らしい写真を見て、たちまちその美しさに魅せられたからということもあるのだが、そうなれば、弥勒菩薩の名を呼ばずにはいられなくなる。ラマナ・マハルシの弟子であったインドの聖者プンジャジが、クリシュナ神を愛するあまり、1日に4万回その名を唱えたというが、その気持ちが分かるのである。そして、そこまではいかないのだが、思い出す度に、弥勒菩薩の名を、「南無弥勒仏」、「南無弥勒菩薩」、「マイトレーヤ」と唱えると、その度に、たちまち弥勒菩薩の法力が発揮され、大難も小難になるどころか、無難になってしまうし、良いことばかりになるのである。
しかし、時々思うのだ。名を呼べば法力を起こして下さるのだが、私のためにそのようなことをいつもなさるのには障りがあるのではないだろうか?しかし、その名を呼ばずにはいられない。
そうして、少しではあるが、弥勒菩薩の開運を願う気持ちが起こるということが分かるように思えたのである。
とはいえ、実際には、そのようなことを祈ってはいない。
宗忠のようには、いかない。やはり、そこは神人と凡人の違いでる。
だから、ただ、弥勒菩薩に全てお任せするだけである。
イエスは、「戒律の中で一番大切なのはどれですか?」と尋ねらた時、「汝の神を愛することである」とはっきりと答えている。
私も、それが正しいことであると思うのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ