昔、中国に抱朴子(ほうぼくし。283-343年)という学者がいたのだが、彼は、中国に古代から伝わる英知の書である、『易経』、『論語』、『老子』、『荘子』を始め、その他のあらゆる優れた書を読み学問を積んでいた。
実は、彼は、仙人が実際に存在することや、正しい方法に従うなら、人は仙人になれるのだと堅く信じ、自分もまた、必ずや仙人になろうとすると共に、自分が苦労して知った、仙人になるための方法を惜しげもなく、偏見の無い真面目な人々に教えようとしていたのだ。
彼は、本当に、真っ直ぐで、愚直な人間であると感じられ、私は彼に好意を感じずにはいられないのだ。
抱朴子は、仙人になることに成功したのだろうか?
それは分からないが、成功したのだと伝えられてもいる。
しかし、私は、彼はうまくいかなかったのではないかと思っている。
なぜなら、彼は、仙人になるには、仙丹と言われる、仙人になるための薬を服用することが絶対に必要だと信じていたからだ。彼は、貧乏なため、その薬を作るための材料が買えないと書に書いていた。
彼は、仙丹を作るためには、金や水銀や鉛、さらに、その他の鉱物や植物等が必要だと考えていた。
しかし、私は、仙丹とは、精神的な作用を起こさせるための特別な方法をそう呼んだのであり、金や水銀も、隠語であるのだと思っている。それは、西洋の錬金術や、魔法、神秘学について少し調べれば、現在の我々であれば、容易に知ることができる。
彼がそれに気付いていたなら、彼ほどの情熱があり、学問も積んだ人なら、間違いなく仙人になれたと思う。
いかなることも、成就に必要なことは情熱である。
そして、仙人になることは、さほど難しいことではないかもしれない。
抱朴子は、仙人の中でも、老子と彭祖(ほうそ)を特に崇拝していたのではないかと思うが、彭祖などは、やはり、仙術を修めることは難しいことではないと述べているのである。
そのためには、ただ、身体を大切にし、しかし、適度に運動し、食を慎み、しかし、栄養のある良いものを食べることを奨めている。
彭祖が好んだ食べ物は、肉桂(シナモン)や松の実であるが、これらは実際、身体に非常に良く、適度に食べるなら、身体や頭脳を活性化する。
また、松の実にはやや劣るかもしれないが、抱朴子が知らなかったと思われる、アーモンドやクルミも、栄養的には近いと思われる。
そして、老子が特に注意したことには、せっかくそうやって蓄えたエネルギーを性行為や、過剰な労働で疲労して無駄にしないことだった。
だが、最も心身を疲弊させるのは、ストレスであることは、現代でも知られている。
ストレスを解消するために、暴飲暴食したり、酒を飲んだり、遊びまわったりするのが良いと思い、それを実践している者がいるが、それは全く馬鹿なことである。
ストレスを防ぐためにも、それを消すためにも、唯一大切なことは、心を静かに保つことであると、老子も彭祖も述べている。
心を静かにするとは、無心になることである。
老子や彭祖の時代にはなかったが、達磨がインドから中国に伝えた腕振り運動は、仙術の修行にも取り入れられたが、心を静かにし、活性化した気を体内に蓄えることに非常に効果があるのだから当然である。
そして、腕振り運動を、一定のリズムで淡々と繰り返すことで、最も大切な心の静かさをもたらすのである。
良いものは取り入れるのが、進歩した人間である。
ラマナ・マハルシが教えた、「私は誰か?」という問いを自分に問い続けたり、信仰があるなら、1日中、いかなる時も念仏を唱えたり、般若心経の呪文を常に唱えるなら、心を静寂に保ち、仙人に近付くだろう。
大切なコツは、「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎が教えたことである。
それは、
「生活しながら念仏をしてはならない。念仏しながら生活するのでなくてはならない。生活しながら静坐してはならない、静坐しながら生活しなければならない」
ということである。
世界平和の祈りを奨めた五井昌久さんも、「他は何もしなくていいから、世界平和の祈りだけを、いかなる時もやりなさい」と言われていた。
これらは全て、仙人を超え、神に近付くためのものである。
それならば、仙人になることは、その手前で達成できるのであろう。
実際、仙山に住む仙人は、近寄ってみると、口の中で常に呪文を唱えているのである。
滅多にできることではないが、我々も、目が覚めている間はずっと、呪文や祈りを続け、無駄な想念を起こすことを避けるなら、仙人に近付き、その力の一端を握ることができるだろう。
それは間違いないと思う。
そして、そういった行を熱心にやるなら、必要なものであれば、望むまでもなく、何でも得られるのである。むしろ、求めない方が良い。
世俗的なものを求めるくらいなら、仙人になることを願い、無心に行を行えば、本当に必要なものは豊富に与えられるのだと思う。
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実は、彼は、仙人が実際に存在することや、正しい方法に従うなら、人は仙人になれるのだと堅く信じ、自分もまた、必ずや仙人になろうとすると共に、自分が苦労して知った、仙人になるための方法を惜しげもなく、偏見の無い真面目な人々に教えようとしていたのだ。
彼は、本当に、真っ直ぐで、愚直な人間であると感じられ、私は彼に好意を感じずにはいられないのだ。
抱朴子は、仙人になることに成功したのだろうか?
それは分からないが、成功したのだと伝えられてもいる。
しかし、私は、彼はうまくいかなかったのではないかと思っている。
なぜなら、彼は、仙人になるには、仙丹と言われる、仙人になるための薬を服用することが絶対に必要だと信じていたからだ。彼は、貧乏なため、その薬を作るための材料が買えないと書に書いていた。
彼は、仙丹を作るためには、金や水銀や鉛、さらに、その他の鉱物や植物等が必要だと考えていた。
しかし、私は、仙丹とは、精神的な作用を起こさせるための特別な方法をそう呼んだのであり、金や水銀も、隠語であるのだと思っている。それは、西洋の錬金術や、魔法、神秘学について少し調べれば、現在の我々であれば、容易に知ることができる。
彼がそれに気付いていたなら、彼ほどの情熱があり、学問も積んだ人なら、間違いなく仙人になれたと思う。
いかなることも、成就に必要なことは情熱である。
そして、仙人になることは、さほど難しいことではないかもしれない。
抱朴子は、仙人の中でも、老子と彭祖(ほうそ)を特に崇拝していたのではないかと思うが、彭祖などは、やはり、仙術を修めることは難しいことではないと述べているのである。
そのためには、ただ、身体を大切にし、しかし、適度に運動し、食を慎み、しかし、栄養のある良いものを食べることを奨めている。
彭祖が好んだ食べ物は、肉桂(シナモン)や松の実であるが、これらは実際、身体に非常に良く、適度に食べるなら、身体や頭脳を活性化する。
また、松の実にはやや劣るかもしれないが、抱朴子が知らなかったと思われる、アーモンドやクルミも、栄養的には近いと思われる。
そして、老子が特に注意したことには、せっかくそうやって蓄えたエネルギーを性行為や、過剰な労働で疲労して無駄にしないことだった。
だが、最も心身を疲弊させるのは、ストレスであることは、現代でも知られている。
ストレスを解消するために、暴飲暴食したり、酒を飲んだり、遊びまわったりするのが良いと思い、それを実践している者がいるが、それは全く馬鹿なことである。
ストレスを防ぐためにも、それを消すためにも、唯一大切なことは、心を静かに保つことであると、老子も彭祖も述べている。
心を静かにするとは、無心になることである。
老子や彭祖の時代にはなかったが、達磨がインドから中国に伝えた腕振り運動は、仙術の修行にも取り入れられたが、心を静かにし、活性化した気を体内に蓄えることに非常に効果があるのだから当然である。
そして、腕振り運動を、一定のリズムで淡々と繰り返すことで、最も大切な心の静かさをもたらすのである。
良いものは取り入れるのが、進歩した人間である。
ラマナ・マハルシが教えた、「私は誰か?」という問いを自分に問い続けたり、信仰があるなら、1日中、いかなる時も念仏を唱えたり、般若心経の呪文を常に唱えるなら、心を静寂に保ち、仙人に近付くだろう。
大切なコツは、「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎が教えたことである。
それは、
「生活しながら念仏をしてはならない。念仏しながら生活するのでなくてはならない。生活しながら静坐してはならない、静坐しながら生活しなければならない」
ということである。
世界平和の祈りを奨めた五井昌久さんも、「他は何もしなくていいから、世界平和の祈りだけを、いかなる時もやりなさい」と言われていた。
これらは全て、仙人を超え、神に近付くためのものである。
それならば、仙人になることは、その手前で達成できるのであろう。
実際、仙山に住む仙人は、近寄ってみると、口の中で常に呪文を唱えているのである。
滅多にできることではないが、我々も、目が覚めている間はずっと、呪文や祈りを続け、無駄な想念を起こすことを避けるなら、仙人に近付き、その力の一端を握ることができるだろう。
それは間違いないと思う。
そして、そういった行を熱心にやるなら、必要なものであれば、望むまでもなく、何でも得られるのである。むしろ、求めない方が良い。
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