『老子』は元々『道徳経』と言い、老子という至高の賢者が書いた81章からなる短い聖典である。
なぜこのような稀に見る驚くべきものが書かれたのかというと、こんな話が、抱朴子(葛洪)の『神仙伝』にある。
これが良い話であるのだ。
あくまで概略で述べるが、見ていただきたい。

老子が周の国を出て、いよいよ仙山(仙人が住むべき山)である崑崙(こんろん)山に登ろうとした時、周の関守である尹喜(いんき)が直感により、ここを大変な聖者が通ることを察知した。そこで、その大聖人が通るであろう道を40里(中国では一里が500mなので20km)も清掃して待ち受けた。
尹喜は、牛車に乗ってやって来た老子を一目見て、「この人だ」と分かったが、老子も尹喜を見て、「人物」であることを認めた。
その時、老子は、従者への長年の賃金が未払いで、それが膨大な額になっていたのだが、従者がその支払いを要求していた。
ただし、老子は、その従者が昔、貧しく、また、放っておいたら死ぬ運命だったので、身近に置くことで救ってやったのだった。しかも、いずれ賃金は支払ってやるつもりだった(仙人である老子には、黄金など自由自在に無限に得られた)。
尹喜は、自分が代わりに従者への賃金を支払うことを申し入れ、さらに、その無知な従者への恩赦を願うと、老子は受け入れた。そして尹喜は、老子に拝礼し、丁重にもてなしながら教えを乞うと、老子は快く説いた。
その後、尹喜がさらに教え(真理の精髄という意味と思う)を求めると、老子は五千語で口述し、後でそれを尹喜が筆記したものが『道徳経』、すなわち、『老子』である。つまり、『老子』は、説いたのは老子で、書いたのは尹喜であるということになる。
孔子もまた、老子に弟子入りしたことがあった。
しかし、孔子はこう言って悩んだ。
「私は相手がどんな人間でも、鳥のようなものであればそれを矢で射落とし、魚のようであれば、釣り上げることができなかったことはない。しかし、老子は竜だ。仕留めるどころか、追う事すらできぬ」
つまり、老子は、孔子にとって、全く掴みどころがなく、あまりに格違い、桁違いの境地の存在であることを認めざるを得なかったのである。
孔子はなまじ天才であるだけに、老子の側にいると、気狂いになりかねず、老子から離れた。凡人であれば、老子の偉大さの欠片にも気付かないのであるから、その点はさすが孔子なのである。

ところで、その『老子』の22章は、「曲即全」という言葉で始まる。日本語で読み下せば、「曲なれば、即ち、全(まった)し」で、「曲がれば完全だ」である。
上に述べた通り、『老子』は、老子の口述であり、宇宙の真理の概要である。
細かい説明はない。
よって、この「曲即全」も、様々に解釈でき、学者をはじめ、多くの人達が、本当に色々な解釈をし、それを発表している。
だが、私は、この「曲即全」を見て、ぞくっとした。
誰だって、頭では分からなくても、真理に出会うと、衝撃を感じ、身体や世界の存在を忘れてしまうものだ。
その時の私がそうだったのだ。
「曲即全」
何の説明がいるだろう?
曲がれば、あるいは、曲げれば、完全だ。
日本語も中国語も堪能な詩人、王明さんは、余計な解説をせず、「屈伸できれば自由自在である」と訳した。
このくらいで丁度良いかもしれない。王明さんの、詩で訳した『老子』は素晴らしい。
「曲即全」
「屈伸できれば自由自在である」
ただ覚えていれば良い。
呪文のように、ただ無心に唱えたって良いと思う。
頭で意味を考えない方が良い。
ただ覚えていれば、この教えは、あなたに最大の作用をするだろう。

ただ、五井昌久さんという有名な宗教家が『老子講義』という本で、この意味を解説されていたのを見て、私は本当に感服した。
五井さんは、解説することを余計なことだとは自分でも述べているのであるが、あまりに親切な人なのだろう。本当に懇切丁寧に説明しておられた。
無論、私など思いつきもしない大変な解釈である。五井さんは、老子と霊的に合体したと言うが、それは本当だろうと思った。
私は宗教には興味はないが、五井昌久さんという人そのものに対しては、ああ、この人は本当に聖人なんだろうなと思う。
無論、老子も完全に理解しておられる・・・いや、老子そのものであるのだから当然であるが。できれば、生きておられた時に一目、お姿を見ておきたかったが、きっと今でも、望めば誰でも逢えるのだろう。









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