やや昔のインターネットや、それ以前からあったパソコン通信の時代には、BBS(電子掲示板)というものが不動の人気があったが、これは、現在のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)と本質では変わらない。見知らぬ同士がネット上で交流するということであるが、今は、それを日常的にしている者が多くなったので、昔とは違うところも出てきたというに過ぎない。
ところで、まだブログもTwitterもFacebookもなかった、BBSが主流の頃から問題になったのが、「バトル」と呼ばれる、ネット上の不毛な論争だった。
私もBBSに参加した頃、私の書き込みに対する、ひどく攻撃的であったり、難癖やいちゃもんとしか思えない発言に悩まされることがあった。しかし、論理的にやり返せば何の問題もなく解決すると思ったのだが、常識的とも思える道理ですら、全く通用しないということが多く、すっかり困惑してしまったことをよく覚えている。
そんな書き込みをする連中も、表面的にはまともな社会人を装ってはいるが、恐ろしいまでに非常識で、自己中心的な放言を恥ずかしげもなく、堂々と繰り返すのである。私は、そんな連中を見て、「なんでこんな人間達が社会に野放しになっているのだろう?」と本気で疑問に思い、さらに、「一見、まともな人間を装っている狂人は多いに違いない」ということを考えざるを得なくなったのであった。
ところで、ネットとは関係がないのだが、上のようなことに関する、ある気付きを得た出来事があった。
通勤中のことであるが、電車で、身体がぶつかったとか、そんなつまらないことだったと思うが、50歳もとおに過ぎていると思える男性ともめたことがあった。私も、もっと賢くやり過ごせば良かったのだが、ちょっと相手になってしまったのだろう(本当に馬鹿だった)、相手は、本気で絡んできた。言っては悪いが、小汚い男だったので、恥ずかしいから口を利きたくなかったのだが(この見下げた態度も本当は良くないのかもしれないが)、その場を去ろうとする私の前にしっかりと立ち塞がり、離してくれない様子だ。そして、大声で何かを主張してくるのだが、その言い分は、全く覚えていないほど、支離滅裂で道理の欠片もないのだが、表面上のもの言いの仕方は、「君は」だのといった、「いっぱし」の言葉を使うのである。
彼は、およそネットを使うような男には見えなかったが、言うことはネットのBBSと同じなのである。
そして、最近、こんな人間の問題は何かということがはっきりと分かったのだが、それは、我々皆、必ずしも無縁ではないことなのだ。
結論から言えば、そういった奇怪極まる人間というのは、暇なのだ。
人間は、暇だと、どうにもならないほど道理から外れ、狂気に満ちてくる。それだけのことなのだ。
今でも・・・いや、以前よりはるかにユーザー数が多い分、ネット上にそんな人間が蔓延しているので、現在のSNSは、そんな奇人の影響をなるべく排除するための工夫が取り入れられているのである。しかし、言うまでもなく、完全には程遠い。
人間というのは、自由にものを考える時間を与えると、愚かな考えに取り付かれていき、どんどん狂人に近付くものなのだ。
優れた考えというのは、決してたっぷり時間をかけて思いつくものではなく、忙しい中で、一瞬、意識が空白になった時に、ふと浮かぶものである。
だから、忙しい人ほど良いアイディアを持っている。
また、必死に考えている時には何の案も出ないのに、考え疲れて諦め、考えることをやめたまさにその瞬間に解決策が出たりするのである。
会社で、暇な連中を集め、「こいつらは時間があるのだから、懸案の問題の解決策でも考えさせたら、何かいいアイデアでも出すかもしれない」と考えるなら、それは、これ以上はない愚かな間違いと言えるだろう。そんな連中が出すアイディアの下らなさ、非現実性、馬鹿馬鹿しさは笑い話のネタにも使えないものばかりに違いない。
良いアイディアが欲しいなら、忙しい人間に相談することだ。
子供をろくでなしにしたくなければ、暇を与え過ぎてはならない。かといって、お客様の立場でしかないお稽古事に無理に行かせてはならない。本人がどうしてもやりたいという場合に限り、何かの誓約と引き換えにやらせるのだ。たとえば、「やらせてくれたら、かわりこれをやります」といった感じだ。しかし、馬鹿な親は、お稽古事に行ってくれと頼み、あるいは、強制し、やる気のない子供はいい加減にやって暇を作り、さらに、その子供は、「行ってやっているのだから」と、他のことは何もせず、もっと暇になるのである。これでは、愚かな人間の作り方の見本である。
高校生にもなれば、小遣いなど与えず、バイトをさせるのが絶対に良い。しかし、大学生にもなって、親の金でスマートフォンを使い、SNSで、上にも述べたような、暇な狂人振りを発揮しているのかもしれない。
我々も、道理を解することもできない、愚かな人間になりたくなければ、自由に考えてしまえる時間を少なくすることだ。
それには、決まった時間に決まったことをする規則正しい生活をしなければならない。
この時間はこれをやると決まっていれば、自然にそれに取り組み、無駄なことを考えている暇はなくなる。
竹内均さんという第一級の地球物理学者だった人は、毎日、決まった時間に家を出て職場の研究室に入り(午前7時半頃)、昼休みのベルが鳴ると何をしていても、ぱっと昼食にし、就業時間終了のベルと共に、さっと仕事をやめて帰宅した。夜9時に寝て、朝4時に起きることを生涯続けたという。
まさに、無駄なことを考える時間がなく、内側から素晴らしい考えが浮かぶ条件を高めていたこともあり、素晴らしい研究を行えたのだ。
多数の著書がある、職業コンサルタントの本多信一さんは、会社が嫌になって独立し、無料相談所を始めたが、客は1人も来なかったので、暇になってしまった。しかし、そのままにせず、毎日ノルマを決めて文章を必ず書いているうちに著作家になってしまったようだ。
本田さんだって、それがなければ、ただのニートと言われても仕方がなかったかもしれない(当時はニートという言葉はなかっただろうが)。
本田さんに限らず、優れた作家というのは、決して自由な時間に書いているのではなく、誰にも強制されない中で、仕事時間を決め、それを自分に厳しく課しているのである。
別にニートが悪くはないが、ニートならニートで、真面目にニートをしなければならない。1年365日、決まった時間に決まった時間にやることをしっかり作ることだ。暇になりたくてニートになるようなことは、実際はあまりないだろうが、もしそうなら、絶対にニートになってはならない。人間とはいえない愚か者になりたくはないだろうからね。
私も、暇があったので、コンピュータプログラミングの勉強をして、いつしかソフト開発者になったに過ぎない。
もし暇があるなら、個人的には、マイクロソフトAccessかファイルメーカー社のFileMakerの練習をすればどうかと思う。よほど極まったプログラマにでもなるなら、C言語やC++言語、Java、Perl、PHP、Rubyなどのプログラミング言語をやれば良いと思うが、そんな人は、私のアドヴァイスなど不要であろう。
私も多くのプログラミング言語をやった口だが、一頃からは、AccessやFileMakerに類似のデータベース一体型ツールを熱心にやったおかげで、随分と楽しい思いをしてきたので、やはり、それをお奨めするのである。
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ところで、まだブログもTwitterもFacebookもなかった、BBSが主流の頃から問題になったのが、「バトル」と呼ばれる、ネット上の不毛な論争だった。
私もBBSに参加した頃、私の書き込みに対する、ひどく攻撃的であったり、難癖やいちゃもんとしか思えない発言に悩まされることがあった。しかし、論理的にやり返せば何の問題もなく解決すると思ったのだが、常識的とも思える道理ですら、全く通用しないということが多く、すっかり困惑してしまったことをよく覚えている。
そんな書き込みをする連中も、表面的にはまともな社会人を装ってはいるが、恐ろしいまでに非常識で、自己中心的な放言を恥ずかしげもなく、堂々と繰り返すのである。私は、そんな連中を見て、「なんでこんな人間達が社会に野放しになっているのだろう?」と本気で疑問に思い、さらに、「一見、まともな人間を装っている狂人は多いに違いない」ということを考えざるを得なくなったのであった。
ところで、ネットとは関係がないのだが、上のようなことに関する、ある気付きを得た出来事があった。
通勤中のことであるが、電車で、身体がぶつかったとか、そんなつまらないことだったと思うが、50歳もとおに過ぎていると思える男性ともめたことがあった。私も、もっと賢くやり過ごせば良かったのだが、ちょっと相手になってしまったのだろう(本当に馬鹿だった)、相手は、本気で絡んできた。言っては悪いが、小汚い男だったので、恥ずかしいから口を利きたくなかったのだが(この見下げた態度も本当は良くないのかもしれないが)、その場を去ろうとする私の前にしっかりと立ち塞がり、離してくれない様子だ。そして、大声で何かを主張してくるのだが、その言い分は、全く覚えていないほど、支離滅裂で道理の欠片もないのだが、表面上のもの言いの仕方は、「君は」だのといった、「いっぱし」の言葉を使うのである。
彼は、およそネットを使うような男には見えなかったが、言うことはネットのBBSと同じなのである。
そして、最近、こんな人間の問題は何かということがはっきりと分かったのだが、それは、我々皆、必ずしも無縁ではないことなのだ。
結論から言えば、そういった奇怪極まる人間というのは、暇なのだ。
人間は、暇だと、どうにもならないほど道理から外れ、狂気に満ちてくる。それだけのことなのだ。
今でも・・・いや、以前よりはるかにユーザー数が多い分、ネット上にそんな人間が蔓延しているので、現在のSNSは、そんな奇人の影響をなるべく排除するための工夫が取り入れられているのである。しかし、言うまでもなく、完全には程遠い。
人間というのは、自由にものを考える時間を与えると、愚かな考えに取り付かれていき、どんどん狂人に近付くものなのだ。
優れた考えというのは、決してたっぷり時間をかけて思いつくものではなく、忙しい中で、一瞬、意識が空白になった時に、ふと浮かぶものである。
だから、忙しい人ほど良いアイディアを持っている。
また、必死に考えている時には何の案も出ないのに、考え疲れて諦め、考えることをやめたまさにその瞬間に解決策が出たりするのである。
会社で、暇な連中を集め、「こいつらは時間があるのだから、懸案の問題の解決策でも考えさせたら、何かいいアイデアでも出すかもしれない」と考えるなら、それは、これ以上はない愚かな間違いと言えるだろう。そんな連中が出すアイディアの下らなさ、非現実性、馬鹿馬鹿しさは笑い話のネタにも使えないものばかりに違いない。
良いアイディアが欲しいなら、忙しい人間に相談することだ。
子供をろくでなしにしたくなければ、暇を与え過ぎてはならない。かといって、お客様の立場でしかないお稽古事に無理に行かせてはならない。本人がどうしてもやりたいという場合に限り、何かの誓約と引き換えにやらせるのだ。たとえば、「やらせてくれたら、かわりこれをやります」といった感じだ。しかし、馬鹿な親は、お稽古事に行ってくれと頼み、あるいは、強制し、やる気のない子供はいい加減にやって暇を作り、さらに、その子供は、「行ってやっているのだから」と、他のことは何もせず、もっと暇になるのである。これでは、愚かな人間の作り方の見本である。
高校生にもなれば、小遣いなど与えず、バイトをさせるのが絶対に良い。しかし、大学生にもなって、親の金でスマートフォンを使い、SNSで、上にも述べたような、暇な狂人振りを発揮しているのかもしれない。
我々も、道理を解することもできない、愚かな人間になりたくなければ、自由に考えてしまえる時間を少なくすることだ。
それには、決まった時間に決まったことをする規則正しい生活をしなければならない。
この時間はこれをやると決まっていれば、自然にそれに取り組み、無駄なことを考えている暇はなくなる。
竹内均さんという第一級の地球物理学者だった人は、毎日、決まった時間に家を出て職場の研究室に入り(午前7時半頃)、昼休みのベルが鳴ると何をしていても、ぱっと昼食にし、就業時間終了のベルと共に、さっと仕事をやめて帰宅した。夜9時に寝て、朝4時に起きることを生涯続けたという。
まさに、無駄なことを考える時間がなく、内側から素晴らしい考えが浮かぶ条件を高めていたこともあり、素晴らしい研究を行えたのだ。
多数の著書がある、職業コンサルタントの本多信一さんは、会社が嫌になって独立し、無料相談所を始めたが、客は1人も来なかったので、暇になってしまった。しかし、そのままにせず、毎日ノルマを決めて文章を必ず書いているうちに著作家になってしまったようだ。
本田さんだって、それがなければ、ただのニートと言われても仕方がなかったかもしれない(当時はニートという言葉はなかっただろうが)。
本田さんに限らず、優れた作家というのは、決して自由な時間に書いているのではなく、誰にも強制されない中で、仕事時間を決め、それを自分に厳しく課しているのである。
別にニートが悪くはないが、ニートならニートで、真面目にニートをしなければならない。1年365日、決まった時間に決まった時間にやることをしっかり作ることだ。暇になりたくてニートになるようなことは、実際はあまりないだろうが、もしそうなら、絶対にニートになってはならない。人間とはいえない愚か者になりたくはないだろうからね。
私も、暇があったので、コンピュータプログラミングの勉強をして、いつしかソフト開発者になったに過ぎない。
もし暇があるなら、個人的には、マイクロソフトAccessかファイルメーカー社のFileMakerの練習をすればどうかと思う。よほど極まったプログラマにでもなるなら、C言語やC++言語、Java、Perl、PHP、Rubyなどのプログラミング言語をやれば良いと思うが、そんな人は、私のアドヴァイスなど不要であろう。
私も多くのプログラミング言語をやった口だが、一頃からは、AccessやFileMakerに類似のデータベース一体型ツールを熱心にやったおかげで、随分と楽しい思いをしてきたので、やはり、それをお奨めするのである。
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ヒマや退屈って心にとって最大の敵でしょうね。自己啓発本などでは「人間はだまっていると自然にネガティブな事を考えてしまう生き物だ」というようなフレーズがよくみられる気がします。
忙しいのは心を亡くすことだ、とか言って批判する人いますが、一時的に自発的に心を亡くすなら良いことじゃないか、なんて思います。
長文大変失礼いたしました。それでは。