私は高校生の時に、たまたま目にした、ゲーテの「何もしないよりは、どんなつまらないことでもやった方がはるかに良い」という言葉を目にして、それを忘れずにいる。
全く愚かで未熟であった私が、こんな言葉をちゃんと覚えているのだから、やはり人間は内側で神と通じているのだろう。
さて、ではなぜ、何もしないことがそんなに悪いのだろう?
それは、自由に考える時間が出来てしまうからだ。
人間は、たっぷり考える時間があると、馬鹿なことしか考えないのだ。
若くして成功し、一生食べていけるお金を得て、早々に引退することに憧れる人達がいるらしい。
しかし、本当にそんなことになった人達は、精神を病み、自殺する者すらいるのだ。
よく、「考える時間が欲しい」と言う人がいる。
それで、何もせず、自由に考えると、何もかも、どんどん悪くなっていくだろう。
本当に良い考えというのは、忙しい最中に、一瞬、無心になった時に訪れるのである。
あるいは、忙しい1日が終り、風に吹かれたり、夕陽を見た時に、はっとするような素晴らしい想いが浮かぶのである。

だから、悩みがある時や、導きが欲しい時には、なるべく考えなくていいように、何かすることだ。
私も長くニートをしていたので、何もすることがない辛さはよく知っている。
だから、どれほどつまらない職場であっても、行くところがあり、やることがあることは実に有り難いことであることがよく分かるのである。

会社で、早く辞めさせたい社員を「追い出し部屋」と呼ばれる部屋に閉じ込めて仕事を何も与えないというのは、実に効果的であることが分かる。
会社によっては、荷物の箱詰めといった、年齢の高い人間にとっては屈辱的な単純な仕事をやらせるところもあるようだが、それは、本人さえこだわらなければ、案外に楽しいし、少なくとも、何もやることがないよりははるかにマシであろう。
もし、会社でやることが何もなくなってしまったら、なるべく何も考えないことだ。そのために最も良いのは、何でもいいから仕事を見つけてそれをやることだが、実際、どれほど仕事を干されたところで、本気で探せば何かあるものだ。
そして、暇な時に見つけた仕事が、案外に生涯の仕事になるということもあるが、それは全然不思議なことではない。
やっと見つけたなけなし(ほんのわずかなこと)の仕事は、とても大切に思え、大事にやり、好きになることもある。そうすれば、その仕事の独自の意味を見出したり、新しいやり方を発見したりするからだ。
私も、よほど性格が悪いのか、若いのに会社で仕事を与えられずにいた時に、コンピューターのプログラミングをやりはじめたのだが、それは、コンピューターの専門学校や、ソフト会社の研修や現場トレーニングとは全く違ったユニークなものになり、私は独自性のあるソフト開発者になれた。そのおかげで、いつも面白い仕事にばかり恵まれ、良い思いばかりしてきた。災い転じて福となすとは、まさにこのことである。

竹村健一さんは、日本が高度経済成長期にあった時に、「窓際族になったら喜べ。何もせずに給料が貰え、好きな勉強ができる」と言ったが、それは、心構え次第で、いつの時代も同じであると思う。
窓際族や、追い出し部屋要員に限らないが、悪い立場になっても決して挫けず、状況を黙って受け入れ、文句を言わないことだ。そして、できることをやり、後はなりゆきにまかせて、変化を待つことだ。
そうすれば、必ずや何かが起こり、いつしか、面白いことばかりになっているだろう。









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