人間として、最も素晴らしい性格は鷹揚であることだ。
鷹揚(おうよう)とは、鷹(たか)が揚がる(上がる)と書かれているように、鷹が悠然と空を飛ぶようなことで、小さなことにこだわらず、ゆったりしている様子だ。
人の欠点を責めることもなければ、自分の欠点を恥じることもない。
何かまずいことが起きても、全く慌てず、「まあ、何とかなるさ」と平気な顔をしている。
人間、何も気にしなければ無敵であるし、大抵、勝手に上手くいくのである。
我々が得るべきスキルとは、まさに、「気にしない」技術である。

では、どうしたら、そんな人間になれるのだろう?
鷹揚でない人間の特徴とは、あせり過ぎることだ。
目標を立てる時、かなりの大目標でも、欲張って、「3年以内」とかに設定したりする。
また、1年以内にTOEICで800点以上取るだの、3ヶ月、いや、できれば1ヶ月で10kg痩せるだの、本当にせせこましい。そんなことでは、大きな心にはなれないだろう。

何になりたいという場合にも、画家や作家のようなものにすら、愚かな人間は、それらになるまでの期間を、1年だとか、数ヶ月だのと本気で考えてしまうのだ。
自分が本当になりたいものなら、10年でも早過ぎるくらいだ。
そりゃ、野球選手や女優とかなら、10年も20年もかけられないだろうが、そんなものは目標にならないのだ。そういったものになるには、才能と運がなければならないからだ。なったからといって偉くも何ともないし、望んでなれるようなものでもない。
作家や画家や、望むような事業家や政治家になるなら、20年、30年かけても良いのではないだろうか?
病気だというなら、治るのに少なくとも10年はかかると諦めることだ。まあ、そうすれば、案外にすぐに治ることがあるが、そんなことを期待してはならない。
私なら、何かになりたいなら、20年、30年は当たり前で、50年、60年でも良いと思っている。
こう言ったら、「いや、私は40歳だ。50年もかかったら死んでしまう」と言うなら、別にそれでもいいじゃないか?
願いが叶わないまま死ぬとしても、「せかせかせずに生きられたから、まあ、いいか」と思えば良い。
死ぬ時になって、よく考えたら、別にそれほどの望みではなかったと分かるかもしれないし(ほとんどの望みはそうだ)、それでも叶えたいなら、来世に持ち越せば良い。
何かで10年苦しんでいるなら、後30年、いや、一生続くかもしれない。
現在ニートで、早く働きたいと思っても、そのまま10年、20年と経ち、気が付いたら老人になっているかもしれない。もっとも、1年365日、早寝早起きをすれば、働くことなどすぐにできるだろうが、それができるかどうかは分からない。

人間の一生なんて、宇宙的な時間どころか、地球の歴史の中ですら一瞬でしかないのだ。
たまたま運が悪く、良いことが何もなかったとしても、どれほどのことでもない。
たとえ、大金持ちになったり、人々の賞賛を受けるようなものになっても、奢れる者は久しからず。いつまでも続くものじゃあないし、そんな者ほど、実際は普通の人よりずっと惨めなことが圧倒的に多いのである。
自分には、思うような人生を構築したり、状況を支配するような力は全く無いと悟ることだ。
しかし、神にできないことはない。全てを神に任せて、起こることを起こるままにまかせ、受容することだ。
そうであるなら、鷹揚な人間になり、安らかな一生を送れるのである。









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