初音ミクの年齢設定は16歳で、これは、開発側が言うには初恋の年齢なのだそうだ。
しかし、「いまどき初恋が16では遅い。普通は、遅くて中学生。小学校低学年でも珍しいことじゃない」という声が聞こえてきそうだ。
私も、少し前まではそう思っていたが、今は全然思わない。
若い人に限らず、人々がやたら色恋ごとに関心があるのは、煽られ、洗脳されているからだ。恋愛を利用した商売は儲かる確率が高いということだ。

2012年6月に亡くなったアメリカの大SF作家レイ・ブラッドベリの短編小説『みずうみ』で、主人公ハロルドと美少女タリーは共に12歳で、この作品には2人の美しい恋愛が描かれており、ハロルドは「確かに恋だった」と言っていたように思う。
しかし、それは、「肉とモラルが意味を持ち始める前の」恋であり、それは愛というに相応しい。
だが、今の時代の人は、愛を知らずに恋をするのだ。
「本当の愛」なんて言葉があるが、それで言うなら、ハロルドとタリーの間にあるものが本当の愛だったのだろう。
2人は、砂浜で一緒に、砂の城を、いくつもいくつも創った。
そして、タリーはいなくなってしまったが、それでも、2人は砂の城を半分ずつ創りあった。
それを愛と言うのだ。

『小さな恋のメロディ』という映画(あるいは小説)で、11歳の少年ダニエルとトムはクラスメイトで親友だった。
だが、ある時、2人の友情に亀裂が入る。
ダニエルがトムを無視するような態度で、美少女メロディと手を繋いで立ち去ったことが原因だ。
トムはクラスメイトと一緒にダニエルをからかい、2人は取っ組み合いの喧嘩をする。
だが、友情が消えていたわけじゃなかった。複雑な社会やモラルの中で、ダニエルとメロディはどう行動すればいいのか戸惑っていただけだった。
一度ぶつかり合えば、男の友情は通じる。
トムは、ダニエルとメロディの結婚式を挙げ、勇敢に世間的モラル(具体的には学校と教師とPTA)と雄々しく戦った。友情のためにね。
恋は友情を裏切るのかもしれないが、愛はそうではない。
ビージーズが歌うこの映画の主題歌『メロディ・フェア』の「メロディ、憶えておいで。君は大人で子供なんだ」というフレーズが印象的だ。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でも、ジョバンニとカムパネルラの間にちょっとした隙間ができる。
ジョバンニが、かおるという名のきれいな女の子を生意気だと思ったのだが、別にかおるに悪いところがある訳ではないことは分かっていたので、ジョバンニがちょっと自己嫌悪に陥っている時に、カンパネルラがかおると仲良くしていたからだった。
別に、この作品の中でかおるを巡る恋の話は全くないのだが、かおるは、読んでいる私が好きになってしまうような少女だった。
そして、南十字星に着いて、かおるが立ち去る時、ジョバンニ達を振り返るところに愛を感じられるのである。

私が、「一番好きな映画は何か?」と聞かれたら、おそらく、『さらば友よ』を挙げるだろう。
アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンが共演した1968年のフランス映画だ。
この映画に、男女の愛はない。ただ欲と同性愛ならある。
その中で、本物の男の友情を見せてくれる映画だった。
一緒にメシを食いに行くことも、家庭の相談に乗ってやることも、下らない雑談をすることもない。憎みあい、騙しあい、殴り合うしかない男同士の高貴な友情である。

我々は、友情や愛について、とんでもなく腐った観念を持たされてしまっているに違いないのだ。
友情や愛は人生の至宝ではないのかね?
それなら、世間の教義や信念の中の偽者の愛や友情を叩き壊し、本当の友情や愛を知るべきではないだろうか?

レイ・ブラッドベリの『みずうみ』は、下にご紹介したブラッドベリの短編集『10月はたそがれの国』および、萩尾望都さんの美しい漫画で描かれたものが『ウは宇宙船のウ』に収録されている。
また、『銀河鉄道の夜』に関しては、個人的にはだが、冨田勲さんの交響曲『イーハトーヴ交響曲』がその世界を最高に美しく描いていると思う。初音ミクの天使のような歌声は何百回聴いても魂を揺さぶられるように感じる。













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