『新世紀エヴァンゲリオン』という、20年近くも人気が衰えないアニメがあるが、監督の庵野秀明(あんのひであき)さんに、「あれってコメディー(喜劇)だろ?」って聞いたら、「分かるか?」と言ってもらえそうな気がする。
純情な少年が、自分を捨てた父親に10年振りかで呼ばれて会いに行ったら、巨大ロボットに乗って怪物と戦えと言われる。
「そんなアホな」と思っても、どこか変なところもあるが本当はまともな人だと思ったミサトさんまで、恐い顔で「乗りなさい」と言う。
当然、少年は拒否したが、自分の代わりに乗せられようとする瀕死の美少女に同情し、「乗ります!」と言ってしまう。彼女は無愛想に睨んでいたのに・・・
ある時、少年は、その美少女を救出し、生きているのを確認して泣いてしまう。美少女が、
「こんな時、どんな顔すればいいのか分からないの」
と言うと、少年は「笑えばいいと思うよ」と言い、少女は初めて微笑む。
従来の日本作品なら、ここで少年は「僕は君のことが・・・」と真顔で言い始めるか、「助けてやったんだから」と湧き起こる邪まな思いと戦うかだが、それではドロドロしてしまう。
それでは、あまりに現実的な人間だ。そして、あの非現実の中でそれをやると、とんだ馬鹿な作品になってしまう。つまり、従来の作品はほとんど、ただのお馬鹿な作品ばかりなのだ。
ドイツの番組プロデューサー(女性)が、「この作品の少年の成長が素晴らしい」と絶賛していたが、「ありゃ、冗談ですぜ、オバさん」と思ってしまう。
このプロデューサーが特に誉めたのは、最終回で少年(シンジ)が、
「僕は自分が嫌いだ。でも、好きになれるかもしれない。僕はここに居ていいのかもしれない・・・僕はここに居ていいんだ!」
と言い、登場人物総出で、「おめでとう!」という場面だろうか?
あれを冗談と思わないなら、自分を疑うべきだろう。
まともな人間は自分が嫌いだし、人間に居場所なんてないものだ。
本当は喜劇なのに、世間の幻想に囚われた者達が、大真面目に扱ってしまうという滑稽さをさらす「名作」がいくつかある。
1つは、泣く子も黙る大傑作の、ダンテの『神曲』だ。
いや、『神曲』なんていかめしくも重厚なタイトルをつけたのは森鴎外という偉いおじさんだ。
彼は、そんな作品だと勘違いしたのだ。
この作品の本当のタイトルは『神聖なる喜劇』という、いかにも人を食ったもので、しかも、ダンテ自身がつけたタイトルは単に『喜劇』だったのだ。
「20世紀最大の詩人」イェイツは、ダンテを「ルネッサンス最大の想像力の持ち主」だと言ったが、単に、「最高の喜劇じゃないか」程度の意味ではないかと思う。
それとも、森鴎外も、この大喜劇に加担したのだろうか?
もしそうなら、彼は日本史上、屈指のユーモアの持ち主だ。
『神曲』は、ダンテが、9歳の時に一目惚れした美少女ベアトリーチェを生涯想い続けた馬鹿を自嘲した喜劇であろうと思う。
ナボコフの『ロリータ』もそうだ。
あれを大真面目に発禁処分にしたり、心理学用語(ロリータコンプレックス)まで造った人を見たら、ナボコフも「ありゃ、喜劇なんですが」と言い難かったのだろうか?
大衆とは馬鹿なものだよ、ナボコフ君と言ってやりたいものである。
昆虫学者ナボコフが、滑稽な虫に擬して描いた少女趣味の中年男ハンバートのお馬鹿な物語を見て、幕が上がった後で、ハンバート役の男に、「やあ、ご苦労さん!愉快だったよ」と言ってやったら、ハンバート役の役者は、「もう結構だよ」と言うだろう。実は、最初にハンバート役を打診されたケーリー・グラントは、最初から「結構だよ」と言って、役を断ったのだ。喜劇役者は大変なのである。
我が国の素晴らしい喜劇に、宮沢賢治の『注文の多い料理店』がある。
あれすら喜劇だと思わない人がいるのは困ったものである。
あの喜劇性を、交響曲と歌で見事に描いてくれたのが冨田勲さんで、これが彼の新作交響曲『イーハトーヴ交響曲』の第3幕『注文の多い料理店』だ。
全く最高の出来だったと思う。創る方は大変だったろうが・・・
初音ミクが登場し、
「あたしは初音ミク、かりそめのボディ、妖しく見えるのはかりそめのボディ」
と歌う。これだけで喜劇性全開である。
宮沢賢治の原作で、こんな可愛い女の子は登場しないはずだが、ミクをよく見ると、ネコの耳を付けている。
ああそうか・・・ミクは素人狩人達を食べる猫の妖怪役だと思う。なんとも可愛い「妖怪ちゃん」だ。
「あたしのおうちは、ミクロより小さく、ミクロミクロミクミクのミクのおうち」
「嗚呼!可愛い」と思いながら、これで冗談と気付かないなら重症と思うが、同時に、
「あなたもこれ以上の喜劇をやってるのよ」
と言っているのかもしれない。
ベートーヴェンは臨終の時、
「喜劇は終った。諸君、拍手を!」
と言った(らしい)。
上に挙げた作品を、世間的な読み方(見方)ではなく、まともに読んで(見て)、自分の滑稽さに気付くことだ。
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純情な少年が、自分を捨てた父親に10年振りかで呼ばれて会いに行ったら、巨大ロボットに乗って怪物と戦えと言われる。
「そんなアホな」と思っても、どこか変なところもあるが本当はまともな人だと思ったミサトさんまで、恐い顔で「乗りなさい」と言う。
当然、少年は拒否したが、自分の代わりに乗せられようとする瀕死の美少女に同情し、「乗ります!」と言ってしまう。彼女は無愛想に睨んでいたのに・・・
ある時、少年は、その美少女を救出し、生きているのを確認して泣いてしまう。美少女が、
「こんな時、どんな顔すればいいのか分からないの」
と言うと、少年は「笑えばいいと思うよ」と言い、少女は初めて微笑む。
従来の日本作品なら、ここで少年は「僕は君のことが・・・」と真顔で言い始めるか、「助けてやったんだから」と湧き起こる邪まな思いと戦うかだが、それではドロドロしてしまう。
それでは、あまりに現実的な人間だ。そして、あの非現実の中でそれをやると、とんだ馬鹿な作品になってしまう。つまり、従来の作品はほとんど、ただのお馬鹿な作品ばかりなのだ。
ドイツの番組プロデューサー(女性)が、「この作品の少年の成長が素晴らしい」と絶賛していたが、「ありゃ、冗談ですぜ、オバさん」と思ってしまう。
このプロデューサーが特に誉めたのは、最終回で少年(シンジ)が、
「僕は自分が嫌いだ。でも、好きになれるかもしれない。僕はここに居ていいのかもしれない・・・僕はここに居ていいんだ!」
と言い、登場人物総出で、「おめでとう!」という場面だろうか?
あれを冗談と思わないなら、自分を疑うべきだろう。
まともな人間は自分が嫌いだし、人間に居場所なんてないものだ。
本当は喜劇なのに、世間の幻想に囚われた者達が、大真面目に扱ってしまうという滑稽さをさらす「名作」がいくつかある。
1つは、泣く子も黙る大傑作の、ダンテの『神曲』だ。
いや、『神曲』なんていかめしくも重厚なタイトルをつけたのは森鴎外という偉いおじさんだ。
彼は、そんな作品だと勘違いしたのだ。
この作品の本当のタイトルは『神聖なる喜劇』という、いかにも人を食ったもので、しかも、ダンテ自身がつけたタイトルは単に『喜劇』だったのだ。
「20世紀最大の詩人」イェイツは、ダンテを「ルネッサンス最大の想像力の持ち主」だと言ったが、単に、「最高の喜劇じゃないか」程度の意味ではないかと思う。
それとも、森鴎外も、この大喜劇に加担したのだろうか?
もしそうなら、彼は日本史上、屈指のユーモアの持ち主だ。
『神曲』は、ダンテが、9歳の時に一目惚れした美少女ベアトリーチェを生涯想い続けた馬鹿を自嘲した喜劇であろうと思う。
ナボコフの『ロリータ』もそうだ。
あれを大真面目に発禁処分にしたり、心理学用語(ロリータコンプレックス)まで造った人を見たら、ナボコフも「ありゃ、喜劇なんですが」と言い難かったのだろうか?
大衆とは馬鹿なものだよ、ナボコフ君と言ってやりたいものである。
昆虫学者ナボコフが、滑稽な虫に擬して描いた少女趣味の中年男ハンバートのお馬鹿な物語を見て、幕が上がった後で、ハンバート役の男に、「やあ、ご苦労さん!愉快だったよ」と言ってやったら、ハンバート役の役者は、「もう結構だよ」と言うだろう。実は、最初にハンバート役を打診されたケーリー・グラントは、最初から「結構だよ」と言って、役を断ったのだ。喜劇役者は大変なのである。
我が国の素晴らしい喜劇に、宮沢賢治の『注文の多い料理店』がある。
あれすら喜劇だと思わない人がいるのは困ったものである。
あの喜劇性を、交響曲と歌で見事に描いてくれたのが冨田勲さんで、これが彼の新作交響曲『イーハトーヴ交響曲』の第3幕『注文の多い料理店』だ。
全く最高の出来だったと思う。創る方は大変だったろうが・・・
初音ミクが登場し、
「あたしは初音ミク、かりそめのボディ、妖しく見えるのはかりそめのボディ」
と歌う。これだけで喜劇性全開である。
宮沢賢治の原作で、こんな可愛い女の子は登場しないはずだが、ミクをよく見ると、ネコの耳を付けている。
ああそうか・・・ミクは素人狩人達を食べる猫の妖怪役だと思う。なんとも可愛い「妖怪ちゃん」だ。
「あたしのおうちは、ミクロより小さく、ミクロミクロミクミクのミクのおうち」
「嗚呼!可愛い」と思いながら、これで冗談と気付かないなら重症と思うが、同時に、
「あなたもこれ以上の喜劇をやってるのよ」
と言っているのかもしれない。
ベートーヴェンは臨終の時、
「喜劇は終った。諸君、拍手を!」
と言った(らしい)。
上に挙げた作品を、世間的な読み方(見方)ではなく、まともに読んで(見て)、自分の滑稽さに気付くことだ。
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何かすごく私に似たタイプの方だなと、文章を読んで共感しておりました。
別に普通の人間なんですが、超越性をすごく大事にするタイプですよね。
(勝手な決めつけすみません)
ではではどうぞお身体に気を付けて。
貴方様に幸がありますように。
変な書き込みすみません。