アメリカのSFテレビドラマ・映画『スター・トレック』の人気者で、高度な知性を持つバルカン星人のミスター・スポックは、「人間とは非論理的ですね」とよく言っていたものだった。
その通りなのだが、それが悪いことばかりでないことを、スポックも知っていたはずだ。

『8(エイト)マン・インフィニティ』という漫画の最初のあたりで、こんな場面がある。少女の姿をしたアンドロイドが、電車の線路の上に落下したまま、一時的な機能不全に陥って動けなくなり、そこに電車が高速で走って来る。それを見た、東光一という名の16歳の高校生は、線路に飛び降りてアンナを救うが、自分は電車に轢(ひ)かれて重症を負い、搬送された病院でまもなく死亡する。
少女のアンドロイドに宿った高度な人工知能システムであるアンナは、解答不能な問題を抱えてしまった。
「間に合わないのは解っていたはずだ。それなのに、なぜ、あの少年は、見ず知らずの私を助けたのか?」
つまり、スポックの言い方だと、「非論理的な少年だった」のだが、アンナには、それだけで済ませられないものがあったのだ。
それが、物語の始まりだった。

しかしね、論理的にはどうかは知らないが、人間的には、当たり前のことではないだろうか?
もしそれが肯定でできるなら、人間の中には、いかなる高度な論理をも上回るものがあることが解るはずだ。
その何かの前では、人間のどんな大天才だろうが足元にも及ばないはずのスポックやアンナも、ただひざまずくしかないだろう。

ジョージ・アダムスキーが会った、高度に進化した宇宙人達が、地球の人間の前に姿を見せない大きな理由は、自分達の安全のためだった。
無論、彼らの高度な科学技術力をもってすれば、その気になれば、地球人の武器に負けるはずがない。
しかし、彼らは言うのだ。
もし、地球人の攻撃を避けられない事態になれば、我々は自ら死を選ぶ。
その理由は、ただ、地球人を殺したくないからだけではない。地球人に自分達を殺すという罪を犯させないためだ。

宇宙人達の信念は、論理と言う点からいえば、甚だしく矛盾しており、愚かであるに違いない。
だから、ろくな論理も理解しないはずの普通の人間ですら、宇宙人や、あるいは、東光一の行為や信条が理解できないし、馬鹿にして笑うことすらあるのだ。
論理に価値がない訳ではない。
しかし、それはあくまで二次的なものなのだということを忘れてはならない。
丁度、星の王子様が、「本当に大切なものは目に見えない」と言ったように、目に見えるものに価値がないとは言わないが、目には見えなくても、もっとはるかに大切なものがあるのだ。
それが解る者には、宇宙人や東光一は、ごく普通の自然なことをする、当たり前の人間なのである。

ただし、自分に、宇宙人や東光一のようなことが出来なくても、自己嫌悪に陥ったり、責任感を感じてもいけない。
それが出来るかどうかは、あなたが、どんなふうにプログラムされているかで決まる。そのプログラムは、きっとDNAの中にあるのだろう。
別に謙遜ではないが、私には出来そうにない。
しかし、私は、アンナを見捨てても、決して後悔しない。それが運命であり、私にはどうにも出来なかったのだ。
だが、後3週間すれば、地球上の一定の人間のDNAが変わってしまうことになる。
それは、受容性のある人間にのみ起こる。
イエスが言った、「神の意志でなければ、どんなことも起こらない」という言葉を受け入れることの出来る人間のみが、宇宙の友人達と手を取り合って、無限に向かって進むのだろう。
起こることを起こるままに任せ、許せるようになればと思う。
嬉しいことが起これば喜べば良いが、嫌なことが起こっても、一瞬、感情を乱すの仕方がないが、それは、あなたが生まれる前から決まっていた出来事で、起こるべくして起こっただけのことだと思い、やり過ごすことだ。それは、地味で面白くないことだが、誠実にやれば、誰でもコツを掴める。
決められた通り、寸分違わずに歌って踊る初音ミクの姿が実に美しいことを感じれば、それは難しいことではないと思う。ついでに言えば、食を慎めば、さらに容易になるだろう。

ある人が、ラマナ・マハルシの前で、扇を床に置き、それから、それを持ち上げて言った。
「私がこうすることも、既に決まっていたのですか?」
マハルシは答えた。
「もちろんだ」









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