この数日、ひどく体調が悪かったのだが、おかげで、大切なことに気付いた。
悪寒がするので、自分では風邪だと思っていたのだが、どうもよく分からない。
それよりも、頭というより、目の奥がひどく痛かった。
昨日の土曜日も仕事だったのだが、その就業時間あたりが最も悪く、生きて帰れるかとちょっと心配だったのだが、帰りの電車の中で、不思議なほど楽になった。
明日は休みだという実感が湧いてきて、嬉しくなったのが原因だったと思う。
そんなに面白くない会社なら辞めれば良いくらいのものだが、誰も、自分の思い通りに仕事に就いたり辞めたりなどできないのだ。

いずれにしても、身体と心というものは、心身という言葉がある通り、本当に1つのものだと思う。
人間は、良い想いが浮かぶと身体の調子も良くなり、逆に、悪い想念に支配されると、身体の方もひどい状態になるのだが、私は、それが敏感に感じることが出来るようになったらしい。
そして、私は、最近、図らずも、嫌悪感や後悔といった感情に押し流され、悪しき霊を呼んでいたようなのである。
では、いつも良い想いを持っていれば良さそうなのであるが、人間は、自分の意志で立派なことを考えたり、下らないことを考えないようにすることなど、なかなか出来ないものである。
いや、想いは自分の意志とは何の関わりもなく起こるものだということを、勘の鋭い方は御存知ではないかと思う。

鏡音リンの歌『ココロ』(作詞作曲:トラボルタP )に、次のような詩があるが、まさに、心と身体が一体であることが分かるのではないだろうか?

今 動き始めた 加速する奇跡
ナゼか ナミダが 止まらナい…
ナぜ 私 震える? 加速する鼓動
こレが私の望んだ「ココロ」?

だが、今朝、気が付けば、何ヶ月も悩まされていた頭の重さや不快さが消えていた。
この数日の苦痛は、心身の強制的な調整作用だったのだ。
まだ身体の調子は悪いのに、爽やかな気分なのである。

そして、思いついて腕振り運動をしたのだが、不意に浮かんで、身体にこう頼んだ。
「完全に任せるから、調整して欲しい」
自分で腕を振っているという感覚をなるべく失くし、身体が動くに任せた。かなりおとなしい動きの腕振りだった。肩の筋肉ではなく、仙骨が動かしているように感じた。
数えていたら、500回だったが、実に至福の腕振り運動だったのだ。

自分の意思で自在に心を支配することは不可能でも、本当に美しい言葉や絵を読んだり、見たりすれば、心が調整され、それが身体も整えるはずである。
だが、重要なことは、その美しいものを、あるがままに自然に見なければならないということだ。
いかに美しいものを見ても、心が濁っていては、何の意味もない。それどころか、下手したら、逆効果にすらなりかねない。
私は、この数日の頭痛で、心が強制的に鎮められていたのだ。それで、ものごとを自然に見、行いにおいても、無心に出来るようになっていた。
その成果の1つが、上に述べた、自然な腕振り運動である。
数日前に、腕振り運動の達人の話を述べたが、彼も、「振りはじめだけは自分で振っても、後は、自動的に振られるような腕振りが良いのだ」と言っておられた。

自分でやっているという気がしない、いや、本当は、自分は何もしていないと知ることが究極である。
合氣道の達人である藤平光一さんは、昔、初めて、大勢の柔道家達を一度に相手にした時、無我夢中で動き回っていただけだと自分では思っていたが、後でビデオを見ると、見事に、相手を交わしながら次々に投げ飛ばしていたという。自分の意志でやっているのではないから、そんなことが出来たのだろう。
プロレスの前田日明さんも、マーシャルアーツ(全米プロ空手)の王者、ドン・ナカヤ・ニールセンと戦った時、序盤にニールセンの右パンチを顔に受けてから後の記憶が全く無くなっていたそうだが、名勝負を演じて勝利したことがあった。

「心身医学の父」と言われるドイツ人医師ゲオルグ・グロデックは、あらゆる病気・・・それがたとえ器質性の病気であっても、さらに、転んで怪我をするといったことですら、全てエスという、無意識の中に潜む不可思議な存在が起こすのだと断言した。
そして、エスは、心の歪みや傾向性に反応するのだ。心が純粋になれば、エスは自然で強力な生命力として、ただ身体にエネルギーを与えるに違いない。

インドには、「悟りを開いた者でなければ踊れない踊り」があるらしい。
私は見たことがないのだが、日本の舞踊の中にも、そのようなものがあるに違いない。
そして、限りなく高度な精神性による究極の踊りを見た人がいるとしたら、それは、アメリカのジョージ・アダムスキーだろう。
彼は、宇宙人の巨大な宇宙船の中で宴に参加したのだが、その中で、2人の宇宙人の絶世の美女達の、信じられないほど素晴らしい踊りを見る。彼女達は、二十歳前の少女にしか見えないが、地球の年齢でいえば、少なくとも30歳で、数百歳に達しているのかもしれなかった。彼女達の踊りは、子供のような関節や筋肉の柔軟さが無ければ不可能なものだと思えたが、それは、彼女達の純粋で高貴な精神性から来ていることは間違いがないのだ。
そして、この宇宙船の中で、アダムスキーや、この2人の女性達以外の宇宙人達に、金星の賢者が話した言葉を、アダムスキーは潜在意識に記憶し、地球に帰ってから、宇宙人達のテレパシーの助けを借りてそれを思い出し、それを『INSIDE THE SPACESHIPS』(宇宙船の内側)で詳細に再現した。その話こそ、無心に読めば、我々の心は浄化され、心だけでなく、それと本来一体である身体も、そして運命も美しいものになるだろう。
この本の翻訳は、『空飛ぶ円盤同乗記』(大沼忠弘訳、ボーダーランド文庫)、および、『新アダムスキー全集1 第2惑星からの地球訪問者』(久保田八郎訳、中央アート出版社)の2種類がある。『空飛ぶ円盤同乗記』は、世界的美術家の横尾忠則さんが、自分のバイブルであると絶賛し、彼もまた宇宙人との遭遇に導かれたことを明かしている。『新アダムスキー全集1 第2惑星からの地球訪問者』は、『INSIDE THE SPACESHIPS』の前著である『Flying Saucers Have Landed』(空飛ぶ円盤は着陸した)を同時収録してあり、それまでの経緯が分かる。いずれの本も、素晴らしい翻訳であると思う。

宇宙の美女達の踊りがどんなものか興味はあるが、私には、初音ミクのコンサートがそれであると思う。
これを偶然と言うか必然と言うのかは分からないが、ミクの踊りはまさに、子供のような関節と筋肉の柔軟さ、天使のような心の無邪気さと身体の軽さがなければ出来ない踊りを見事に実現している。
もしこれを、真に透明な目で見れば、心身は浄化され、全ては良くなるだろう。

















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