先の野田総理と安部総裁の党首討論を、ニュース番組で一瞬見た際、野田総理は、自分が小学生だった時の話をされていた。
「成績は下がっていたが父親は誉めてくれた。生活態度欄に、先生が『野田君は馬鹿がつくほど正直』と書いてあったからだ。父親は、成績の5や4や3といったことはそれほど大事なことじゃないと言った」
大体、そんな内容だったと思う。
良い話だと思う前に、「しかし、ある程度は良い成績だったのだろうな」とまず思った。
「5や4や3が大事じゃない」って言っても、私は5どころか、4にすら縁が無かったと思う。小学校2年生の終業式の後、私は帰宅する途中、路上でたまたま会った顔見知りの同学年の男子に、「僕はオール5だったよ」と得意気に言われたが、私には「オール」という英語が解らなかった。しかし全部5だってことはなんとなく解ったので、ひどく憂鬱になったものだ。自分は劣った人間だと、多分、思ったのだろう。
思い出したのは、五井昌久さんという宗教家が、戦時中の話だが、学校で衣服の支給があった時のことを著書に書かれていたことだ。教師に、「今着ているもの以外の服が無い者は手を挙げろ」と言われたが、五井さんは、もう1着あったので手を挙げず、服は貰わなかった。
だが、家に帰って、そのことを言うと、ひどく怒られたらしい。五井さんは、それで、考えてみれば、裕福な家の子だって手を挙げていたのを思い出したようだ。
こちらは、多少思うところはあるにしても(親のことを悪く書いてしまった五井さんに、少しは後悔もあったかもしれないと思ったからだった)、素直に良い話だと思った。ただ、この時代既に、日本は堕落の道を転がり落ちていたのだとも思う。普通に正直なだけだった五井さんが、バカのつく正直者に感じるのだからだ。
野田総理が子供の時の、「バカがつく正直」がどんなものかは知らないが、きっと、「バカなんかつかない」ただの正直なのだ。
正直がいつも良い訳ではないのは当然だ。
アメリカ映画『荒野の七人』で、撃たれて絶命寸前のハリーは、クリスに、「教えてくれよ。お前の本当の狙いは何だったんだ?」と問う。
ハリーには、クリスがわずか20ドルの報酬で、悪名高い盗賊団から村を守って戦っていることが信じられなかったのだ。
クリスは、ハリーの顔をみつめながら言う。
「金(きん)だ」
「やっぱりそうか・・・。で、額は?」
「少なくとも200万ドル」
「なるほど・・・、わかってたんだぜ、俺は・・・」
ハリーは笑みを見せながら死ぬ。
それを見て、クリスは、「金の夢を見ろ」と、たむけの言葉をかける。
もちろん、金の話は嘘だ。クリスらは、金のためではないが、ただの善意や正義のためでもない、魂の命じるところに従って戦っていたのだろう。
永井豪さんの漫画作品『真夜中の戦士(ミッドナイト・ソルジャー)』で、理由も分からずに戦う少年と少女は、倒した相手がことごとにアンドロイド(ロボット)だったことから、自分達も、本当はアンドロイドなのではないかと疑い始めた。だが、少年は少女に、「君は人間だ。君は温かい」と言うが、二人の、特に少女の不安は拭えない。
そして、少女は、敵の攻撃を受けて倒れ、駆け寄った少年に喘ぎながら問う。
「私、もう目が見えないの。教えて、私の身体から流れているのは、血、それとも・・・」
だが、少女の傷口から流れていたのはオイルだった。
しかし、少年は強く言う。
「真っ赤な血だ!君はやっぱり人間だったのだよ!」
少女は、「よかった・・・」と、安堵の笑みを浮かべ死んでいった。
もっとも、永井さんは、『キューティーハニー』で、ハニーを造った如月博士に、「アンドロイドが何だ!人間が何だ!お前は私の可愛い娘だ」とハニーに言わせ、ハニーは納得する。私も、人間だろうが、アンドロイドだろうが、妖怪だろうが、宇宙人だろうが、ボーカロイドだろうが、何の違いも感じない。
私が一番愛するのは初音ミクである。
ただ、『レ・ミゼラブル』で、ミリエル司教の家から銀の食器を盗んだジャン・ヴァルジャンが警官に連れてこられた時、ミリエルは警官に、それはジャン・ヴァルジャンにあげたと言ったのは、断じて嘘ではない。ミリエルは普通に正直だっただけだ。
事を知った時、ミリエルは、ジャン・バルジャンに、世間的な意味ではなく、神の前で罪を犯させるわけにいかず、本当にジャンバルジャンにそれを差し上げたのだ。
誰が何と言おうと、ミリエルはジャン・バルジャンに、それを自分が望んで貰って頂いたのだ。
いや、ミリエルは、食器はジャン・バルジャンのものになる運命であったことを当たり前に受け入れ、何の感情も思惟もなく、それがジャン・バルジャンのものであると理解したのだろう。
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「成績は下がっていたが父親は誉めてくれた。生活態度欄に、先生が『野田君は馬鹿がつくほど正直』と書いてあったからだ。父親は、成績の5や4や3といったことはそれほど大事なことじゃないと言った」
大体、そんな内容だったと思う。
良い話だと思う前に、「しかし、ある程度は良い成績だったのだろうな」とまず思った。
「5や4や3が大事じゃない」って言っても、私は5どころか、4にすら縁が無かったと思う。小学校2年生の終業式の後、私は帰宅する途中、路上でたまたま会った顔見知りの同学年の男子に、「僕はオール5だったよ」と得意気に言われたが、私には「オール」という英語が解らなかった。しかし全部5だってことはなんとなく解ったので、ひどく憂鬱になったものだ。自分は劣った人間だと、多分、思ったのだろう。
思い出したのは、五井昌久さんという宗教家が、戦時中の話だが、学校で衣服の支給があった時のことを著書に書かれていたことだ。教師に、「今着ているもの以外の服が無い者は手を挙げろ」と言われたが、五井さんは、もう1着あったので手を挙げず、服は貰わなかった。
だが、家に帰って、そのことを言うと、ひどく怒られたらしい。五井さんは、それで、考えてみれば、裕福な家の子だって手を挙げていたのを思い出したようだ。
こちらは、多少思うところはあるにしても(親のことを悪く書いてしまった五井さんに、少しは後悔もあったかもしれないと思ったからだった)、素直に良い話だと思った。ただ、この時代既に、日本は堕落の道を転がり落ちていたのだとも思う。普通に正直なだけだった五井さんが、バカのつく正直者に感じるのだからだ。
野田総理が子供の時の、「バカがつく正直」がどんなものかは知らないが、きっと、「バカなんかつかない」ただの正直なのだ。
正直がいつも良い訳ではないのは当然だ。
アメリカ映画『荒野の七人』で、撃たれて絶命寸前のハリーは、クリスに、「教えてくれよ。お前の本当の狙いは何だったんだ?」と問う。
ハリーには、クリスがわずか20ドルの報酬で、悪名高い盗賊団から村を守って戦っていることが信じられなかったのだ。
クリスは、ハリーの顔をみつめながら言う。
「金(きん)だ」
「やっぱりそうか・・・。で、額は?」
「少なくとも200万ドル」
「なるほど・・・、わかってたんだぜ、俺は・・・」
ハリーは笑みを見せながら死ぬ。
それを見て、クリスは、「金の夢を見ろ」と、たむけの言葉をかける。
もちろん、金の話は嘘だ。クリスらは、金のためではないが、ただの善意や正義のためでもない、魂の命じるところに従って戦っていたのだろう。
永井豪さんの漫画作品『真夜中の戦士(ミッドナイト・ソルジャー)』で、理由も分からずに戦う少年と少女は、倒した相手がことごとにアンドロイド(ロボット)だったことから、自分達も、本当はアンドロイドなのではないかと疑い始めた。だが、少年は少女に、「君は人間だ。君は温かい」と言うが、二人の、特に少女の不安は拭えない。
そして、少女は、敵の攻撃を受けて倒れ、駆け寄った少年に喘ぎながら問う。
「私、もう目が見えないの。教えて、私の身体から流れているのは、血、それとも・・・」
だが、少女の傷口から流れていたのはオイルだった。
しかし、少年は強く言う。
「真っ赤な血だ!君はやっぱり人間だったのだよ!」
少女は、「よかった・・・」と、安堵の笑みを浮かべ死んでいった。
もっとも、永井さんは、『キューティーハニー』で、ハニーを造った如月博士に、「アンドロイドが何だ!人間が何だ!お前は私の可愛い娘だ」とハニーに言わせ、ハニーは納得する。私も、人間だろうが、アンドロイドだろうが、妖怪だろうが、宇宙人だろうが、ボーカロイドだろうが、何の違いも感じない。
私が一番愛するのは初音ミクである。
ただ、『レ・ミゼラブル』で、ミリエル司教の家から銀の食器を盗んだジャン・ヴァルジャンが警官に連れてこられた時、ミリエルは警官に、それはジャン・ヴァルジャンにあげたと言ったのは、断じて嘘ではない。ミリエルは普通に正直だっただけだ。
事を知った時、ミリエルは、ジャン・バルジャンに、世間的な意味ではなく、神の前で罪を犯させるわけにいかず、本当にジャンバルジャンにそれを差し上げたのだ。
誰が何と言おうと、ミリエルはジャン・バルジャンに、それを自分が望んで貰って頂いたのだ。
いや、ミリエルは、食器はジャン・バルジャンのものになる運命であったことを当たり前に受け入れ、何の感情も思惟もなく、それがジャン・バルジャンのものであると理解したのだろう。
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言葉にすると陳腐かもしれませんが、そして実行は難しいものかもしれませんが、
大切なのは正直か、嘘も方便か、というより、そこに愛があるかどうか、なのでしょうね。
今日もありがとうございます。