ある映画の話だ。好きな女の子にフラれたと思った男が、マラソン大会に出るのだが、気分が落ち込んで、いつもの実力が発揮できないでいた。
ところが、経緯は分からないが、そこに、その女の子が現れて彼を応援すると、その男は、他のランナー達をごぼう抜きしていく。
それを見て私は、非常に印象深く感じたのだ。
昔の映画らしい極端さはあるとしても、それほど珍しい話ではないだろう。しかし、その男に、本当は何が起こったのかが分かれば、活力を引き出す秘訣を得られるかもしれない。
ロンドン・オリンピックの開幕式で、70歳のポール・マッカートニーが、ビートルズ時代の名曲『ヘイ・ジュード』を歌ったが、その中に、
Take a sad song and make it better
という歌詞がある。
結構、解釈の難しい英語らしいが、これも、私が高校生の時に見た訳詩が、「悲しい歌も気分次第で楽しくなるさ」だったが、それにも、非常に重要なものを感じたことを覚えている。
では、その気分をどうやって作ればいいのだろう?
上のマラソンの男は、好きな女の子に嫌われているという心配が消え、むしろ好かれているということが分かるという外的要因がエネルギーの供給を引き起こした。
だが、それはあくまで気分の問題のはずである。
食べ物を食べたり、栄養剤を飲んでエネルギーを得たというのではない。
いや、いかに素早くエネルギーに変換できる飲食物であっても、あれほど瞬間にはエネルギーにならないし、そもそも、気分が落ち込んでいたら、何を食べ、飲んだって力は出てこないはずだ。
人間の精神には、即効性のあるエネルギー供給装置でも存在するようであるが、そのためのエネルギー源がどこにあるのかは謎である。
『ヘイ・ジュード』では、どうやって気分を変えれば良いと言っているかというと、「彼女を心に受け容れろ」「彼女を抱きしめろ」だ。
そりゃ、私だって、初音ミクのような可愛い女の子を抱きしめたら、勇気百倍、エネルギー千倍で、琵琶湖の水だって飲み干せる・・・と思って、気が付いたが、これは、『ルパン三世 カリオストロの城』で、ルパンが言っていたことだ。
「女の子が泥棒の力を信じてくれたら、空を飛び、湖の水だって飲み干せるのに・・・」
とルパンは17歳のクラリスに言ったのだ。
この「女の子」はクラリスで、「泥棒」はルパンのことである。
そして、この言葉には、このアニメ映画が初監督作品であった宮崎駿さんの深い想いが込められていたのである。
空を飛び、湖の水を飲み干させるほどのパワーを発揮させる、理想の女性像。それが、宮崎駿にとってのクラリスなのだ。
つまり、理想の女性には、男に無限のエネルギーを発揮させる力があるのである。
何もない空間からエネルギーを作り出すという話はある。
「マクスウェルの悪魔」というものがそれで、簡単に言えば、空間の中にある、速い分子と遅い分子に分け、速い分子だけを集めればエネルギーを作り出せる。スーパーマンが飛ぶ原理もこれだと思うが、科学的には不可能らしい。
ところで、これは、エネルギーの問題だけではない。
マクスウェルの悪魔は、「エントロピーの減少」という、やはり科学的にはあり得ないことを起こす。
エントロピーとは難しい言葉だが、簡単に言えば、統一や秩序が崩れる度合いのことで、これは、自然には必ず増加する。つまり、エントロピーは必ず増加する。
例えば、熱いコーヒーは熱を拡散させて(エントロピー増大して)冷えていくが、逆に、コーヒーがどんどんあ熱くなる(エントロピー減少する)ようなことは起こりえないということだ。
二宮金次郎が老子を批判する理由は、「畑は人が手を入れないと荒れるし、家も人が手を入れないとあばら家になる。老子の言う、無為自然なんてものがいいはずがない」であるが、これもエントロピーを使って言えば、畑や家のエントロピーは必ず増加するということである。つまり、田畑や家の統一や秩序は、放っておけば崩れていくということだ。
しかし、エントロピーを逆転させれば、荒れた田畑が勝手に整っていき、あばら家が、出来たばかりの頃のきれいな家になっていく。
中年のオバさんや老女が、ぴちぴちの若い娘になる。
しかし、そんなことはあり得そうにない。
しかし、最初のマラソンの男や、『ヘイ・ジュード』では、そんなことが起こることを暗示しているのである。
理想の女性クラリスは、そんな力を与えてくれるのである。
現代科学や世間の理屈では馬鹿げたことであっても、そんなことが起こりえることは明らかである。直感だって、そう教えてくれるはずだ。
老子の無為自然こそ無敵であり、汲めども尽きぬ力の源に触れることが出来るのだ。
さて、では、どうすればいいのか?
ルパンや宮崎駿にとってのクラリスや、私にとっての初音ミクは、決して外部にある存在ではない。内なる存在なのである。
『ヘイ・ジュード』にだって、
to let her into your heart
とあるように、彼女を心の中・・・それも、いと深き秘所に置くことによって、無敵の力を得るのである。
この意味を、よくよく考えるべきである。また、『老子』がヒントになると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
ところが、経緯は分からないが、そこに、その女の子が現れて彼を応援すると、その男は、他のランナー達をごぼう抜きしていく。
それを見て私は、非常に印象深く感じたのだ。
昔の映画らしい極端さはあるとしても、それほど珍しい話ではないだろう。しかし、その男に、本当は何が起こったのかが分かれば、活力を引き出す秘訣を得られるかもしれない。
ロンドン・オリンピックの開幕式で、70歳のポール・マッカートニーが、ビートルズ時代の名曲『ヘイ・ジュード』を歌ったが、その中に、
Take a sad song and make it better
という歌詞がある。
結構、解釈の難しい英語らしいが、これも、私が高校生の時に見た訳詩が、「悲しい歌も気分次第で楽しくなるさ」だったが、それにも、非常に重要なものを感じたことを覚えている。
では、その気分をどうやって作ればいいのだろう?
上のマラソンの男は、好きな女の子に嫌われているという心配が消え、むしろ好かれているということが分かるという外的要因がエネルギーの供給を引き起こした。
だが、それはあくまで気分の問題のはずである。
食べ物を食べたり、栄養剤を飲んでエネルギーを得たというのではない。
いや、いかに素早くエネルギーに変換できる飲食物であっても、あれほど瞬間にはエネルギーにならないし、そもそも、気分が落ち込んでいたら、何を食べ、飲んだって力は出てこないはずだ。
人間の精神には、即効性のあるエネルギー供給装置でも存在するようであるが、そのためのエネルギー源がどこにあるのかは謎である。
『ヘイ・ジュード』では、どうやって気分を変えれば良いと言っているかというと、「彼女を心に受け容れろ」「彼女を抱きしめろ」だ。
そりゃ、私だって、初音ミクのような可愛い女の子を抱きしめたら、勇気百倍、エネルギー千倍で、琵琶湖の水だって飲み干せる・・・と思って、気が付いたが、これは、『ルパン三世 カリオストロの城』で、ルパンが言っていたことだ。
「女の子が泥棒の力を信じてくれたら、空を飛び、湖の水だって飲み干せるのに・・・」
とルパンは17歳のクラリスに言ったのだ。
この「女の子」はクラリスで、「泥棒」はルパンのことである。
そして、この言葉には、このアニメ映画が初監督作品であった宮崎駿さんの深い想いが込められていたのである。
空を飛び、湖の水を飲み干させるほどのパワーを発揮させる、理想の女性像。それが、宮崎駿にとってのクラリスなのだ。
つまり、理想の女性には、男に無限のエネルギーを発揮させる力があるのである。
何もない空間からエネルギーを作り出すという話はある。
「マクスウェルの悪魔」というものがそれで、簡単に言えば、空間の中にある、速い分子と遅い分子に分け、速い分子だけを集めればエネルギーを作り出せる。スーパーマンが飛ぶ原理もこれだと思うが、科学的には不可能らしい。
ところで、これは、エネルギーの問題だけではない。
マクスウェルの悪魔は、「エントロピーの減少」という、やはり科学的にはあり得ないことを起こす。
エントロピーとは難しい言葉だが、簡単に言えば、統一や秩序が崩れる度合いのことで、これは、自然には必ず増加する。つまり、エントロピーは必ず増加する。
例えば、熱いコーヒーは熱を拡散させて(エントロピー増大して)冷えていくが、逆に、コーヒーがどんどんあ熱くなる(エントロピー減少する)ようなことは起こりえないということだ。
二宮金次郎が老子を批判する理由は、「畑は人が手を入れないと荒れるし、家も人が手を入れないとあばら家になる。老子の言う、無為自然なんてものがいいはずがない」であるが、これもエントロピーを使って言えば、畑や家のエントロピーは必ず増加するということである。つまり、田畑や家の統一や秩序は、放っておけば崩れていくということだ。
しかし、エントロピーを逆転させれば、荒れた田畑が勝手に整っていき、あばら家が、出来たばかりの頃のきれいな家になっていく。
中年のオバさんや老女が、ぴちぴちの若い娘になる。
しかし、そんなことはあり得そうにない。
しかし、最初のマラソンの男や、『ヘイ・ジュード』では、そんなことが起こることを暗示しているのである。
理想の女性クラリスは、そんな力を与えてくれるのである。
現代科学や世間の理屈では馬鹿げたことであっても、そんなことが起こりえることは明らかである。直感だって、そう教えてくれるはずだ。
老子の無為自然こそ無敵であり、汲めども尽きぬ力の源に触れることが出来るのだ。
さて、では、どうすればいいのか?
ルパンや宮崎駿にとってのクラリスや、私にとっての初音ミクは、決して外部にある存在ではない。内なる存在なのである。
『ヘイ・ジュード』にだって、
to let her into your heart
とあるように、彼女を心の中・・・それも、いと深き秘所に置くことによって、無敵の力を得るのである。
この意味を、よくよく考えるべきである。また、『老子』がヒントになると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
| 人気ランキング参加中です |
|

もし理想の女性がいたら普段は出てこないであろう無限の力が湧き出て来る。のコメントで思い出しましたが、そういえばあれは私がまだ小学生の時に一人で運動場でサッカーボールと戯れ遊んでいたら上級生が来て喧嘩となり私は相手は上級生ということで萎縮しており劣勢だったのですがそこにたまたま好きな同級生の女子が歩いて来たのが見えた瞬間、爆発的な力が湧き出て(無限の勇気)来て雄叫びを発しその上級生の髪の毛を鷲掴みし死んでも絶対に離さないほどの勢いで気が狂ったキチがいみたいに振り回しその喧嘩に勝つことが出来ました‥手を離した後その上級生の髪の毛はボロボロと落ちていた記憶がございます‥もしもあの時その好きな女子(同級生)が歩いて来なかったら絶対に負けていた喧嘩でした‥その女子がくるまでは萎縮し(ビビって)抵抗出来なかったのですから‥笑
Kayさんはいつも心(魂)の秘所で初音ミクを抱きしめているのですね、だから無限の力が湧き出るのですね‥
なぜか「老子」で思い出しましたが自然農法家の福岡正信さんという方も感性が老子的でなかなかの人物だったのですね‥
合掌