電車の中で化粧する女性が好意的に語られることはまず無いと言ってよい。
しかし、これは、さしたる迷惑にもならないことから、マナー知らずというより、羞恥心の無さを晒しているのだと言える。
ところで、彼女達も、そんな恥ずかしい評判を聞いたこともあるのではないかと思うのだが、皆、堂々とやっているように思える。
これはおそらく、自分にとってどうでもいい人達には、何と思われてもデメリットは無いのだから問題は無いという、彼女達のポリシーなのだろう。
また、最近では、若い女性にも、電車の中で食べ物を食べる人が増えてきたように思うが、これも全く恥らう様子もなく、バリバリとパンなどの袋を空け、堂々と食べているが、こちらは、周囲に食べ物の臭いを撒き散らしていることも多く、マナー知らずと言うしかない。しかし、それ以前に、私には、そんなことが出来る感覚が信じ難い。

マナー知らずというなら、他にいくらでもあるだろう。
例えば、駅などの込んだ通路や階段で携帯電話を見ながらのろのろ歩くのは、いくらでも見るし、電車の中での、緊急とも思えない携帯電話の会話をする者もよくいる。
歩きタバコも、毎朝一度くらいは見るような気がする。
そして、やはり、これらも、悪びれる(気後れや恥じらいを感じる)様子の全くない、堂々とやっている場合が多いと思う。

これらの行為を見て、あまり気にしないという人もいれば、激しく嫌悪、さらには、憎悪する人もいることだろう。
ただ、はっきり言っておく。
そういったことをする者は、まず一生治らない。
稀に、そんな人達に注意をする人もいるが、やめておくことをお奨めする。全くの無駄だからだ。
いや、ごく若い人達(例えば中学生や高校生)には注意して、やってはいけないことを教えるべきだなどと言う者がいるかもしれないが、断言するが、そんなことをしても何の効果もない。
ある時、電車の中で、あまりにも好き勝手に大声で騒ぎ、走り回る小学生のグループがいて、居合わせた50代くらいの、きちんとした感じの女性(教師のような雰囲気もあった)が、厳しく叱責した。子供達はそれをおとなしく聞いてはいたが、その顔つきには明らかに何の反省も表れていなかった。小学4年生くらいのごく普通の子供達だったので、「うざいなあ」というほどの表情ではなかったが、「なんで知らないオバさんに怒られないといけないのだろう」といった、奇妙なものを見るような雰囲気だったと思う。

さて、とりあえず、他人のことは置いておくが(自分がマナー知らずでないかどうかは分からないのでね)、こういった、自己中心的な人間はなぜ存在するのだろう。
それは、DNAに組み込まれたプログラミングと、生まれ育った中で与えられた条件付け(教育もその1つである)によるのだ。
そして、DNAにどんなプログラミングが組み込まれ、どんな環境で育ち、影響を受けるかは、全て、運命である。
それらは、その人間が生まれる前から完全に決められており、その人がどんな人間になるかは、言わば、神様の決めた通りなのである。
だから、本人には罪はないと言えば、確かにそうなのである。
そして、それほどの厳然とした仕組みで与えられた性質が、そっとやそっとのことで修正変更されることは、絶対にあり得ない。

だから、いかに不快であっても、自分に危害が無いのであれば、黙って見過ごすしかない。
自分ではなく、誰かに危害が及びそうな場合は、助けたければ助けてもいいが、助けなくても罪の意識を感じる必要はない。
危害を受けるのも運命なら、それを助けるのも、助けないのも運命だ。
誰も、自分の思うままに危害を避けたり、助けたり、助けなかったり出来るのではない。
いかに助けたくても、そうする運命でなければ、あなたには何も出来ないし、逆に、助ける運命であれば、嫌でもそうするだろう。その結果、あなたが身代わりに危害を受けるのが運命であれば、そうなるしかない。
こう言うと、「では、他人に無関心でいろと言うのか?」と言われるかもしれないがそうではない。
無関心でいるか、そうでないかは、自分の意志で決められることではない。
それもやはり、DNAに組み込まれたプログラミングと、生きてきた中での条件付けに因るのである。

神様が、なぜ、自己中心的で迷惑な人達を作るのかは分からない。
それは決して分からないのだ。
また、あなたが、なぜ、そういった人達と会ってしまうのかも決して分からない。
これらに、安っぽい理由付けをして、それを本当のことのように言う者はいるのだが、その話は全部嘘と言って差し支えない。
おそらく、人間に分かるような理由ではないのである。

あなたは、愚劣だと思える人に出会っても、なるべく平静でいることだ。
しかし、嫌悪したり、さらに憎悪してしまうなら、そうするしかない。それがあなたのプログラミングであり、条件付けなのだ。ならば、あなたがそう感じるのは避けられない。
だが、あなたは、そういったものは相手にせず、高く飛ぶこと、無になること、腹(肚)に力を付けることを考えるべきなのだ。
最近、私がよく言う、加速することを覚えることだ。
その方法は色々あり、これまでも述べたが、これからも教えよう。
ところで、私は、普通の状態で1分間に7回しか呼吸しない。普通の大人で16~20回らしいから半分以下だ。
呼吸の数が極端に違っていれば、同じ世界に住んでいるように見えても、実は、見えている世界は全く違っている。
政木和三さんは、呼吸の数が1分に2回くらいになれば、時間が伸びるように感じることを子供の時に発見し、その時、直感がよく働くことに気付いた。
これもまた、加速状態である。
しかし、無理に呼吸数を落として息苦しくなっては意味はない。自然に呼吸数が落ちないといけないのだ。
普段から、無理の無い範囲で、ゆったりとした腹式呼吸をすると良いだろう。
赤ん坊は腹で呼吸しているが、大人は胸で呼吸をしている。これは、ほとんどの大人は、腹(肚)にある自己の中心から離れてしまっていることを意味しているのである。









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