老子と荘子を老荘思想などと言うが、この2つには、あるおかしな違いがある。
荘子は、どの翻訳を読んでも、そんなに違いはないと思う。
しかし、老子は、翻訳者が違えば、全く別物だ。
老子の翻訳者とて、自分勝手な意訳をしようとした訳ではない。まずは、正確な日本語にしようと思っていたはずだ。
しかし、老子は、文字1文字の意味すら、どんな意味で使われているのか分からないこともあり、言い回しの解釈となるとさらにそうだ。
おそらく、中国の研究者にだって、分からないことは多いはずだ。
月の研究の権威が存在する理由は、当然、月には未知のことが沢山あるからであり、ウナギの研究の権威が存在するのは、ウザギの生体にはまだ不明な点が多いからだ。
一方、柴犬の研究の権威なんて、あまり聞いたことは無いが、それは、柴犬には解明すべき謎がないからだ。無論、歴史的に不明なことはあるだろうが、分からなくてもさほどの不都合はない。
老子の研究の権威は多い。おそらく、荘子より多いと思う。つまり、老子には謎が非常に多いのだ。
英文学者で詩人の加島祥造さんは、老子が分からなかったという。だが、英訳された老子を読んで理解できたという。
これは面白い話だ。漢字の勉強から始めなければならない西洋人の研究者が老子を英訳するのは、大変な困難であると思う。
ところが、実際に、老子の英訳には名訳が多いらしく、C.G.ユングも、そこから重要な閃きを得、専門の心理学の研究を大いに発展させることが出来たのだ。
これは、「木を見て森を見ず」のことわざによる教訓通り、西洋の研究者は、言葉の解釈では不利であっても、全体を把握する努力をしつつ、閃きを発揮することで、案外に老子の真意に達することが出来たのかもしれない。
インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』も、やはり、英訳に素晴らしいものが多いようだ。『バガヴァッド・ギーター』の日本語訳の多くは、原文(サンスクリット語)からの翻訳を売り物にしているが、英訳から日本語に翻訳した三浦関造さんの訳が、最も素晴らしいと感じるのである。彼は、多くの英文訳を参考にし、出版までに9年かかったという。三浦さんはヨガに深く通じていることから、元の英訳より、さらに素晴らしいものになっているのではないかと思う。
加島祥造さんも、自ら老子を翻訳している。それは彼のマインド(心、知性、考え方)を通した意訳であろうが、我々もまた、加島さんの翻訳を読む時、言葉の細部にこだわらずに全体を把握する読み方をするなら、非常に有益なものであるはずだ。加島さん自身が優れた思想家であり、W.B.イェイツやエドガー・アラン・ポーに通じていることも、彼の老子の翻訳を読むに値するものにしていると、私は思うのだ。
さて、私が、老子の解釈…と言うのではないが、老子の真意を語ったものとして、大変な感銘を受けたものがある。
それは、ラメッシ・バルセカールの『人生を心から楽しむ―罪悪感からの解放』という本の第3部「源泉からのちょっとしたメッセージ」という24ページの章だ。
これが老子であるとは、全く書かれていなかったが、私には老子そのものであることが分かった。老子の正確なエッセンスがそこにあったのだ。
ラメッシ・バルセカールは、インドの聖者であり、ニサルガダッタ・マハラジの弟子であるが、2009年まで生きており、博識で、東西の聖典はもとより、量子物理学やコンピュータにも通じていた。仕事では銀行の頭取まで勤めたらしい。
そんな彼が、現代人に分かり易く、老子の真意を明らかにしてくれたのだと思う。
こんな貴重なものが、なんで廃版になるのか信じられない。私は、定価1800円のこの本の古書を1万円近くで購入したが、ちっとも高いと思わなかった。
ところで、ラメッシ・バルセカールが明かした老子の真髄に、極めて近い雰囲気の老子がある。
王明著の『老子(全)』だ。
王氏は、神戸生まれで、日本の高校、大学を出ているが、新華社(中華人民共和国・国務院直属の通信社)の報道の日本語への翻訳を多数行ってきており、日本語、中国語共に自在だ。また、詩人でもある。
王氏の老子は、シンプルな詩で書かれており、これほど読みやすい老子はないだろう。
解説など、一切付けていない。本文だけ読めば分かるのである。
なぜ、『老子(全)』かというと、あらゆる既刊書(中国語のものと思う)や、新しい資料を調べ、定説に囚われずに的確な訳を目指したからだ。
それは成功したに違いないことは、上に述べたラメッシ・バルセカールの本を読めば分かるように思う。
一般の老子の翻訳では、老子の原文の美文を損なわないようにという配慮ではあろうが、やたら難しい言い回しをしている上、多くの解説や注釈が付いている。そんな老子の翻訳は、老子の学術的理解には必要であろう。
しかし、宇宙の真理を直接に掴むという、我々が老子を読む本当の目的のために、是非、王氏の老子を読むことをお薦めする。
宇宙を掴んだ者は、自由自在である。
読みやすいので、短時間で一通り読めると思うが、二度目からは、じっくりと、しかし、無心に読むことをお願いしたい。
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荘子は、どの翻訳を読んでも、そんなに違いはないと思う。
しかし、老子は、翻訳者が違えば、全く別物だ。
老子の翻訳者とて、自分勝手な意訳をしようとした訳ではない。まずは、正確な日本語にしようと思っていたはずだ。
しかし、老子は、文字1文字の意味すら、どんな意味で使われているのか分からないこともあり、言い回しの解釈となるとさらにそうだ。
おそらく、中国の研究者にだって、分からないことは多いはずだ。
月の研究の権威が存在する理由は、当然、月には未知のことが沢山あるからであり、ウナギの研究の権威が存在するのは、ウザギの生体にはまだ不明な点が多いからだ。
一方、柴犬の研究の権威なんて、あまり聞いたことは無いが、それは、柴犬には解明すべき謎がないからだ。無論、歴史的に不明なことはあるだろうが、分からなくてもさほどの不都合はない。
老子の研究の権威は多い。おそらく、荘子より多いと思う。つまり、老子には謎が非常に多いのだ。
英文学者で詩人の加島祥造さんは、老子が分からなかったという。だが、英訳された老子を読んで理解できたという。
これは面白い話だ。漢字の勉強から始めなければならない西洋人の研究者が老子を英訳するのは、大変な困難であると思う。
ところが、実際に、老子の英訳には名訳が多いらしく、C.G.ユングも、そこから重要な閃きを得、専門の心理学の研究を大いに発展させることが出来たのだ。
これは、「木を見て森を見ず」のことわざによる教訓通り、西洋の研究者は、言葉の解釈では不利であっても、全体を把握する努力をしつつ、閃きを発揮することで、案外に老子の真意に達することが出来たのかもしれない。
インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』も、やはり、英訳に素晴らしいものが多いようだ。『バガヴァッド・ギーター』の日本語訳の多くは、原文(サンスクリット語)からの翻訳を売り物にしているが、英訳から日本語に翻訳した三浦関造さんの訳が、最も素晴らしいと感じるのである。彼は、多くの英文訳を参考にし、出版までに9年かかったという。三浦さんはヨガに深く通じていることから、元の英訳より、さらに素晴らしいものになっているのではないかと思う。
加島祥造さんも、自ら老子を翻訳している。それは彼のマインド(心、知性、考え方)を通した意訳であろうが、我々もまた、加島さんの翻訳を読む時、言葉の細部にこだわらずに全体を把握する読み方をするなら、非常に有益なものであるはずだ。加島さん自身が優れた思想家であり、W.B.イェイツやエドガー・アラン・ポーに通じていることも、彼の老子の翻訳を読むに値するものにしていると、私は思うのだ。
さて、私が、老子の解釈…と言うのではないが、老子の真意を語ったものとして、大変な感銘を受けたものがある。
それは、ラメッシ・バルセカールの『人生を心から楽しむ―罪悪感からの解放』という本の第3部「源泉からのちょっとしたメッセージ」という24ページの章だ。
これが老子であるとは、全く書かれていなかったが、私には老子そのものであることが分かった。老子の正確なエッセンスがそこにあったのだ。
ラメッシ・バルセカールは、インドの聖者であり、ニサルガダッタ・マハラジの弟子であるが、2009年まで生きており、博識で、東西の聖典はもとより、量子物理学やコンピュータにも通じていた。仕事では銀行の頭取まで勤めたらしい。
そんな彼が、現代人に分かり易く、老子の真意を明らかにしてくれたのだと思う。
こんな貴重なものが、なんで廃版になるのか信じられない。私は、定価1800円のこの本の古書を1万円近くで購入したが、ちっとも高いと思わなかった。
ところで、ラメッシ・バルセカールが明かした老子の真髄に、極めて近い雰囲気の老子がある。
王明著の『老子(全)』だ。
王氏は、神戸生まれで、日本の高校、大学を出ているが、新華社(中華人民共和国・国務院直属の通信社)の報道の日本語への翻訳を多数行ってきており、日本語、中国語共に自在だ。また、詩人でもある。
王氏の老子は、シンプルな詩で書かれており、これほど読みやすい老子はないだろう。
解説など、一切付けていない。本文だけ読めば分かるのである。
なぜ、『老子(全)』かというと、あらゆる既刊書(中国語のものと思う)や、新しい資料を調べ、定説に囚われずに的確な訳を目指したからだ。
それは成功したに違いないことは、上に述べたラメッシ・バルセカールの本を読めば分かるように思う。
一般の老子の翻訳では、老子の原文の美文を損なわないようにという配慮ではあろうが、やたら難しい言い回しをしている上、多くの解説や注釈が付いている。そんな老子の翻訳は、老子の学術的理解には必要であろう。
しかし、宇宙の真理を直接に掴むという、我々が老子を読む本当の目的のために、是非、王氏の老子を読むことをお薦めする。
宇宙を掴んだ者は、自由自在である。
読みやすいので、短時間で一通り読めると思うが、二度目からは、じっくりと、しかし、無心に読むことをお願いしたい。
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偶然ですが、僕は、「虚空の舟」が面白かったので、今、バグワンさんの「TAO 永遠の大河」を読んでいるところです。こちらは、解説やらダイアログが異常に多いのですが…汗
ちなみに、加島祥造さんもどこかの随筆で、かつてはバグワンさんをよく読んだと書いてらっしゃいました。