今日は、実に美しい女性を見た。
ところが、彼女が美人だったかというと、これが分からないのである。
お前の主観では美人だったのだろうと聞かれても、それも分からない。
実際に、さっぱり分からなかったのである。
私は、女性をしっかり見ることに、あまり気後れする方ではないのだが、これほどに美しいとやや気後れする。
それでも、何度か目があったが、彼女は隣の女性とのお喋りに忙しいらしく、どうでもよさそうであった。
彼女は、木製のベンチに掛け、かなり細い脚を実に形良く揃えていたが、作為的な雰囲気はなく、それが習慣的なのだろうと感じさせた。つまり、ごく自然な様子なのである。

しかし、いくら考えても、彼女が美人なのかどうか分からない。
それは、こういうことなのである。
私は、彼女を観察したのではなく、観照していたのだ。
観察とは、自我で見て思慮分別することだ。一般に科学的な見方というものだろう。
しかし、観照とは、直感的知覚で見ることだ。芸術作品を見る時は、観照でなくては本質は分からない。
聖者はいつも観照しているが、普通の人間は、ほとんどいつも観察している。
凡人が観照するのは、何かのきっかけで、心が吹っ飛んだ状態の時である。
それは、例えば、思いもかけない良い知らせを聞いたとか、自然の絶景を見て感動した時とか、あるいは、死を覚悟して受け入れた時である。
そんな時は、何を見ても美しいだろう。

彼女は、見ている者に、観察をやめさせて、観照させてしまう力があるのである。
それは、どのような力だろう?
インドの聖者ラマナ・マハルシの前に行くと、誰でも深い安らぎを感じたのは、彼の前では、心が消し去られ、観察が出来なくなり、全てを観照する精神状態になってしまうからである。
マハルシのような力を持った若い女性がいたら、女神のようであろう。

想念があると観察をし、想念が消えれば観照する。
凡人は想念を消すことが難しいが、聖者は逆に、想念を起こすことが難しいらしい。
あの彼女の前だけでの、にわか聖者になった私には、その意味が少し分かったような気がした。
そこで、心と美の秘密を解明してみようと、私は、本当は必要はないのだが、「がんばって」日常の想念を起こして、彼女を観察してみた。
すると、彼女は、若い女性ではあったが、美人という訳ではないと思えた。
まだ観察するのに努力を要したが、さらに気力を振り絞って細かく観察すると、彼女の容姿に欠点を見出すことも難しくはなかった。
しかし、無駄な努力はやめ、ぱっと観照状態に戻ると、やはり女神のように美しいのである。

彼女には、ラマナ・マハルシほどではないだろうが、人を観照に導く力がある。
では、どうすれば、彼女のようになれるのだろうか?
私が思い出したのは、初音ミクの『歌に形はないけれど』という歌の中にこんな詩があったことだ。
作詞・作曲はdorikoさんだ。

僕がここに忘れたもの
全て君がくれた宝物
形のないものだけが
時の中で色褪せないまま
~『歌に形はないけれど』より~

外見的な美しさは、ごく僅かな間だけのものであるし、それにばかりこだわっていると、やがて年をとって容貌が衰えた時の惨めさは、美人の方が普通の女性よりずっと大きいのだ。
しかし、誰でも本質では至高の美を備えているのであり、それは、時の中で色褪せることは決してない。
まず、自分自身が、形のない本質の美を求めてみることが大事だと思う。
それには、形のないものを形のあるものの上位に置くことである。
形のあるものが無価値だというのではない。形のないものの方が、ずっと大切だということだ。

欲望の自我に囚われた者には、ラマナ・マハルシもただの人間であり、私が今日見た女性も、ただの冴えない女でしかないだろう。
イエスの絵によく描かれる、身体から発せられている輝きは、人から自我を消し、観照するような精神状態にさせる力を現していると思う。
しかし、そんなイエスでさえ、蔑まれることも多かったのだ。
自我は、真に美しいものを感じることは出来ず、習慣的な価値観で、美しいとか醜いとかを感じるのだ。
時代や地域により、美人と言われる基準が著しく異なるのはそのためである。

我々は、そういった、個人的な価値観に囚われず、形のない美しさを知らなければならない。
現代人は、物質的なものばかりを有難がり、形のない本当の美しさを知ろうとしない。

星の王子様が言った、「本当に大切なものは目に見えない」という言葉を、ただ知っているだけではなく、それを世間の教義や信念の上に持ってこなくてはならない。
友達を紹介する時、彼が通っている学校の名前や、彼の親の仕事を言わなければならないのが世間だ。
世間の人に、ある家のことを話す時には、「10万ドルの家」で無いと通らない。
それが下らないことだとは言わない。
しかし、彼の精神的な美点や、その家の庭に咲いていた花の雰囲気はもっと大切なのだ。
今日のあの女性も、きっとそんなことが分かる人なのだろう。

尚、以前書いた、下記の記事も同様のテーマを扱っている。
醜女が一瞬で息を呑む美女になった話









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