X(エックス)は神秘的に感じる文字だ。
「Xデー」なんて言葉があるが、これは、未知の日という意味で、どういう訳か、我々は、「分からない」ものを、とりあえずXと言うのである。
人間の脳、あるいは、心の中には、何かは分からないが、神秘的で強力な何かが存在すると考える人は多いだろう。
天才的発明家で創造力開発の大家であった中山正和さんも、脳の中には神様のかけら、あるいは仏性があると考え、それをXと名付けた。
英国の作家で神秘的啓蒙家のコリン・ウィルソンも、人間の最高度の意識である超越意識をXとしている。
確かに、人間の中には、Xというべき、不可思議な何かがある。
ロボットが高度化すると、いずれは人間と区別はなくなるだろう。
そして、人間とロボットを区別する唯一のことは、「クオリア」を持つかどうかだといわれる。
クオリアに関する学者の説明を見ると、ひどく複雑で、ほとんど意味を為さない。学者は馬鹿なので、何でも既定の観念で説明しようとするからそうなる。例えば、愛を観念で説明したって意味はない。
それで、とりあえず簡単に言えば、クオリアとは「感じ」という意味で、人間とロボットの違いは、「感じ」を持つかどうかだと言えば、なんとなく分かると思う。
学者の中には、クオリアは人工的には作れないという者もいれば、今は作り方は分からないが、いずれ作れるという者もいる。
クオリアが作れるなら、本物の人間も作れる。
以下は世間の説ではない。
人間とロボットを区別する唯一のものがクオリアというなら、クオリアとは感覚器官を機能させる力だ。
それは作れない。
そもそも、クオリアは作ったものではない。
クオリアの正体はこんなものだ。
ある宇宙存在が人間を作る時、肉体や神経という高度なハードウェアを作り、心というソフトウェアを作った。それらの性質は人間個々で様々に変えている。
だが、ハードウェアとソフトウェアだけでは動かない。電気のようなエネルギーが必要だ。
エネルギーの一部は食物かtら摂るが、そんなものだけで身体や心が機能する訳ではない。
クオリアも持てない。
そこで、宇宙存在は、人間の知らないある方法を使った。
分かり易く言うと、自らの一部を人間の中に入れ、そして、その自分の一部に、自分はその肉体や心と一体であるという催眠術をかけたのだ。
つまり、人間の中の宇宙存在の一部が、感覚器官を機能させる力、すなわち、クオリアである。
心身と一体化した自分の一部は、限りない愚かさを発揮する。
催眠術をかけられた自分自身すら、自分が嫌になるほどだ。それで、我々は自己嫌悪に苦しむのだ。
人間の正体、自分の本当の姿が、少しは分かったであろうか?
我々の本体は、その宇宙存在だ。我々は「それ」だ。古代インドでは、そんな言い方(私はそれ、あるいは、彼である)をよくする。
ちょっと他人のように言うが、その宇宙存在は、世界や人間の運命は最初に全て決めてある。
それをあるがままに受容すれば、つまり、催眠術をかけられた人間の立場で言えば、一切をなりゆきに任せれば、催眠術は解ける。
そして、我々は「それ」であることを自覚しながら世界という劇を楽しむのである。
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「Xデー」なんて言葉があるが、これは、未知の日という意味で、どういう訳か、我々は、「分からない」ものを、とりあえずXと言うのである。
人間の脳、あるいは、心の中には、何かは分からないが、神秘的で強力な何かが存在すると考える人は多いだろう。
天才的発明家で創造力開発の大家であった中山正和さんも、脳の中には神様のかけら、あるいは仏性があると考え、それをXと名付けた。
英国の作家で神秘的啓蒙家のコリン・ウィルソンも、人間の最高度の意識である超越意識をXとしている。
確かに、人間の中には、Xというべき、不可思議な何かがある。
ロボットが高度化すると、いずれは人間と区別はなくなるだろう。
そして、人間とロボットを区別する唯一のことは、「クオリア」を持つかどうかだといわれる。
クオリアに関する学者の説明を見ると、ひどく複雑で、ほとんど意味を為さない。学者は馬鹿なので、何でも既定の観念で説明しようとするからそうなる。例えば、愛を観念で説明したって意味はない。
それで、とりあえず簡単に言えば、クオリアとは「感じ」という意味で、人間とロボットの違いは、「感じ」を持つかどうかだと言えば、なんとなく分かると思う。
学者の中には、クオリアは人工的には作れないという者もいれば、今は作り方は分からないが、いずれ作れるという者もいる。
クオリアが作れるなら、本物の人間も作れる。
以下は世間の説ではない。
人間とロボットを区別する唯一のものがクオリアというなら、クオリアとは感覚器官を機能させる力だ。
それは作れない。
そもそも、クオリアは作ったものではない。
クオリアの正体はこんなものだ。
ある宇宙存在が人間を作る時、肉体や神経という高度なハードウェアを作り、心というソフトウェアを作った。それらの性質は人間個々で様々に変えている。
だが、ハードウェアとソフトウェアだけでは動かない。電気のようなエネルギーが必要だ。
エネルギーの一部は食物かtら摂るが、そんなものだけで身体や心が機能する訳ではない。
クオリアも持てない。
そこで、宇宙存在は、人間の知らないある方法を使った。
分かり易く言うと、自らの一部を人間の中に入れ、そして、その自分の一部に、自分はその肉体や心と一体であるという催眠術をかけたのだ。
つまり、人間の中の宇宙存在の一部が、感覚器官を機能させる力、すなわち、クオリアである。
心身と一体化した自分の一部は、限りない愚かさを発揮する。
催眠術をかけられた自分自身すら、自分が嫌になるほどだ。それで、我々は自己嫌悪に苦しむのだ。
人間の正体、自分の本当の姿が、少しは分かったであろうか?
我々の本体は、その宇宙存在だ。我々は「それ」だ。古代インドでは、そんな言い方(私はそれ、あるいは、彼である)をよくする。
ちょっと他人のように言うが、その宇宙存在は、世界や人間の運命は最初に全て決めてある。
それをあるがままに受容すれば、つまり、催眠術をかけられた人間の立場で言えば、一切をなりゆきに任せれば、催眠術は解ける。
そして、我々は「それ」であることを自覚しながら世界という劇を楽しむのである。
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