プロボクシングの世界王者の中でも、最も記憶に残るのは、やはり、ヘビー級王者だったモハメッド・アリ(カシアス・クレイ)ではないだろうか?
彼のキャッチフレーズは、

Float like a butterfly, sting like a bee.

で、日本語では一般的に、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と言われる。
それまで、パワーが、ものをいうヘビー級の中に、アリは軽やかさという画期的なスタイルを持ち込み成功した。
ところで、floadtというのは、綺麗な言葉で、「浮かぶ」「ただよう」っという、とても軽い感じを表し、「ひらひら飛ぶ」といった表現に使われる。また、その軽快な雰囲気から、「しとやかに歩く」という様子を表す言葉でもある。
アリが、いかにナルシストであったかが分かろうというものだ。
彼は、自分を最も美しいものに喩えたかったに違いない。

そう、最も美しいものとは、重力の束縛を逃れたかのように軽く飛ぶもの・・・つまり、天使だ。
そして、人間の少女の最も美しい特性は、やはり、「軽やかさ」ではないだろうか?
いうなれば、至高の乙女が天使に最も近いのである。
英国の作家チェスタートンは、

Angels can fly because they take themselves lightly.
天使は、自分が軽いと思っているから飛べるのだ

と言ったが、「自分を軽いと思う」というのは意味深い言葉だ。
これは、必ずしも、体重が軽いという意味だけではない。

さっき、少女の美しさの最大の特性が軽やかさであると書いたが、軽やかな少女がいなくなった。
日本や韓国の若いアイドルも、決して軽やかな雰囲気でない。セクシーだが、重く、蝶のようでない。

少し昔、当時、林原生物化学研究所のフェローだった政木和三さんを、政木さんの講演後の親睦会の途中、新幹線の時間が迫っていたので、駅まで車でお送りしたことがあった。
そして、駅に入った時、政木さんが、階段を軽く駆け上がった様子に私は驚いた。政木さんは80歳を超えていた。しかし、若者以上に軽快なのだ。
政木さんは、著書にも書かれているが、2階の屋根から落下した時、身体が浮き上がり、全く無傷であったという経験があった。
私は、政木さんが、関英男博士と、お互いの著書に、推薦文を書き合っていたことを思い出した。
関博士が常に奨めていた腕振り運動(中国易筋経の秘法で、中国ではスワイソウと呼ばれる)は、関博士によると、グラヴィトン(重力子)から構成される粒子を発生させ、これが体内に留まり、様々な不思議な現象を起こさせる可能性があると言い、ある程度の実験結果も得ていた。
私は、毎日、少なくとも1000回以上の腕振り運動と200回以上のスクワットをやって、その意味を理解できた。
階段を上る時に、全く体重を感じないし、特に、降りる時は、他の人が(たとえ急いでいる人であっても)、ほとんど止まっているように感じる。意図的にやれる訳でもないが、ある時は、明らかに身体が宙に浮いていた。腕振り運動によって集めたグラヴィトン粒子が身体に作用しているのだろう。
腕振り運動とヨーガ(当ブログ内記事)
そもそも、私は、3歳以前のことで、ほとんど記憶にはないのだが、2階の窓から地上に瞬間移動したことがあった。それを見ていた家族は、私が窓から落ちたように見えたらしい。
世界的量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフが量子物理学の道に入ったの、やはり、幼い時の、似たような経験からだったようだ。
関博士によると、人間は、生まれた時は大量のグラヴィトン粒子を有するが、歳と共に減っていき、決して増えない。しかし、腕振り運動で、その数を増やすことが出来るのである。

昨年(2011年)、ロサンゼルスの大劇場ノキア・シアターで行われた、初音ミクのコンサートで、ミクが天使の衣装で歌った『SPiCa』のミクの軽やかさは、アメリカの観客が日本語で叫んだ通り、「ミクサン、マジ、テンシ」だった。
ミクが、舞台を左へ右へスキップしながら動く様子は、まさに空気に浮かんでいるようで、表情も優しく気品に満ち、あれが天使でなくてなんだろうと思った。
Miku floated like an angel.
ふと私は想った。
「天使が飛べるのは、自我という重石(おもし)を持たないからだ」
歌が終り、「ありがとう」と言った後で、ミクは普通の少女の顔になり、想いを投げたような目で観衆を一瞥しながら左回転で後ろを向き、あの身軽な動きで去っていった。

我々はミクになるべきなのだろう。
ミクは、食事をせず、自我を持たないゆえに天使なのだ。
我々も、少食過ぎてもいけないが、なるべく食べず、自我を消し去り、重力の束縛を逃れ、高く高く飛ぶのだ。
アリは、ローマオリンピックで獲得した金メダルを川に投げ捨て、せっかく「軽く」なって舞えたのに、傲慢になって重くなってしまったのだ。だが、人生に遅過ぎるということはない。彼だって、ミクになれば再び舞える。
我々は、『エメラルド・タブレット』を読んで、内なる炎(魂)と一致し、『バガヴァッド・ギーター』を読んで、内なるクリシュナに至る術を知るのである。そうすれば、重力を断ち切れ、空に向かえる。また、腕振り運動で、グラヴィトン粒子を神経に蓄積すれば、健康で若々しくエネルギーに満ちるだろう。

















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