新入社員がすぐ辞めるなんて、今に始まったことではなく、大昔からいつでもそうだった。
新入社員が辞める時の、新入社員と先輩達のお互いの言い分の代表的なものに、新入社員側は「思っていたのと違う」、先輩側は「新入社員は辛抱が足りない」というものがある。
実は、これは、反対側に当てはまることだ。
新入社員の方が先輩達にとって、思っていたのと違っていたのだし、辛抱が足りないのは先輩達の方だ。
では、新入社員のどこが先輩達の思っていたのと違うのかというと、「崇めてくれない」というところで、先輩達のどこが辛抱が足りないのかというと、崇めてくれないことに対する辛抱だ。
30歳位の中途採用の新入社員なら、先輩を立て、気が効くので、先輩達は崇められている感じがして、これなら、「思っていた通り」の新入社員だ。
しかし、二十歳前後の若い人は、人間に対する理想がまだ高いので、ほとんどの先輩達に失望している。だから、演技でも崇めるのは辛いのだろう。
しかし、根本原因は、新入社員側も先輩側も同じで、エゴを持って仕事をしているということだ。
つまり、自分が仕事をしていると思っているのだ。
このことについて、ちょっと説明する。
浅はかな考え方をする評論家等が、「西洋では仕事は苦役と認識されている」というのを聞いたことがあるかもしれない。
その根拠は、旧約聖書で、アダムとイヴは、元々は、住んでいたエデンの園が温暖で快適な環境な上、自然の食べ物も豊富にあったので働かなくて良かったが、蛇にそそのかされて、知恵の木の実を食べたことで神の怒りを買ってエデンの園を追い出され、以後は、苦しんで働くことで日々の糧を得なければならなくなったと書かれていることだ。
これをそのまま受け取るのは、間抜けなことだ。
タイムマシンで、エデンの園時代のアダムとイヴを見たら、いつも熱心に働いていることが分かるだろう。
だが、彼らに、「よく働いたね。ご苦労様」と言ったら、彼らは、怪訝な顔をするに違いない。
彼らは、自分達が働いているという自覚が無いのだ。彼らは、エゴの思い無く仕事をしていたのだ。
ところが、彼らは、この野菜は「僕が」取って来たんだと言ったり、この料理は「私が」料理したと言い始めたのだ。
そして、彼らは、自分が働いているという思いにとりつかれた。これを、知恵の木の実を食べたと言ったのである。
エゴが無ければ、自分が仕事をしているのではないので、仕事は仕事自らなされていく。つまり、自動的に進んでいくのだ。
いかに熱心に責任感を持って仕事をしているようでも、彼は何もしていない。だが、「俺がやってるんだ」と思うので辛くなるのだ。
こういった道理が分からなくなったので、人類は悲惨の状態に陥り、やがて滅ぶのである。
働いている自分というものを探し、そんなものはどこにも無いのだと分かると、あなたは幸福になる。そして、世界も平和になるだろう。
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新入社員が辞める時の、新入社員と先輩達のお互いの言い分の代表的なものに、新入社員側は「思っていたのと違う」、先輩側は「新入社員は辛抱が足りない」というものがある。
実は、これは、反対側に当てはまることだ。
新入社員の方が先輩達にとって、思っていたのと違っていたのだし、辛抱が足りないのは先輩達の方だ。
では、新入社員のどこが先輩達の思っていたのと違うのかというと、「崇めてくれない」というところで、先輩達のどこが辛抱が足りないのかというと、崇めてくれないことに対する辛抱だ。
30歳位の中途採用の新入社員なら、先輩を立て、気が効くので、先輩達は崇められている感じがして、これなら、「思っていた通り」の新入社員だ。
しかし、二十歳前後の若い人は、人間に対する理想がまだ高いので、ほとんどの先輩達に失望している。だから、演技でも崇めるのは辛いのだろう。
しかし、根本原因は、新入社員側も先輩側も同じで、エゴを持って仕事をしているということだ。
つまり、自分が仕事をしていると思っているのだ。
このことについて、ちょっと説明する。
浅はかな考え方をする評論家等が、「西洋では仕事は苦役と認識されている」というのを聞いたことがあるかもしれない。
その根拠は、旧約聖書で、アダムとイヴは、元々は、住んでいたエデンの園が温暖で快適な環境な上、自然の食べ物も豊富にあったので働かなくて良かったが、蛇にそそのかされて、知恵の木の実を食べたことで神の怒りを買ってエデンの園を追い出され、以後は、苦しんで働くことで日々の糧を得なければならなくなったと書かれていることだ。
これをそのまま受け取るのは、間抜けなことだ。
タイムマシンで、エデンの園時代のアダムとイヴを見たら、いつも熱心に働いていることが分かるだろう。
だが、彼らに、「よく働いたね。ご苦労様」と言ったら、彼らは、怪訝な顔をするに違いない。
彼らは、自分達が働いているという自覚が無いのだ。彼らは、エゴの思い無く仕事をしていたのだ。
ところが、彼らは、この野菜は「僕が」取って来たんだと言ったり、この料理は「私が」料理したと言い始めたのだ。
そして、彼らは、自分が働いているという思いにとりつかれた。これを、知恵の木の実を食べたと言ったのである。
エゴが無ければ、自分が仕事をしているのではないので、仕事は仕事自らなされていく。つまり、自動的に進んでいくのだ。
いかに熱心に責任感を持って仕事をしているようでも、彼は何もしていない。だが、「俺がやってるんだ」と思うので辛くなるのだ。
こういった道理が分からなくなったので、人類は悲惨の状態に陥り、やがて滅ぶのである。
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