どんな職業であっても、経験を積んでそれなりの立場になると、自分の仕事について、「この仕事をする者はかくあるべし」などということを主張するようになる者がよくいる。
しかし、その大半は、自分を過大評価する馬鹿のたわ言であるに違いない。そんなものを聞かされる部下や後輩、それに、新人は気の毒なものかもしれない。
しかし、多少の独断があっても、経験の長い年長者の言うことには一理あるという謙虚な姿勢があれば、何か得るところはあるかもしれない。ただ、実際は、害の方がずっと大きいかもしれない。
私の場合、セールス(営業)とコンピュータソフト開発の仕事をやる中で、そんな先輩を数多く見てきたが、彼らが言ったことで覚えていることは、まあ、1つもない。

昔、テレビ番組で、ジャイアント馬場さんに、番組司会者が、「力道山から教えられたことで、心に残っていることがありますか?」と尋ねた。力道山は、馬場さんの偉大な師匠と言ってもよいはずだ。だが、馬場さんの答は「何もありませんね」だった。
力道山ですら、そうであるなら、凡人たる我々の自論など、「黙っていれば馬鹿だと思われずに済むだろうに…」と言う程度のものに違いない。

ところで、私がやっているコンピュータソフト開発の仕事で重要な能力について、国際的なITコンサルタントの方に、印象的なことを聞いたことがある。
結局のところ、一番肝心なものは、ある1つのものだと言われたが、ビル・ゲイツも同じことを言っていたのである。
それは、知能指数だ。
その国際コンサルタントは、「所詮、知能指数なんですよ」と言い、ゲイツも、「プログラマの能力は、純粋な知能指数だ」と言った。

ただ、なぜか、知能指数は生まれつきのもので、特に大人になってからは変化しないと考えられているように思われる。
一部では評判は悪いが、トム・クルーズやジョン・トラボルタらが熱心な信者であることで知られる新興宗教サイエントロジーを創ったとされる、米国の天才作家L.ロン.ハバートの、世界で約2000万部が出版されていると言われる能力開発書『ダイアネティックス』には、人の能力の発揮を妨げるもの(ダイアネティックスではエングラムと呼ぶ)を消し去れば、知能指数は、打ち上げ花火のごとく向上するとある。ハバートは、作家であるが、それは、ダイアネティックスの研究の資金を得るためでもあったと言う。実際、彼の本は1億冊以上が出版され、アイザック・アシモフやレイ・ブラッドベリなども絶賛する大作家でもあるのだ。
教育家としても著名で、我が国でも、彼の教育書の翻訳書には、稲盛和夫さんが推薦の言葉を載せている。
このように、ハバート自身が大天才であるが、人間の本来の能力は、誰でも極めて高く、正しく自己を開発すれば、知能指数も必ず向上すると言う。

アイザック・ニュートンは、少年時代の学校の成績や言動などから、知能指数は125程度と考えられている。これは、標準よりはかなり優秀であるが、天才というには程遠い。
だが、後のニュートンの知能指数は200を上回っていたに違いないと言われる。
ニュートンは、超古代の秘法の書『エメラルド・タブレット』を読み、能力を数倍化したのだという説があるが、私もそう思っている。彼は、数学や物理学は、ついでにやっていたに過ぎなかったが、それでも、その分野で、人類の歴史上、最も高い位置にいる。

知能指数が全てではないとは、よく言われる。
だが、それは、正しい測り方をするかどうかの問題であり、やはり、高い能力は高い知能指数に比例する。
著名な心理学者アブラハム・マズローは、大学院時代、知能テストを受けたところ、197という結果が出て、「なるほど」と納得したらしい。彼は謙虚ではあったが、なんとなく、他人よりも自分の方が頭が良いのではないかと感じていたらしいのだ。

では、知能指数よりも重要な能力はあるだろうか?
それはあるし、それを手に入れれば、望むなら高い知能指数も得られるだろう。
ニュートンが『エメラルド・タブレット』から得た力もそれと大いに関係があるか、あるいは、同じものだろう。
それは、ソクラテスがダイモーンと呼んだもので、彼は、哲学者、政治家、作家、あるいは、技術者など、職業に関わらず、それこそが、至高の能力をもたらすものであると言った。ソクラテスは、自分には知恵が無いが、ダイモーンに従うことで知恵を得ていると言っていたのだ。
では、ソクラテスは、それをどうやって得たのだろう。
時代と地域から言えば、ソクラテスはギリシャ神話に詳しかったし、話の中でよく引用もした。そして、彼のことだから、単に当時の慣習に倣って神々を崇拝したのではなく、どのような形であったかはともかく、神々を信じていた。ギリシャ神話に、深い大きな意味があることは、カール・グスタフ・ユングやカール・ケレーニィによるギリシャ神話の研究を見ても分かるが、ギリシャ神話を深く読めば、直接的に分かることである。
ギリシャ神話は、神話として、旧約聖書に比べ、やや地域による多様性はあるが、その価値は(旧約聖書と比べても)決して低くはなく、極めて高い。ヘシオドス、ホメーロス、あるいは、ウェルギリオースらの詩聖達による叙事詩で綴られた神話は、想像ではあっても、決して空想ではない。それこそ、ダイモーンがもたらしたものと言えるだろう。ヘシオドスは、彼に詩と神話を教えたのは、女神達(モーライ)であると述べているが、それが彼にとってのダイモーンであろう。

そして、最も純粋な形で至高の教えを伝えているのは、『バガヴァッド・ギーター』である。よって、これを深く熱心に読めば、ソクラテスに匹敵する、あるいは、それを上回る英知を得られるに違いない。
アメリカの科学技術者で探検家、講演家であったベアード.T.スポールディングは、自身、英知の力を得て14才で名門大学を卒業したが、彼が著した『ヒマラヤ聖者の生活探求』に登場する、超人的な大師達は、バガヴァッド・ギーターを読む時には、一度に一節のみを読み、1日に一章しか進まないといった読み方をするという。大師と称される解脱者ですらそうなのであるから、その価値は計り知れないものであると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ