学校で傲慢な教師や、たちの悪い級友に耐えたり、社会で頭を叩かれるのは、皆、魂を解放するための修行でしかないのだろう。魂を何から解放するのかというと、暗闇のベールとでもいうものだ。だが、我々の魂は、漆黒の夜空に輝く星のように、闇に消されるようなものではない。
多くの人の魂は、世間という闇に覆われて、輝きを失くしてしまっている。
だが、魂を解放して輝きを夜闇に放てるようになれば、我々は自由だ。
ベートーヴェンの第九の中の歌『歓喜の歌』で、歓喜とは、神の美しい火花(あるいは霊感)、楽園の乙女と表現されているが、それは、解放された魂の輝きのことだ。そして、魂そのものは、神あるいは楽園と一体のものである。
では、魂を確実に解放する良い方法とは何だろう。
最も重要なことは、食欲を克服することだ。食欲は魂を縛るのである。だから、飽食が蔓延っている世間の中の人々の魂は、牢獄にいる。牢獄は個室だ。本来、分離されていないものが分離されているのだ。
もう1つ重要なことを言えば、無駄なおしゃべりをしないことだ。沈黙は金というが、これはお金のことではない。魂を輝かせるということだ。
ラマナ・マハルシは、実相である神を知った後も、何年もの沈黙の行をしたが、口でも心でも、なるべく沈黙を守ることは優れた行である。
食を慎むのは楽しいことだ。それだけで魂が解放されていくのだ。これほど嬉しいことがあろうか?
沈黙もまたしかりである。話すときは、必要なことだけを端的に言うのだ。人の想念というものは、話さなくても照射されるのである。「大切なことは、言わなくても伝わる」のだ。
「ありがとうございました」
「何もしていない」
「はい。ずっとそばに居て下さいました」
~『BLOOD-C』より。小夜(さや)が、話す犬に言った言葉~
言葉では人を慰められない。心を癒すことはできない。沈黙が人の心を溶かすのである。
私は、食事を1日1回にし、肉食を絶って4年以上になるが、半年くらい前から、ようやく、食欲を克服できた。だが、そうなるまでも、食の慎みは楽しいものであった。魂が現れてくるのを感じるからだ。また、最近では、ほとんどの会話もやめてしまった。もちろん、話すべき時は話すが、私自身は何も話していない。口が話しているだけだ。
無愛想になれというのではない。むしろ、沈黙を守るなら、芝居の愛想良さよりずっと親切かもしれない。
好機が来ても私は打たない。拳自らが打つ。
~『燃えよ!ドラゴン』より。リーが師に言った言葉。~
魂を解放すればするほど、我々は自由になり自在になる。世界は意のままになる。
我々の魂から放出される光は、神の光、楽園の乙女・・・つまり、この上なく美しいものだ。
それが、ベートーヴェンの第九、天啓を得て書かれたシラーの詩『歓喜に寄せて』の意味するものだ。日本人だけの習慣かもしれぬが、年末に第九を聴くのは良いことだ。
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多くの人の魂は、世間という闇に覆われて、輝きを失くしてしまっている。
だが、魂を解放して輝きを夜闇に放てるようになれば、我々は自由だ。
ベートーヴェンの第九の中の歌『歓喜の歌』で、歓喜とは、神の美しい火花(あるいは霊感)、楽園の乙女と表現されているが、それは、解放された魂の輝きのことだ。そして、魂そのものは、神あるいは楽園と一体のものである。
では、魂を確実に解放する良い方法とは何だろう。
最も重要なことは、食欲を克服することだ。食欲は魂を縛るのである。だから、飽食が蔓延っている世間の中の人々の魂は、牢獄にいる。牢獄は個室だ。本来、分離されていないものが分離されているのだ。
もう1つ重要なことを言えば、無駄なおしゃべりをしないことだ。沈黙は金というが、これはお金のことではない。魂を輝かせるということだ。
ラマナ・マハルシは、実相である神を知った後も、何年もの沈黙の行をしたが、口でも心でも、なるべく沈黙を守ることは優れた行である。
食を慎むのは楽しいことだ。それだけで魂が解放されていくのだ。これほど嬉しいことがあろうか?
沈黙もまたしかりである。話すときは、必要なことだけを端的に言うのだ。人の想念というものは、話さなくても照射されるのである。「大切なことは、言わなくても伝わる」のだ。
「ありがとうございました」
「何もしていない」
「はい。ずっとそばに居て下さいました」
~『BLOOD-C』より。小夜(さや)が、話す犬に言った言葉~
言葉では人を慰められない。心を癒すことはできない。沈黙が人の心を溶かすのである。
私は、食事を1日1回にし、肉食を絶って4年以上になるが、半年くらい前から、ようやく、食欲を克服できた。だが、そうなるまでも、食の慎みは楽しいものであった。魂が現れてくるのを感じるからだ。また、最近では、ほとんどの会話もやめてしまった。もちろん、話すべき時は話すが、私自身は何も話していない。口が話しているだけだ。
無愛想になれというのではない。むしろ、沈黙を守るなら、芝居の愛想良さよりずっと親切かもしれない。
好機が来ても私は打たない。拳自らが打つ。
~『燃えよ!ドラゴン』より。リーが師に言った言葉。~
魂を解放すればするほど、我々は自由になり自在になる。世界は意のままになる。
我々の魂から放出される光は、神の光、楽園の乙女・・・つまり、この上なく美しいものだ。
それが、ベートーヴェンの第九、天啓を得て書かれたシラーの詩『歓喜に寄せて』の意味するものだ。日本人だけの習慣かもしれぬが、年末に第九を聴くのは良いことだ。
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食の慎みができるようになると、強い信念・意志が生まれそうです。