ソフト開発技術者には、オタクが多いという話を聞いたことがあるかもしれない。
だが、今は企業では、ソフト開発技術者に、世間的な健全さを求めることが多いのではないかと思う。
つまり、明るく、礼儀正しく、常識があり、ちゃんと挨拶ができる・・・といった感じだ。
だが、ソフト開発技術者の大半とは言わないが、普通の会話が苦手で、酒は飲まず、社員旅行や忘年会には参加しないというタイプは多いはずである。
それで、腕は抜群なんだが、変わっているという理由で評価されず、嫌な思いをしている人も多いのではないかと思う。

ソフト開発業界というのは、もっと歴史が浅い頃は、ある意味で健全な業界だった。
つまり、良心に反する行いをするのでなければ、どんな人間でも、能力が高ければ一目置かれたのだ。
今はそうではなくなったとすれば、それは、ソフト開発業界も、黎明期は過ぎたということだろうか。
だが、どんな産業も、成熟期になれば利益第一となり、活力や面白さはなくなってくる。

技術者というものは、技術が第一であり、会社に媚を売っているようではいけない。
あまりに自己中心的であっては良くないのは当然だが、善意を持っているなら、普通の人の真似をする必要はない。
だが、これからは、技術を超えた何かを持っていなければならないのだ。
それは、英知と言って良いものだ。思考を通さずに、直感的に正解にたどり着く能力と言って良い。
普通の人が長時間考え、議論を重ねて出した答よりも、はるかに優れた答を一瞬で導き出すことができるようにならなければならない。
そして、それは、学校などで行われている教育とは全く異なった方法で得られるものだ。
それが得られれば、技術の動向が変わり、世の中の流行がどう変わっても心配することはない。それは、決して流行に追随するという意味ではない。むしろ、つまらない流行から離れることができるだろう。
そんな英知のヒントの1つが、ソクラテスを導いた内なる知恵であるダイモーンである。それは、誰の内にもあるものだ。
このブログの目的も、そのようなものを、我々が持つことにある。それは、ソフト開発技術者、あるいは、技術者に限定されるものではもちろんない。
ソクラテスも、哲学者、作家、技術者に関わらず、彼らに優れたことをさせるのは、内なる英知なのだと言った。それは、学校教育の中では全く顧みられていないが、それをはるかに超えるものである。









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