心の苦しみには2種類ある。
苦しむべき苦しみと、苦しむべきでない苦しみだ。
そして、本当は、全て、苦しむべきでない苦しみなのだ。
心が苦しい時の状態を敢えて言葉で言えば、「胸が痛い」「胸が張り裂けそう」「心が揺れ動いている」「心が寒い」といったところである。
心は、心臓の神経に関係が深いので、胸の症状に現れる、
怒っている時や興奮している時というのは、「頭に血が昇る」の通り、頭に現れるが、血と共に脳に多量に送られる酸素を抑制するために、呼吸機能が低下して息苦しくなる。激怒している人や緊張し過ぎている人の呼吸が荒いのはそのためだ。
実をいうと、苦しみの大きなものが怒りや興奮なのである。
怒りや興奮というのは快感なのだ。だから、苦しみも度を越すと、かえって喜びになるのである。しかし、それは、破滅的な快楽であり、度重なると頭脳や心を破壊する。
マゾヒスティックな人というのは、慢性的な苦しみを抱えているのだが、それを興奮に変えて快楽に変換しようとしているのである。だが、破滅したくなければ、早くやめることだ。
苦しみを、刺激や興奮で解消しようなどとは、決して思わないことだ。
酒で苦しみを忘れるなんてのも嘘だ。やはり、アルコールで神経を刺激して心を興奮させることで、苦しみを快感に変えようとしているのである。
だから、苦しいことが多い人が酒を飲むと荒れるのである。
一方、心静かな人であれば、いくら飲んでも酔わないのである。
政木和三さんが、どこの国だったか忘れたが、海外で、恐ろしく強い酒を一気に飲んでケロリとしていた話を時々されていた。彼は、「信念が強ければ酔わないのだ」と言われていたが、信念が強い人とは、心が静かな人なのである。
私も、普段、酒を全く飲まないのだが、ある時、中華料理店で、マオタイの一気飲みをしたことがある。マオタイは、ウォッカ以上に強いといわれる中国の酒だが、確かに心臓は高鳴ったが、全く酔わなかった。(決して真似をしないように。急性アルコール中毒で命を落とす恐れもある)
ドナルド・レーガンも大統領時代、中国の長城飯店(グレイト・ウォール・ホテル)で、中国の首相が先にやったのに倣って男らしくマオタイの一気飲みをやったらしい。尚、彼は、高齢だったとはいえ、酒は強かったらしい。ところで、私も長城飯店で、中国の楽器の生演奏で優雅に食事をしたことがある。日本の音楽を沢山演奏してくれたが、私のグループに気を使ってくれたのかもしれない。そんなことをするのは、珍しいことだそうだからだ。だが、紹興酒を少し飲んで酔ってしまった。浮かれて心が騒いでいたのだろう。
最初の話に戻るが、心が苦しまないためには、酒に酔わない状態、つまり、心が静かであればいいのである。
もっとも、ラマナ・マハルシが、「あらゆる聖典は、つまるところ、心を静かにしろと書いてある。だから、それが了解できれば、際限なく読む必要はない」と言った通り、心を静かにするというのは、聖典の説く究極目標であるようだ。当然、容易ではない。
心を静めるためには、苦しみを怒りにするのとは反対の方向、つまり、血を下に下げれば良い。血圧は下がり、年配者であれば、卒中も防げる。方法としては、歩くか、複式呼吸をやればいい。よく歩く人に血圧の高い人は少ないものだ。
車社会になればなるほど、不健康で心の荒れた人が多いのは当然なのだ。人は歩くことで、頭から余分な血を下げ、考えすぎることを防ぎ、心を調整するのである。優れたアイディアは必ず散歩中に得られると言う作家は多いのだ。
私は、滅多なことでは車を使わず、歩くことにしている。私1人なら、車を保有することはないが、親が脚が悪いので小さな車(マツダ・デミオ)を1台持っている。
心を静めるもう1つは、マントラ(呪文)を唱えることだ。マントラというのは、想念をなるべく起こさない音の言葉が選ばれているのだ。民族や育ちにより、多少の違いはあるかもしれないが、実際はそんなに違わない。
インドでは、「オーム」が最も知られ、これが我が国の古神道では「阿吽(あうん)」となっている。「ナ・ダーム」という言葉が最も良好であったという研究結果もあるようだ。
私は、頭に血に昇ることの多いセールスマン時代、仏様や菩薩様のマントラを心の中で唱えていた。例えば、観世音菩薩なら「オン、アロリキャ、ソワカ」だし、阿弥陀如来なら、「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だ。もちろん、「南無阿弥陀仏」でも良いのである。
また、聖書の詩篇23や91を読むことに絶大な効果があるのは、これらの詩が、心を静かにするからである。
心が完全に静かになれば、すなわち、無になったということだ。そうなれば、人に不可能はなく、全てが思い通りになる。
このブログで何度かご紹介したが、第2次世界大戦中、英国のある部隊が全員、詩篇91を暗記して定期的に唱え、5年間の戦闘で死者を1人も出さなかった話が、F.H.ロースンの本や、それを引用したジョセフ・マーフィーの本に書かれている。
また、下にご紹介した、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の5巻には、著者のベアード.T.スポールディングがロンドンにF.H.ロースンを訪ね、彼が使う至高の言葉(マントラと言って良いと思う)が見せた奇跡について書かれている。私も、苦しい時にはよく使っている。この『ヒマラヤ聖者の生活探求』5巻は、単独で読んでも良い、秘法満載の貴重な書と思う。
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苦しむべき苦しみと、苦しむべきでない苦しみだ。
そして、本当は、全て、苦しむべきでない苦しみなのだ。
心が苦しい時の状態を敢えて言葉で言えば、「胸が痛い」「胸が張り裂けそう」「心が揺れ動いている」「心が寒い」といったところである。
心は、心臓の神経に関係が深いので、胸の症状に現れる、
怒っている時や興奮している時というのは、「頭に血が昇る」の通り、頭に現れるが、血と共に脳に多量に送られる酸素を抑制するために、呼吸機能が低下して息苦しくなる。激怒している人や緊張し過ぎている人の呼吸が荒いのはそのためだ。
実をいうと、苦しみの大きなものが怒りや興奮なのである。
怒りや興奮というのは快感なのだ。だから、苦しみも度を越すと、かえって喜びになるのである。しかし、それは、破滅的な快楽であり、度重なると頭脳や心を破壊する。
マゾヒスティックな人というのは、慢性的な苦しみを抱えているのだが、それを興奮に変えて快楽に変換しようとしているのである。だが、破滅したくなければ、早くやめることだ。
苦しみを、刺激や興奮で解消しようなどとは、決して思わないことだ。
酒で苦しみを忘れるなんてのも嘘だ。やはり、アルコールで神経を刺激して心を興奮させることで、苦しみを快感に変えようとしているのである。
だから、苦しいことが多い人が酒を飲むと荒れるのである。
一方、心静かな人であれば、いくら飲んでも酔わないのである。
政木和三さんが、どこの国だったか忘れたが、海外で、恐ろしく強い酒を一気に飲んでケロリとしていた話を時々されていた。彼は、「信念が強ければ酔わないのだ」と言われていたが、信念が強い人とは、心が静かな人なのである。
私も、普段、酒を全く飲まないのだが、ある時、中華料理店で、マオタイの一気飲みをしたことがある。マオタイは、ウォッカ以上に強いといわれる中国の酒だが、確かに心臓は高鳴ったが、全く酔わなかった。(決して真似をしないように。急性アルコール中毒で命を落とす恐れもある)
ドナルド・レーガンも大統領時代、中国の長城飯店(グレイト・ウォール・ホテル)で、中国の首相が先にやったのに倣って男らしくマオタイの一気飲みをやったらしい。尚、彼は、高齢だったとはいえ、酒は強かったらしい。ところで、私も長城飯店で、中国の楽器の生演奏で優雅に食事をしたことがある。日本の音楽を沢山演奏してくれたが、私のグループに気を使ってくれたのかもしれない。そんなことをするのは、珍しいことだそうだからだ。だが、紹興酒を少し飲んで酔ってしまった。浮かれて心が騒いでいたのだろう。
最初の話に戻るが、心が苦しまないためには、酒に酔わない状態、つまり、心が静かであればいいのである。
もっとも、ラマナ・マハルシが、「あらゆる聖典は、つまるところ、心を静かにしろと書いてある。だから、それが了解できれば、際限なく読む必要はない」と言った通り、心を静かにするというのは、聖典の説く究極目標であるようだ。当然、容易ではない。
心を静めるためには、苦しみを怒りにするのとは反対の方向、つまり、血を下に下げれば良い。血圧は下がり、年配者であれば、卒中も防げる。方法としては、歩くか、複式呼吸をやればいい。よく歩く人に血圧の高い人は少ないものだ。
車社会になればなるほど、不健康で心の荒れた人が多いのは当然なのだ。人は歩くことで、頭から余分な血を下げ、考えすぎることを防ぎ、心を調整するのである。優れたアイディアは必ず散歩中に得られると言う作家は多いのだ。
私は、滅多なことでは車を使わず、歩くことにしている。私1人なら、車を保有することはないが、親が脚が悪いので小さな車(マツダ・デミオ)を1台持っている。
心を静めるもう1つは、マントラ(呪文)を唱えることだ。マントラというのは、想念をなるべく起こさない音の言葉が選ばれているのだ。民族や育ちにより、多少の違いはあるかもしれないが、実際はそんなに違わない。
インドでは、「オーム」が最も知られ、これが我が国の古神道では「阿吽(あうん)」となっている。「ナ・ダーム」という言葉が最も良好であったという研究結果もあるようだ。
私は、頭に血に昇ることの多いセールスマン時代、仏様や菩薩様のマントラを心の中で唱えていた。例えば、観世音菩薩なら「オン、アロリキャ、ソワカ」だし、阿弥陀如来なら、「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だ。もちろん、「南無阿弥陀仏」でも良いのである。
また、聖書の詩篇23や91を読むことに絶大な効果があるのは、これらの詩が、心を静かにするからである。
心が完全に静かになれば、すなわち、無になったということだ。そうなれば、人に不可能はなく、全てが思い通りになる。
このブログで何度かご紹介したが、第2次世界大戦中、英国のある部隊が全員、詩篇91を暗記して定期的に唱え、5年間の戦闘で死者を1人も出さなかった話が、F.H.ロースンの本や、それを引用したジョセフ・マーフィーの本に書かれている。
また、下にご紹介した、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の5巻には、著者のベアード.T.スポールディングがロンドンにF.H.ロースンを訪ね、彼が使う至高の言葉(マントラと言って良いと思う)が見せた奇跡について書かれている。私も、苦しい時にはよく使っている。この『ヒマラヤ聖者の生活探求』5巻は、単独で読んでも良い、秘法満載の貴重な書と思う。
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私の母を苦しませる人です。
その人が憎くてたまりません。
私の大切な母を、疲れさせ、苦しませます。
また、そのことが、私を苦しませるのです。
私は、そのことで、訴え、泣き叫びましたが、その人が変わることはありませんでした。