私は、無知なのだろうが、ギリシャといえば、ギリシャ神話の国という認識しかない。
そして、日本は古事記の国であり、ギリシャも日本も、神々のいる国である。
中国は、道(タオ)の国だ。
しかし、日本もギリシャも神を忘れ、中国は道を忘れてしまった。
ギリシャの崩壊が話題になっているが、日本も中国も、それと五十歩百歩というところだ。
ギリシャ神話も、古事記も、ただ、自然の中に神々が存在するということなのであり、中国の道(タオ)は、やや理屈っぽいだけで、本質的には同じだ。
つまり、自然を司る英知の存在を感じ、それを、神とか道とか言ったのである。
人間は、大昔から、人間が足元にも及ばない英知と力が確かに存在することを感じ、それを畏怖し、謙虚になることを覚えたのだが、それらを崇拝しているうちに、神や道と言ってきた英知は案外に身近にあるし、よくよく探求すれば、自分自身の内にもあることがはっきり分かったのである。
我々の生命自体が至高の英知に溢れた自然なのである。
世界がますますおかしくなっているのは、人間が、自分より高いものの存在をないがしろにし、人間を最高のものとして、欲望のみを追求した結果だろう。
人間の心も価値のあるものだが、宇宙の心ほどではない。素粒子を作り、生物を進化させ、星を運行させる宇宙の英知は、人にははかり知ることのできないものである。
そして、我々の精妙な身体を創り、機能させる力もまた、人の心の及ばない宇宙の英知である。
身の程を知るなら、全ての問題は、問題ではなくなるだろう。本当は、非常に簡単な問題である。
ただ、壷の中のリンゴを掴んで、手が抜けなくなった猿のように、人類は、欲望を掴んだまま問題を解決しようという愚かなことをしているのである。
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そして、日本は古事記の国であり、ギリシャも日本も、神々のいる国である。
中国は、道(タオ)の国だ。
しかし、日本もギリシャも神を忘れ、中国は道を忘れてしまった。
ギリシャの崩壊が話題になっているが、日本も中国も、それと五十歩百歩というところだ。
ギリシャ神話も、古事記も、ただ、自然の中に神々が存在するということなのであり、中国の道(タオ)は、やや理屈っぽいだけで、本質的には同じだ。
つまり、自然を司る英知の存在を感じ、それを、神とか道とか言ったのである。
人間は、大昔から、人間が足元にも及ばない英知と力が確かに存在することを感じ、それを畏怖し、謙虚になることを覚えたのだが、それらを崇拝しているうちに、神や道と言ってきた英知は案外に身近にあるし、よくよく探求すれば、自分自身の内にもあることがはっきり分かったのである。
我々の生命自体が至高の英知に溢れた自然なのである。
世界がますますおかしくなっているのは、人間が、自分より高いものの存在をないがしろにし、人間を最高のものとして、欲望のみを追求した結果だろう。
人間の心も価値のあるものだが、宇宙の心ほどではない。素粒子を作り、生物を進化させ、星を運行させる宇宙の英知は、人にははかり知ることのできないものである。
そして、我々の精妙な身体を創り、機能させる力もまた、人の心の及ばない宇宙の英知である。
身の程を知るなら、全ての問題は、問題ではなくなるだろう。本当は、非常に簡単な問題である。
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もしかしたら財産を一人占めせずに分かち合える様な人を言ったものかもしれないと思った事も在りましたが確認しないままでした。
Kayさんのブログを読む様のなってからこの疑問は確信に変わってきました、また一つ先人達の言葉の巧みさに感謝です。