ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2026年06月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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引き寄せ最大級のコツ

アメリカの神秘家ヴァーノン・ハワードの本の中で、私にとって最も印象的な部分は、
「あなたは何をしても許されるが、ただ1つ、言い訳だけは許されない」
だ。
その通りだ。言い訳をしなければ不幸になることはない。

では、引き寄せで最も重要と思われること、すなわち、これを守れば引き寄せが出来るというものがあるとすれば、それは、
「泣き言を言わない」
だろう。
引き寄せが出来ない者は、本人は無自覚でも、話を聞いたら泣き言を言うものだ。
そして、そんな者は言い訳をする。そこから始まって、見栄を張るが、それは嘘をつくことと同じだ。
全ての元凶は泣き言である。

お金、恋人、健康に欠ける者は、ほとんどの場合が泣き言を言う者である。
愚痴って言うのも大抵泣き言だ。
詐欺に遭って大損しても、泣き言を言わなければ、それが経験になって何倍も儲け返す。
泣き言を言う者は、また騙される。
泣き言を言う者ほど騙し易い者はないらしい。

イエスは「あなた達が必要なものなど、神はとっくにご存じだ」と言ったが、人間が望むものは、金、愛、健康である。
自己実現を目指しているようなことを言う者もいるが、ほとんどの場合は、それにより、金、愛、健康が得られると思っているだけだ。
よって、いちいち願いを言う必要もないが、「富、愛、不死身」とでも唱えて泣き言を決して言わなければ、面白いように引き寄せが起こると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)なぜあなたは我慢するのか(ヴァーノン・ハワード)
(2)スーパーマインド(ヴァーノン・ハワード)
(3)あなたも幸せになれる(ジョセフ・マーフィー)
(4)あなたも金持になれる(ジョセフ・マーフィー)

秘密の花園で捕まえて
AIアート3192
「秘密の花園で捕まえて」
Kay

正しい断ち物のやり方

どうしても叶えたい願いがあるなら、誰かに言われたり、教わったりしなくても、自ずと「断ち物」をすることが多い。
断ち物とは、かなり好きな嗜好品や趣味をやめることだ。
例えば、酒、チョコレート、コーヒーをやめるなどである。
日本の有名な断ち物としては、上杉謙信の女絶ち、春日局(かすがのつぼね)の薬絶ちがあり、上杉謙信は戦で無敗、春日局は幼少期の徳川家光の病が癒えた。
断ち物に引き寄せ的な効果と言うより、願いの真剣さを示すことで集中力や粘りを高めるから叶うとも考えられるが、予期せぬ出来事で道が開けるといった不思議な経緯で願いが叶った話も多い。

断ち物にも種類があるように思う。
たとえば、水野南北のように、酒は大好きだが1日1合までに制限するなどだ。
エマニュエル・スウェーデンボルグも、天使に「満腹するまで食べて自分を甘やかすな」と言われ、それを守ったようだ。
孔子は「心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず」と言い、自分の思うままに自由に行動しても、決して人としての道徳や規範から外れないことを自分に課していた。
もっと分かり易く一般的な言い方をすれば、「勝手気ままに振る舞いたい心を抑える」ということになる。
そして、この「勝手気ままに振る舞いたい心を抑える」さえ憶えておけば人生勝ったも同然である。
これは、一言で言えば「自己制約」、あるいは、もっとよく聞く言葉で言えば「掟」である。
上杉謙信や春日局はやり過ぎで、度を超えない範囲で慎み深くやれば良いのである。
完全に絶ってしまうより、ほどほどにやる方が難しい場合もあるように思うが、それも最初のうちである。
ほどほどに出来るバランスも大切なのだ。
だから、上杉謙信や春日局よりも、水野南北やスウェーデンボルグの方が良い模範であると思う。
掟と言ったら厳格なイメージがあるが、水野南北のように「酒は一日一合まで」というのも立派な掟である。
空海も酒一合は認めていたらしいが、最澄は禁酒を門下に課した。最澄が悪いとは言わないが、空海のやり方もありである。
まあ、当時は暖房事情が悪いということもあったが。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)スウェーデンボルグの霊界日記
(2)修身録(水野南北)
(3)空海入門(ひろさちや)

フラジル
AIアート3191
「フラジル」
Kay

貧しくても出来る幸運術

運を良くするとか、引き寄せを起こし易くするためには、徳を積む必要があるようだ。
では、徳を積むとはどういうことかだが、普通に思いつくのは善行だ。
だが、幸運や名誉のために善行をするというのも、どこかいやらしい。
そこで、こんな話がある。
江戸時代の観相家(顔や身体の相で占う占術家)であった水野南北が若い時、立派な観相家に「お前は近く死ぬ」と言われた。
怯えた南北は仏道に入ろうとするが、寺では彼を追い払う言い訳だったかもしれないが、「1年間、大豆だけを食べたら入門させる」と言う。南北は仕方なく、大豆だけを食べる生活をする。
それで月日が流れ、南北があの観相家に再会した時、観相家は「お前の死相がなくなっている。寺でも建てたのか?」と言う。そこで南北が大豆だけを食べている話をすると、観相家は、「食を節することは最大の徳だ」と言う。
つまり、食を慎みことは、寺を建てることに匹敵するほどの徳であるというわけだ。
南北は、食の慎みこそが最大の徳で、運勢は完全に食の多少で決まると主張した。

私も、少食粗食はやったことがあるが、私のはやり過ぎだったと思う。20日ほど絶食したり、数か月間、1日1個のカップヌードルの食事をしたりだ。
少食粗食はお勧めするが、何事もほどほどに行う必要がある。
私はある時期から、エマニュエル・スウェーデンボルグが天使に言われたように「満腹するまで食べて自分を甘やかさない」が出来れば十分と思うようになった。

法然、親鸞は、念仏に優る徳はないと言ったのだと思う。
親鸞の教えが書かれた『歎異抄』には、「念仏に優る善行はなく、念仏を唱えても許されない悪行もない」と書かれている。
実は、その根拠は「経典に書かれているから」だが、その経典は、『浄土三部経』と言われる3つの教典と言われている。
だが、私は『華厳経』の『十地品』にあると思うが、今のところ、研究者の間でもはっきりしないところが多いものだ。
とはいえ、南無阿弥陀仏、アミタ、アミターバなど、自分の好む言葉で唱えれば、おそらく確実に効果がある。

昔、あるメチャクチャモテるミュージシャンの男性が、女の子はいくらでも寄って来るが、未成年には絶対に手を出さないと決めていたらしい。そんなふうに、放埓(勝手気まま)に振る舞うことのないよう自分に制限をかける者には神が力を与える。
モテなくても一向差し支えなく、たとえば女子高生には手を出さないと勝手に決めれば同じである。
一方で、念仏にはそんな制限は全くない。
ちなみに、水野南北の少食の教えもそうで、食さえ慎めば何をしても問題ない。
どれでも同じである。1年365日続けば。
私など、プランク1年まで後わずかで、それでどんな願いも叶うのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)
(3)華厳経入門 (角川ソフィア文庫)
(4)修身録(水野南北)

小さな心臓の音
AIアート3190
「小さな心臓の音」
Kay

安らいでばかりだと地獄を見る

誰しも平安を求める。
だが、平安ばかりになると人間は駄目になることはご存じのはずだ。
しかし、心配ご無用だ。
平安ばかりを求めると、夫や妻が浮気をしたり、子供がぐれたりと、ちゃんと平安を破ることが起こる。

ゲーテの『ファウスト』で天上の神も言っていた。
「人間は完全な安楽を求める。そんな人間のところには悪魔を送る」

新しいことに挑戦するとか、自分がやるべきと思うことをやると、必ず困難や苦痛を味わう。
それを積極的にやる人間は、神もただ見守るのだろう。
だが、挑戦や義務を放棄すると、悪魔はあなたを見逃さない。

私は子供だったが、昔、『涙弾』という漫画(非常に長い漫画だ)の中で、ある女性が言ったセリフが強烈な印象に残っている。
「人間は安定を求めた時に生きるのをやめるんですね」

だが、何をしたらいいか分からないという変な人が多くなった。
新しく挑戦すべきこと、自分の使命・・・等を、誰も用意してくれないからだ。
やることを、親や学校に決められてきた。決められたことしかやらないという、安定人生を送ってきた者達だ。
試験でいい点を取ることしかしなかった者達だ。
何言ってるのだと言いたい。
家の手伝いとか、掃除とか、人助けとかをすればいいだけだ。
やって褒められること、チヤホヤされること、ご褒美をもらえることばかりやってきたから、自分がやるべきことが分からないのだ。
頼まれたことをやれば良い。出来る範囲ならタダで。
そうすれば、自分探しなんかしなくても自分が分かってくる。
今は皆、儲かることや褒められることしかしなくなった。だからかえってトラブルが多いのだ。
歳を取った親がいるなら、面倒を見ることだ。嫌いな親であっても。
儲からないこと、褒められないことでも、やるべきことをやることを「徳を積む」と言うのだ。
徳を積む人間は、いすれは幸運に恵まれる。

江戸時代の武士は、ただの特権階級で、働かず食べられた。農民の税で。
その平安に甘んじている武士は、圧倒的権限を持つ上の者からモラハラ、パワハラに遭い、悲惨な状態になった。
新渡戸稲造だったか、武士は働かずに農民の働きで食っていることに後ろめたさを感じ、せめて立派な人間になろうとしたことで武士道が生まれたなんてきれいごとを言っていたが、本当は、抵抗出来ない権力により悲惨な目に遭わないための教訓が武士道になったのだろう。
それで武士は、上司の機嫌を取り、人間関係に気を使い、うまく立ち回って身の安全を計った。今のサラリーマンと何の違いもない。
宮本武蔵も勘違いしていたが、江戸時代はもう剣の腕で身を立てられる時代ではなかった。
だが武蔵も、歳を取ってからはそれを悟り、息子(養子)には剣の修行をさせずに学問を積ませ、処世術を身に付けさせて出世させたのである。

ニートをやっていて平安なはずがない。
嫌なことがどんどん起こるはずだ。私もニートだったからよく分かる。
私は嫌なことを消そうと頑張っているうちにプログラマーになったのだが、多少の困難はいつもあった。それは良いことで、それがなかったら大きな困難、つまり、悲惨に陥る。

良い秘訣があるとしたら、荘子が言うように、なりゆきにまかせることだ。
つまり、宇宙の流れに逆らわないことである。
なりゆきにまかせることは生易しいことではない。
ニートがゲーム機を取り上げられても、好きな彼女がイケメンにかっさらわれても、必要なことはしても、結果駄目なら仕方がないと思うのだ。なりゆきで対抗手段が残っていれば対抗するだけのことだ。
だが、どうしようもないことをクヨクヨ考えないことである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)考えて仕方があること・仕方がないこと(中山正和)
(2)ファウスト(一)(ゲーテ。新潮文庫)
(3)新釈 荘子 (PHP文庫)
(4)涙弾1(伊賀和洋、小池一夫)

戦いの時
AIアート3189
「戦いの時」
Kay

物がない美しい部屋への憧れ

歳を取ったら、物を持たないことが幸せだと分かるという話があるが、私は、憶えている限り、小学5年生の時には、部屋の中に何もないことが幸せだと思った。
その想いが段々明確になり、中学生になる頃は、部屋の中になるべく物を置かないようにした。
ところが、私の母親が、とにかく物を買うのが大好きで、際限なく物を買って家の中が物で溢れてくるし、押入れの中や棚の中も空きがなくなっていった。
そして、母親は、物を置く場所がなくなると、私の部屋に自分が使わない物を置くようになり、私が学校から帰ってきたら邪魔な物が置かれているという状況だった。

お金持ちの家は本当に物がない。
それで、お金持ちは、物を買わないことが分かる。
お金持ちの家は、よく片付いているという印象があるが、そもそも、物を買わないので物がないのである。
そして、ようやく統計的なデータで分かってきたのが、お金持ちのほとんどは普通の職業の人で、特に高収入でもなく、単に、お金を使わないだけだということだ。
私の金持ちの知り合いの家も、やはり物がなく、家の中が非常にすっきりしている。
高収入であっても、物が多く、玄関にも沢山の靴が出ている家は、借金も多いことが薄々分かった。

人が亡くなると、何百万円もする高額な仏壇を買わせようと手ぐすね引いている業者が多いが、高い以前に、そんな仏壇は大きく、家の中の空間が圧迫される・・・早い話が邪魔だ。
恥ずかしながら、私の家にも高い仏壇があるが、親が業者に押し売りされたものだろう。
しかし、数万円(1~4万円)で、こじんまりとした、けばけばしさのない仏壇が買える。そんな仏壇の方が、清浄で心安らぐ感じがする。
葬儀会社も、葬式の後、弔いセットみたいな、大きな電灯がついた花やら何やらでいっぱいのものを持って来て勝手に設置し、部屋を占領してしまう。
そんなものいらないと言って持って帰ってもらうと良い。

プレゼントに置物を持ってくる者は〇〇だ(自主規制)。
訪問のお土産は、誰でも手軽に食べられる小さめの柔らかい和菓子やバームクーヘンが良いだろう。
大きな甘いお菓子や硬いおかきは銘菓と宣伝されていても避けるべきだろう。
持ってくるお土産で、訪問者の知性が分かる・・・は言い過ぎかもしれないが、今は本当の意味での知的レベルに問題のある人が多い。

金持ちになるなら、何よりまず物を買わないことだ。
躓き易いこととして、物を収納するための棚を買うことがある。棚自体が邪魔な物だ。
棚があると、中に物が詰まっていって物が増えるのである。
物が少なければ、そもそも、棚はほとんどいらない。
実際、ゴミ屋敷化した家で処分に困るのが棚やキャビネットなどだ。
長年物を溜めまくった人が、収納のために棚を買うとか言い出したら、可能なら怒鳴ってでも止めた方が良い。ますます物でごった返すことになるだけだからだ。

昔と違って、今はテレビも必要ないので、スペース的に余裕が出来て良いだろう。
新聞を取らなければ、新聞紙を溜めておく場所も不要になる。
今の時代、賢い人はテレビも新聞も見ない(と思う)。
テレビと新聞をやめたらお金も貯まると思う。
新聞代やNHKの受信料以前に、無駄な物を買ってしまうのはテレビと新聞の影響が大きいからだ。

一人暮らしなのに、月給の手取りが15万円で生活が困窮しているという人の話をYouTubeで見たことがあるが、それはおかしい。
一人暮らしで、高くないアパートに住んでいれば、少なくとも3万円の貯金は余裕で出来る。
そんな生活をする者が、やがて金持ちになる。
推し活も良いが、グッズを買う者は残念ながら貧しいままだ。親が豊かでも、いずれ貧しくなると思う。

ただ、お金持ちは、一緒に食事に行ったら、高いものをご馳走してくれることが多いと思う。
だが、その金持ちも、普段の食事は質素なのである。
あるいは、金持ちは、安くて美味しいお店を知っていて、そこの店主と仲良しだったりする。
税金、社会保険料、消費税、車検、保険代も高いが、節約家初心者の私でも月15万円、年180万円以内で生活しようと思う。容易いはずだ。賢くなれば、もっと少ない額で済むようになるだろう。
それで貯金は果て無く増えていくだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)節約する人に貧しい人はいない。
(2)ぼくたちに、もうモノは必要ない。
(3)となりの億万長者(トマス・J・スタンリー)
(4)元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者

彼女のお部屋
AIアート3188
「彼女のお部屋」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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