ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2025年03月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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覚醒の条件

画家、作家、講演者だった足立幸子さんが著書の中で「漫画家は宇宙の法則を分かっている人が多い」といったことを書かれていたが、これは今で言うライトノベル(正確な定義はないが漫画的雰囲気のある小説といったところか)作家も同じと思う。
確かに、漫画やライトノベルにはスピリチュアルな意味で鋭いと感じるものが多いが、突き詰められてはおらず、また、言葉を使わざるを得ないことから、やや本質から外れていることも多いが、時には聖典並の情報が込められていることもある。

そして、1冊とか、1人の作家の主張ではなく、多くの作家が示し合わせたように共通のことを述べていることがある。
その重要なものの1つが「覚醒の条件」だ。
覚醒とは、簡単に言えば、平凡な人間を超えることだ。ただ、言い換えれば、本来の人間に戻ることで、客観的には超人や超能力者に見えることが多い。
そして、その覚醒の条件は正確だと思う。
優れた作品に共通する覚醒の条件は何か?
まあ、言葉ではっきり書いていることがあるかどいうかは分からないが、ある意味、言葉で書くより分かり易い。
その中で、『8マン・インフィニティ』で、8マンである東八郎は、8マン・ネオである東光一について「彼は優しいのだ。途方もなく」と言っていたのが、その条件を最も適切に言い表していたと思う。
その言葉を当てはめれば、全ての優れた作品の、様々な意味での覚醒者の覚醒した条件がそれであることが、疑いようもなく分かる。
歴史的な作品の『美少女戦士セーラームーン』の月野うさぎや、『葬送のフリーレン』のフリーレンはまだ未熟だが、勇者ヒンメルがまさにそうだろう。
今、世界的にヒットしている『俺だけレベルアップな件(英タイトル:Solo Leveling)』の、主人公の水篠旬や、その息子の水篠護も、本当にそうである。

『老子』に、「私は3つの宝を持つ」と書かれている。
それは、慈愛と倹約と人の前に立たないことだ。
倹約とは無駄にしないこと、人の前に立たないとは自分がないことだ。
そして、慈愛とは、やはり、途方もなく優しいということだ。

ただ、「途方もなく優しくなれ」と言われてなれるものではない。
カート・ヴォネガットは、地球上でのただ1つの決まりは、人に優しくすることだと言ったが、言われて出来ることではない。
一方で、それは言われなくても出来る、本来の人間の姿でもある。
思考を消せば、誰もが途方もなく優しいのだ。
思考を消すとは、簡単に言えば、頭の中のおしゃべりを止めること、つまり、言葉を使わないことだ。

誰かが、ラマナ・マハルシに重要な質問をしたが、マハルシは答えなかった。
だが、質問者は気付き、一応、「今の沈黙を答としてよろしいですか?」と尋ねると、マハルシは「そうだ」と肯定した。
まあ、本当は、確認する必要も、それに答える必要もなかったのだが、言葉とは、そのくらいのことに使うものだ。

そして、思考を消すには・・・しじま(静寂)を友とするには、今の人には、長く静かな呼吸をするくらいしか出来ないかもしれない。
しかし、長く静かな呼吸は出来る。
それをやりやすくする方法の1つが「ナ・ダーム呼吸」で、心で「ナ」と唱えながら息を吸い、「ダーム」で細く長く吐く。
合うなら、ネドじゅんさんの「エレベーター呼吸」でも良いと思う。
『弓と禅』の弓聖の呼吸法は身に付ければ超人化すると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)あるがままに生きる(足立幸子)
(2)8マン・インフィニティ(1)(七月鏡一、鷹氏隆之)
(3)国のない男(カート・ヴォネガット)
(4)老子 (岩波文庫)
(5)弓と禅(オイゲン・ヘリゲル)
(6)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)

早春
AIアート1574
「早春」
Kay

告白は地獄への道

「今この瞬間、私は何をしているのか?」
それを、頭の中でも言葉にせずに問えば、リモートコントロールから離れることが出来る。
頭の中でも言葉にしないというのが難しい。
一度は言葉にしても良い。
「今この瞬間、私は何をしているのか?」
だが、言葉で問うた時には何も起こらない。
しかし、このことを言葉にせずに自分に問えば、自由になり、力を取り戻す。

きれいな花を見た時、心の中で「きれいだなあ」と言葉にしてはいけない。
言葉にせずに、美しさを感じるのだ。
「考えるな、感じろ」という有名な言葉があるが、もっと良い言い方は、「言葉にするな、感じろ」だ。

「言葉って大切なものだろ?」
と言いたいかもしれない。
その通りだが、言葉を大切にするとは、余計な言葉を使わないことだ。

告白なんてのは最低のことだ。
『灼眼のシャナ』というアニメで、池速人が吉田一美に、こんなことを言った場面がある。
「僕、池速人は、吉田一美さんが好きです」
なんと気持ちの悪いことだろう。
そう思うのは自由だが、それを言葉にしたら伝わらないし、伝わったように見えても歪んで伝わる。
しかし、言葉にせずに想えば、本当の気持ちが伝わる。
英語圏では頻繁に「アイ・ラブ・ユー」と言う。
するとどうなるか?
ずっと、そう言わないといけなくなり、言わなくなったら破局する。
それは、気持ちが伝わっていないからだ。
英語圏の離婚率は、離婚が自由になった時代からずっと高かったし、それを真似るようになってから日本人の離婚率も上がった。

「一億円得る」と言葉で言えば、手に入らない。
まあ、1万回くらい言って、言葉が壊れて消えた時には手に入るかもしれないが。
だから、「たゆまぬアファーメーションが大切」とか言うのだが、なんとも非効率なことだ。
言葉にせずに「一億円入る」と想えば、大抵は、すぐに馬鹿らしくなるが、本当に必要なら手に入る。たった一度想えば。

「今この瞬間、私は何をしているのか?」
と言葉にせずに問えば、拘束具を外されたように自由になり、自分が全能であることも分かるようになる。

以上、言葉で書いたから、正しくないところもある。
言葉にせずに問う、設定する練習をすると良いと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)
(2)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(3)新釈 荘子 (PHP文庫)
(4)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)

心象風景
AIアート1573
「心象風景」
Kay

「足るを知る」は1つの理想ではある

勉強でもスポーツでも、また、楽器の演奏や絵を描くことでも、上手くなるには訓練や実戦経験が必要だということは分かるのに、人とのコミュニケーションや恋愛などでは、訓練も実戦経験もないのに「私は人付き合いが苦手」と言う者が多いのは驚くべきことだ。
自転車だって、最初はうまく乗れず、「自分はこんなものに本当に乗れるようになるのだろうか?」と思っても、少し頑張れば、すぐに自由自在に乗れるようになる。人付き合いや恋愛は、多少は難しくても、そうは変わらない。

ましてや、引き寄せは訓練や実戦経験が必要だ。
しかし、引き寄せの本を1冊読んだ程度で「私は引き寄せは出来ませんでした」「私は引き寄せは出来ないようです」と言う者が多い。
そんな者も、自動車の運転なら、教習所で大金を払って乗れるようになったし、パソコンやワード、エクセルは、どうしても出来ないといけないという切迫感を感じて、すぐに出来るようになっている。
そんな者は、引き寄せに切迫感を持っていないのだろう。

引き寄せの実力者には、こう言う者がいる。
「今の状況が、ある程度良い人は引き寄せが出来ません。高収入でなくても、十分に生活出来る給料があり、自分や家族に特に深刻な問題がなければ、引き寄せを信じようとしないし、引き寄せに必要なことも、本気でやろうとしません」
また、ちょっと頑張れば出来るようなことでも、自分でやろうとせずに引き寄せに頼ろうとする者は、引き寄せに関しても本気になれないものだ。

ところが、引き寄せには、スケートや乗馬などと違うところがある。
それは、訓練をしておらず、実戦経験もない子供が、すぐに出来ることがあることだ。
私がまさにそうで、幼い時からキリスト並の奇跡を起こせたのである。
ただ、そんな子供は、奇跡ではあっても、どこか遊びっぽいことでしか引き寄せが出来ない。
私も全くそうだった。
ところで、一応言っておくと、生命に関わることは、切羽詰まったことであり、訓練も経験もなく、相当なことが出来る場合がよくある。
つまり、「命懸け」「死に物狂い」でやれば、引き寄せも加わって驚くべき成果が上がることもある。この話は面白い面もあるが、今回は省く。

引き寄せは無になった時・・・普通の言い方をすれば、思考が消えた時に起こる。目が覚めているのに、何も考えていない時だ。
子供の中には、私もだったが、思考を消したり、無思考で想うということが出来てしまう者がいて、そんな子供は奇跡を起こすのである。
結局のところ、大人でも子供でも、思考を消せば引き寄せが出来る。
ただ、精神が幼い大人は、引き寄せが出来ても、子供のような、あまり実利のない引き寄せしか出来ない。
とはいえ、私の知り合いにも結構いるが、精神が非常に幼く考え方も甘いのだが、そんな彼にも出来る楽なアルバイト程度なら奇跡のように引き寄せてしまう。ただし、やはり、本格的な良い仕事には就けないのである。いや、元々が私もそうだったと思う。

思考を消す呼吸法(「ナ・ダーム呼吸」や「エレベーター呼吸」など)をやっていたら、いろんなチャンスがやって来る。
その時に、勇気や度胸があれば、大きな成果を得られる。
しかし、そうでなくても、貧しいながら、安楽になれる程度の引き寄せは出来ると思う。
また、美人や美少女ではなくても、そこそこ可愛い子とか優しい子なら引き寄せられるものだ。
王子様でなくても、それほどひどくない彼氏なら、引き寄せるのは難しくはない。
そこで、足るを知るといった慎ましい心根があれば、それはそれで理想的かもしれない。
『荘子』も、割と、その方面を薦めているように思う(当時は、それしか出来ない社会情勢であったが)。
ただ、人間は欲張りであることも確かで、自分より良いものを持っている者を羨み、葛藤するものである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新釈 荘子 (PHP文庫)
(2)マスターの教え(ジョン・マクドナルド)
(3)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)
(4)ナ・ダーム ~あなたの中の不思議な力~

光に溶ける
AIアート1572
「光に溶ける」
Kay

夢は現実で現実は夢

夢を見ている時、「これは夢だ」と気付いた経験がある人は割と多い。
しかし、目が覚めている時、「これは夢だ」と気付く人は極めて少ない。
夢は現実であり、現実は夢である。

我々が、現実が夢だと気付かないのは、ヴァジム・ゼランドの『タフティ・ザ・プリーステス』でも書かれているが、夢は非現実だと教えられたからということもあるだろう。
ところで、最近は、異世界もののアニメが物凄く多い。
これらの低レベルな異世界ものアニメも、我々の異世界の考え方を幼稚なものにしているので、現実が夢であることを分かり難くしている。
もしかしたら、これらの粗悪なストーリーの異世界ものアニメは、若い人の知性を破壊するために意図的に作られたのではと思うほどだ。

『俺だけレベルアップな件』は、異世界ものとは言えないかもしれないが、著者が天才らしく、異世界の概念をうまく表している。
つまり、人のスピリットが世界に影響するというか、世界を作るのである。
水篠旬の物語(俺だけレベルアップな件)では、慣れない読者のために、やや浅い書き方になっているが、水篠護の物語(俺だけレベルアップな件~ラグナロク~)では、かなり本格的になっていて、まるで『タフティ・ザ・プリーステス』の物語版と思うほどだ。

とはいえ、「ナ・ダーム呼吸」を粘り強く続けていれば、夢が現実で現実が夢であることが分かってくると思う。
「ナ・ダーム」呼吸とは、心で「ナ」と唱えながら息を吸い、「ダーム」で細く長く吐くという呼吸法だ。「ナ・ダーム」という言葉には何の意味もない。
「夢が現実で現実が夢」ということを表明するバシャールや江戸川乱歩の本にも、その雰囲気が現れていて、役に立つと思う。

※小説『俺だけレベルアップな件』『俺だけレベルアップな件~ラグナロク~』は、スマートフォンのピッコマアプリで無料で読める。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(2)未来を動かす バシャールが新たに語る、「最高の人生」にシフトする方法。
(3)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)
(4)ナ・ダーム ~あなたの中の不思議な力~
(5)俺だけレベルアップな件 ※Amazon Prime Video

夢の世界
AIアート1571
「夢の世界」
Kay

運が良くなる小さな陰徳、デッカイ陽徳

どうすれば運が良くなるだろうか?
これに関しては、沢山の偉い人達がいろいろなことを言っているが、偉い人には話が上手い人も多いので、読んだり聞いたりしている時は「なるほど」と思うことも多い。
しかし、私は、幼い時から、正しいことは、その時は理解出来なくてもよく憶えているのだが、偉い人達が「こうすれば運が良くなる」という話で憶えているものはほとんどない。
つまり、どれも、本人の思い込みであったり、何等かの意図による作り話だったりするのだろう。

よく言われる話に、「あなたの先祖は、アメーバだった時代から殺されずに子供を作ったが、そのとんでもない確率の幸運で生まれたのがあなただ」とか「数億の精子の中のただ1つとして生まれたのがあなただから、あなたは超幸運だ」というのがあるが、そこまで人間をモノ扱いするのはどうかと思う。
そもそも、それで言えば、人類全て、超幸運ということになるが、運が悪いやつはいっぱいいるのだから、それだけで意味のない話だと分かる。

ところで、上で、「こうすれば運が良くなる」という話はほとんど憶えていないと書いたが、実は1つだけ、非常に鮮明な印象と共に憶えているものがある。
それは、航空機パイロットの坂井優基さんの著書『パイロットが空から学んだ運と縁の法則』という本に書かれていたことだ。
その本に書かれていたことは、簡単に言ってしまえば、
「善いことをすれば運が良くなる」
という、超シンプルなことだ。
パイロットは、運をあてにしてはいけない職業だが、だからこそ、運の大切さが分かるのである。つまり、運に関係なく上手くいくよう万全を尽くすが、それでも運に左右されてしまうことが結構あることを思い知らされるのだろう。
ところで、イエス・キリストは「善いことは隠れてやれ」と言ったが、そのような陰徳の尊さが語られることは多い。
だが、坂井さんは、「陰徳」だけでなく「陽徳(世間に知られる善い行い)」も良いのだと言う。
いわゆる、「ラッパを吹きながら善いことをする」ことで、芸能人やスポーツ選手などが多額の寄付をしたことが報道されることがよくあるが、これも陽徳だろう。
芸能人は人気商売だから、それはやむを得ないし、スポーツ選手も、そのスポーツ界の発展のために宣伝は必要だから、寄付などが公開されるのは当たり前の部分もあるが、それで称賛を得たらもう終わり、つまり、天の報酬たる幸運は得られないかというと、そんなことはないと坂井さんは言っている。
つまり、陽徳、どんどんやるべしということだ。
ただし、陽徳はデッカイに限ると思う。デッカイとは自分にとってという意味で、普通の人なら千円程度の寄付なら、まあ、ちょっと勿体ないと思う程度だが(笑)、3万円ならデッカイと言えるかもしれない。
要するに、自慢するのは3万円からということだ。まあ、しつこい自慢は、いろいろな意味でもやめた方が良いが。
小さな陰徳も、大きな陽徳も、運を良くする徳であるように思う。

一方で悪行はやはり、運を悪くするのだと感じる。
これも、「小さな陰徳」「大きな陽徳」と同じで「小さなバレない悪行」も「大きなバレた悪行」も同じくらい運を悪くする。
バレないから、あるいは、非難されないからといって悪いことをすると、悪徳というようなものがたまり、運が悪くなるように思うのである。

岡田斗司夫さんの言う「いい人戦略」、つまり、無理にでもいい人を演じることは、楽に生きる賢い方法であると確信する。むしろ、やらない者は馬鹿と思うが、馬鹿が多い。
しかし、それは「ケチな陽徳」で、運の良さにはつながり難い。
「いい人戦略」を隠れたことでもやれば、イエスが言う通り「隠れたことを見ておられる父(神)が褒美を下さる」、つまり、幸運になると思う。

まあ、最も幸運になるのは、おそらく、やっぱり思考を消した時だ。
よって「ナ・ダーム呼吸」などをしっかりやると良いと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)パイロットが空から学んだ運と縁の法則(坂井優基)
(2)運とつきあう(マックス・ギュンター)
(3)運のいい人、悪い人(中山正和)
(4)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)
(5)ナ・ダーム ~あなたの中の不思議な力~
(6)「いいひと」戦略(岡田斗司夫)

心は星の彼方
AIアート1570
「心は星の彼方」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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