ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2022年11月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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引き寄せには運動か深呼吸が必要な理由

人間も運動をしないといけない。
運動は、筋肉や心肺の発達や機能の維持と言うより、血行の促進のためで、それは、酸素の循環のためという面が大きい。
人間の脳が多量の酸素を消費するということもあるが、酸素をしっかり取り入れ、脳や全身を巡るようにしないと、肉体はもちろん、精神の健康を損なう。
特に人間においては、心身という言葉の通り、心と身体は一体なのである。
そして、運動をしないと、引き寄せがうまく出来ない。
引き寄せには、脳を始め、全身の神経の健康が必要であるからだ。
だが、どうしても運動をしたくなければ、あるいは、諸所の事情で運動が出来ないなら、簡単な呼吸法だけでもやった方が良い。
呼吸法なんて言うと難しそうだが、深呼吸も立派な呼吸法の1つだ。
そして、実を言うと、呼吸法だけでほとんど十分な運動になる。
なぜなら、最初に述べたように、運動の目的は酸素の循環なのであるから、むしろ、下手な運動より、良い呼吸法の方が効果が高かったりする。
とはいえ、ある程度の筋肉や心肺の発達のメリットは大きいので、軽い運動で良いから毎日やった方が良い(腕振り運動や足踏み四股は特にお奨めだ)。
引き寄せ能力が高い人は軽い運動を習慣にしている者が多く、運動はしないが、深呼吸だけは朝晩欠かさずやっているという引き寄せ名人もいるようだ。深呼吸も、そんなに長時間ではなく、朝晩30秒ほどという話を聞いたことがある。
政木和三さんのように、小学生の時に腹式呼吸の練習をして、引き寄せにおいても超人的になった人もいる。
政木さんの場合は、毎日30分ほど腹式呼吸を練習し、1分で1回の呼吸が出来るまでになったらしい。魔法使い的な力を得たければトライしてみると良い。

私は、暇があれば、腕振り運動や四股をやっている。
腕振り運動は、元気一杯にやるのではなく、力を抜いて丁寧に、割と小さな動きで、出来るだけ数多くやることを心掛けている。
四股は、四股と言っても、ほとんど足踏みで、一般的な足踏みとの違いは、足を肩幅に開いて平行にすること、手は膝に当てること、つま先はほとんど床から離さず(数センチ浮かす程度)、踵の上げ下げがメインで、下ろす時はつま先からそっと下ろすことだ。
歌舞伎の歩き方にもちょっと似た所があると思う。
これは、佐川幸義流四股の1つと考えて良いと思うが、特に軽やかで女性にもお奨め出来るものだ。

引き寄せでは、実際には、願った時・・・と言うより「設定した時」に、瞬時に叶っている。
つまり、「私は金持ちだ」と決めたら、瞬時に金持ちになっているし、「私は美少女だ」と決めたら、やはり、瞬時に美少女になっている。
ただ、エゴが「そんなはずがない」と邪魔をして、また瞬時にキャンセルされることが多いだけだ。
「(憧れの)あの子が恋人だ」と心で言えば気分が良いのは、実は、それが自然で正常なことだからで、それが実現しないと不快なのは、それが不自然で異常だからだ。
だが、エゴは、自然で正常なことではなく、現状維持に固執する性質があるのだ。
そこで、引き寄せのテクニックで、なんとかエゴを黙らせようとするのだが、エゴは押さえ込もうとすればするほど勢力を盛り返してくる。
徹底的なアファーメーションでエゴに勝つという方法もあるが、一番確実なのは、思考を消すことだ。何と言っても、エゴは思考なのだからだ。
思考を消す、最も強力な方法は、「今を意識する」ことで、これは「今今メソッド」と呼ばれている。
他にも、自分の意識が存在していることを自覚する方法があり、これが究極と言われることもある。
どちらも、単に、「今、今、今、・・・」と心で言ったり、「私は在る」と心で言っても効果があり、いずれ、思考は消える。そうなれば、引き寄せ自在である。
一般的にやりやすいのが、設定(願いが叶ったと決めること)をめげずに何度も繰り返すことで、なぜやり易いのかと言うと、これが、人間が成長する普通の方法だからだ。
「私は金持ちだ」と思い、現実がそうならなくても、そんなのどうでも良いとばかりに、いちいち気落ちせず、何度もやってみるのだ。
それは丁度、赤ん坊が、何度転んでも、歩くことを諦めず、ついには歩けるようになることと同じで、人間にとって、一番基本的な方法なのである。








やりたいことをしないと危ない

願いさえすれば、どんな大きな願いも即座に叶う・・・いや、正しくは「既に叶っている」。
だが、すぐにキャンセルしてしまい、叶っていない状態になってしまう。
受験に合格しているのに、それもキャンセルし、不合格にしてしまう。
そんなふうに、ガッカリすることを繰り返していると、どんなふうにガッカリするかが願いになる。
1点で不合格になるか、全くお話にならない成績で不合格になるか、どっちにしようかなんてね。

なぜ、ガッカリ体験ばかり選ぶのというと、やっぱり、好きなことをしていないからだ。
自分が好きなこと、やりたいことではあく、褒められることというか、怒られないことばかりするからだ。

イタリア映画『愛のほほえみ』で、可愛い少女オルガは言う。
「あたし、やっちゃいけないって言われることは全部したいの」
彼女に、あれは駄目これも駄目と言う大人が、いつもガッカリ体験しかしていないことを、オルガは見抜いているのである。
つまり、「やれ」と言われることは全部面白くなく、「やっちゃいけない」と言われることは大抵面白いんだ(笑)。
確かに、我々だって、テレビが「やると良い」と言うものは全部「やるべきでない」とし、テレビが「駄目ですよ」と言うなら「なら良いことなのだな」と思えば、大体正解なのだが、やはり大人なら、自分が好きなこと、楽しいと思うこと、面白いと思うことを自主的に選んでやるべきである。
それが人に迷惑をかけるようなことでなければ、遠慮なくやれば良い。
そんな心構えでいれば、願ったことはどうせすぐ叶う・・・いや、叶っているのだが、それをキャンセルすることはない。

岡本太郎は「嫌われたっていい。いや、嫌われないといけない」と言ったが、人間として、好きなこと、楽しいこと、面白いことをやれば、世間の人々には嫌われることが多いからそう言ったのである。
だが、本当に好きなことをやっていたら、そのうち、嫌われなくなり、好かれるようになってくる。
実際、岡本太郎のような、超変なオッサンだってアイドル並に好かれていたじゃないか?(笑)
でも、「好かれよう」と思ったら、やっぱり鈍ってくる。
好かれる、嫌われるには無頓着で、とにかく、自分が楽しいことをするのだ。
宇宙人バシャールも、そういう意味でワクワクすることをやりなさいと言っただけで、ワクワクしてボランティアをするような者達は、まあ、本当に楽しいのかもしれないが、多くの場合は、やっぱり他者の承認を求めているだけなのだ。

こんなこともある。
強く願ったことに対し、「叶わくなくて良かった」と思う。
彼女にしたい女の子が、実はかなり性悪だったと、後で分かった場合がそうだ。
実はそれ、いったん、彼女にして、散々酷い目に遭った後で、自分で意図的にキャンセルした場合が多いのだ。
その子を彼女にした記憶がなんとなるあるようなら確実にそうである。
実際、人生なんて、ところどころ、妙に記憶が途切れていたり、2重の記憶があるものなのだ。
願った時にはもう叶っている・・・すでにある・・・を知っていれば、その謎が解け、そして、正しいことが出来るようになる。
記憶の改ざんや、デジャヴュ―(既視感)なんてのも、上で述べたようなことが原因である場合が多い。
とにもかくにも、やりたいことをやることである。








これさえ憶えていれば願いは叶う(決定版)

引き寄せ。あるいは、潜在意識の法則で願いを叶える過程が、新約聖書の「マタイによる福音書」の中の短いお話に簡潔に書かれている。
私が好きなお話なので、何度も書いたが、よくよく味わう価値があると思う。

イエスの弟子達が湖の沖に浮かぶ船に乗っていたが、風が強く波が大きかった。
夜が明ける頃、イエスは湖上を歩いて船に向かったが、それを見た弟子達は、幽霊だと思って恐怖し、叫び声を上げた。
イエスは、「私だ。安心しなさい。恐れるな」と言った。
すると、ペトロ(ペテロ)が、イエスに、
「私に命じて、私を水の上を歩いてそちらに行かせて下さい」
と言い、イエスが、
「私は命じる。来い」
と言うと、ペトロは船から降りて水の上を歩き、イエスの方に向かった。
だが、途中でペトロは強い風が吹いていることに気付き、怖くなって沈みかけたので、イエスに助けてくれるよう懇願すると、イエスは手を伸ばしてペトロを捕まえて、
「信仰の薄い者よ。なぜ疑ったのか」
とペトロを叱った。

マルコ福音書やヨハネ福音書にも、イエスが水の上を歩く話はあるが、ペトロが水の上を歩くのはマタイ福音書のみである。
ルカ福音書では、イエスが水の上を歩く話すらない(最初から船に乗っていた)。

上の話を憶えておけば、どんな願いも叶えられる。
まず、イエスが水の上を歩いたことは、潜在意識との間の壁がない者は、潜在意識の力により万能であることを示す。
ペトロは、その事実を信じ、自分もそれをやるよう命じて下さいとイエスに願ったら、イエスは「私は命じる」と言った。
ペトロの望みは水の上を歩くことだった。
そして、イエスが「私は命じる」と言ったことが重要である。
この「私」は、イエス個人のことではなく、「真の自己」のことで、真の自己が命じたら潜在意識は何でも叶えるのである。
ペトロの真の自己が命じたので、ペトロもイエスと同じように水の上を歩いた。
だが、ペトロは強い風に気付いてしまった。
それまでは、ペトロは風を意識しなかったのである。
意識しないものは存在しないのと同じである。
つまり、一切の困難、問題は、意識するから存在するのであり、意識を逸らせてしまえば存在しない。
ここが、普通の人がなかなか分からないことであるが、引き寄せのマスター達は皆知っている。
理解したければ、ジョセフ・マーフィーが天才と讃えたネヴィル・ゴダードの『世界はどうしたってあなたの意のまま(原題:At Your Command)』に詳しく説明されている。
ペトロは、せっかく望みを叶えたのに、強い風という問題を意識してしまったために、望みが叶っていない状態に戻ってしまったのである。
ところで、少し戻るが「真の自己が命じる」は、どうすれば良いのだろうか?
つまり、どうすれば、自分が願うことを、真の自己に命じてもらえるのだろうか?
何もする必要はない。
願望が浮かんだ瞬間に、真の自己は「それを得よ」と命じているのである。
ペトロは、考えて「水の上を歩きたい」と思ったのではない。
ペトロは、イエスが水の上を歩くのを見た瞬間、「水の上を歩く」という願望が浮かんだ。これが即ち、真の自己の命令である。
そして、願望が浮かんだ瞬間に、願望は叶うのである。
これは凡人でも例外ではない。
だが、すぐに強い風(「そんなことがあるはずがない」という疑い)が浮かぶ。
これはエゴの声で、凡人は、真の自分の声ではなく、エゴの声に従ってしまい、願望はキャンセルされ、願望が叶った状態が消えたのである。
イエスは、「なぜ、真の自分の声ではなく、エゴの声を信じたのか」と叱ったのである。

1つだけ付け加える。
願望は真の自分の声であるなら、誰かを殺したいという願望もそうなのだろうか?
そうではない。
誰かを殺したいというのは、真の自己の声を歪んで解釈しただけだ。
誰かを殺したいというのは、欲求を叶えるための短絡的な考えだ。
『南から来た用心棒』という映画の中で、大悪党が初めて殺人をした時のことを語る。殺したのは自分の父親で、その悪党が子供の時だった。
子供の時、彼は、父親の懐中時計が欲しいと思った。
父親は「俺が死んだらお前のものだよ」と言った。
悪党は笑って言う。
「5秒後に俺のものになっていた」
我々は、このように短絡的に考える愚か者になってはならない。








「何が自分にとって幸せか」を知っておく

時々、知者ぶった人が、「人生に目的なんてものはない」と、もっともらしく言う。
それは、人生が思うようにならない人への慰めのために言っているのだ。
だが、引き寄せが上達したら、欲しいものは何でも手に入る。
そうしたら、やっぱり、何か目的がないと、妙な精神状態になる。
たとえば、親が有り余る財産を持っていて、一生、贅沢に遊んで暮らせる者が、
「下手に何かして、騙されたり、トラブルに巻き込まれたら困るから何もするな」
と言われ、大人しくしていたら、フラストレーションが溜まって精神が病むに違いないようなものだ。
そして、何をすべきかは自分で決めないといけない。
結局、人生には、やはり目標、目的が必要である。

ただ、目標、目的と言ったら、学校やテレビから教わった、変な・・・というか偏った目標、目的しか思いつかない人が多い。
ご立派で、シンドい、体裁の良い目標だ。
あなたの目標が、そんなものである必要はない。
例えば、「好きなことだけして、楽しく、贅沢に暮らす」も、それが自主的な目標であれば、ちゃんと人生は充実する。
皆が皆、ひろゆきさんのように、「やんや」と言われる人気者になりたいわけではない。
それよりも、趣味に没頭したり、荘厳なお城の中で静かに思索を巡らせたい人もいるだろう。
もしそれで、「世のため人のために役に立つ充実感が味わえなくて辛い」と思うなら、その時に、世の中に貢献すれば良い。何だって出来るのだから。
ただ、正直に自分が本当にやりたいことは何かは知っておくべきなのである。
それで言えば、最近はあまり紹介しないが、引き寄せの最古典である「イットワークス」を使って、お金のためではなく、自分の生き甲斐のために目標を立てれば良い。それに、この本は、引き寄せの力を高めることにも役に立つ。

人間というものは、天下国家のためより、あるいは、自分が所属する地域や会社などのためより、家族や奥さんや子供のために何かをしたいと思うものなのである。
これは嘘ではなく、プロ野球選手だって、チームのためではなく、奥さんの誕生日にホームランを打つといった目標を立てた方が力が発揮出来ることが分かっているそうだ(無論、例外はあるだろうが)。
さらに言えば、家族のためより、まずは、自分のために何をするかが大切なのだ。
自分を大切にしてこその、家族、会社、国だ。

つまり、「何が自分にとっての幸せか」は知っておかないといけない。
そして、それには、優劣は決してない。
だから、自分の目標に対し、他者の評価など全く不要であり、自分の目標に対し、イチャモンをつけてくる愚か者は、攻撃するのではなく無視することだ。分かり合えない人間はいるものなのだから。
「いや、俺はお前のためを思って」と言ってくれるのは確かにありがたいが、思ってくれるだけで良いのである(笑)。
人に迷惑をかけるのでない限り、自分の道を行けば良いし、行くしかない。
岡本太郎のように、破滅への道を進むことがワクワクして好きでたまらないという変人もいるだろうが(笑)、それはそれで、その人の趣味は尊重しつつ、「まあ、頑張れ」と言ってやれば良いだけである(笑)。
変なことでヒーローになって嫌な思いをするよりは、宇宙人のUFOを借りて広い宇宙を目指すといった、もっとレベルの高いヒーローになるという考え方もある。
トランプ大統領のように、この世の悪と戦うというのは、男なら一度はやってみたいことだろう。しかし、どんな悪も、引き寄せマスターになったあなたに手は出せない。それに、力があれば、トランプの敵をネットで口攻撃するより、もっと高いレベルで戦う道だってあるのである。

引き寄せをマスターしつつ、「何が自分にとって幸せか」をちゃんと知っておくことをお奨めする。








「願った瞬間に叶う」を分かるように説明&練習法

引き寄せに関するとっておきの話になると思う。
一般的に引き寄せでは、「願い、必要な時間が経過後、実現する」となる。
だが、主流となりつつある考え方は、「願う、即、実現する」である。
どうやって引き寄せるかといったことは問題にならない。
願ったら、もう、叶っているのである。
これを、スピリチュアル界隈では「既にある」と言うらしい。
そして、いかなる願いも叶う。
願いさえすれば、どんなに大きな願いでも、既に叶っているのである。
引き寄せマスターとの会話は、いつもこうなる。
「一生遊んで暮らせるお金が欲しいですね」
「もうありますよ」

これは完全に正しい。
だが、こんな反論があるだろう。
「私は一億円の銀行預金を望んだ。しかし、銀行預金は相変わらず10万円だ」
「私は、あの人を彼女にしたい。しかし、現実は少しも親しくない」
これらに対し、(自称?)引き寄せマスター達が回答する動画を、いくつか見たことがある。
「太陽はちゃんとあるのに、顔をそっちに向けないと太陽がないと思ってしまう。顔を向ければ良い」
みたいなことを言う人がいた。
「分かるかボケ!」である(笑)。
私はちゃんと説明しますと言って、長々と退屈な話をした挙句、全く説得力がなかった人もいたっけ(笑)。
中には、なかなか良いと思えることを言っていたのもあったが、後で考えると、全く覚えていない・・・つまり、一瞬、分かったような気にさせるのが上手いだけだろう。

まあ、早い話が、納得出来ないのは聞き手の問題ということなのだろう。
だが、その問題を解決するために質問しているはずなのだが・・・(笑)。

こんな説明があった。
「量子力学の量子もつれと同じで、叶っている状態と叶っていない状態が同時に存在している」
はい、では、叶った状態に固定する方法を教えてくれないと困る(笑)。
まあ、その答も言うのだが、全部、誤魔化しにしか思えない・・・というか、はっきり誤魔化ししか言えないのだろう。

だが、答は1行で済む。
「叶った瞬間、叶っていない状態になった(戻った)」
である。
少しだけ詳しく言えば、
「1憶円の銀行預金を願った瞬間、銀行預金は1憶円になった。しかし、そんなことあるわけないと思った瞬間、10万円に戻った」
である。
では、どうすれば、1憶円のままになるか?
「そんなこと、あるわけない」と思わなければ良いのである。

私は、画家で写真家で音楽家で神道家(全部プロで、かなり稼いでいる)という人に会ったことがある。
彼は、絵を描きながら演奏旅行中だった。
キーボードを横に並べて両手で弾くという流行りの奏法で演奏するのだが、楽器の練習をしたことは一度もないと言う。
まあ、私は、政木和三さんという、ある日突然、ピアノをプロの腕前で弾けるようになった人を知っているから、別に驚きはしなかった。
彼に、「私もやりたい」と言ったら、彼は、「すぐに出来ます」と言う。
その通りだ。
しかし、私は、「私には無理だ」と思うから、やっぱり無理なのだ。
それに対し、彼は、「演奏する」から先は何も考えなかったので、その通りの状態が続いているだけだ。

つまり、「考えなければ良い」のである。
政木和三さんがピアノを弾けるようになったのは小学5年生くらいの時で、その頃、政木さんは腹式呼吸の訓練をして、1分で1回の呼吸が出来るようになっていた。そんな呼吸をしている時は思考は消えているが、政木さんは、腹式呼吸の訓練を通して、思考を消すコツを掴んだのだろう。
政木さんも、たまに、少しだけだが、演奏が下手になることがあるらしい。
それは、ほんの少しだが「上手く弾いてやろう」と思った時だ。
つまり「上手く弾きたい」と思ったら、それに対する「下手に弾く」という思考が生まれ、そっちが実現するのだ。

政木さんは私に、「欲望をぽーんと捨てなさい」と言ったが、そうすれば、思考は消えるのである。
訓練の仕方もいろいろ教わった。
もちろん、本来は訓練など必要ない。
しかし、現代人は考える癖が強過ぎるから、少しは訓練しないと駄目なのだ。
訓練方法の1つは、超難しい知恵の輪を外すことだ。
何も考えずにやったら外れるから、確かにうまい訓練である。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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