ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2020年09月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

気分を良くする以上の善はない

本当の意味で、気分が良くなる方法を持つことは、どれほど強調してもし足りないほど重要だ。
誰もが、次のことに、少なくとも薄々は気付いているはずだ。
「気分が良ければ、さらに良い気分になる出来事が起こり、気分が悪ければ、さらに悪い気分になる出来事が起こる」
これが、この宇宙の仕組みであるからだ。
お金のことで憂鬱で気分が悪ければ、さらにお金で苦しめられるが、たとえ実際は、手元のお金が十分でなくても、お金のことを忘れて、別のことで気分が良くなれば、お金のことは何とかなるものだし、たとえ本当でなくても、お金が豊かにあると思って良い気分になれば、お金はすぐに入って来る。
事は簡単なのだが、「良い気分」というものを誤解している人が多い。
いや、本当は、誤解するほど難しいことでもないのだが、よほど、家庭や学校で歪んだ教育をされたのかもしれない。

弱い者いじめをしたら気分が良くなるなんて思っている馬鹿なんかいるはずがない・・・どころか沢山いる。
そもそも、弱い者いじめは、いつも気分が悪い者がやることだ。
気分が良い者は、絶対に、弱い者いじめなんかしない。
しかも、弱い者いじめをすると、自分がいじめられる立場になることを恐れ、不安になり、実際に、その状況を引き寄せる。何ぜ、気分が悪いのだから。
実際、学校でいじめをする生徒を詳しく知る機会があると、その者達の無力感が半端ないことが分かるはずだ。
『わたしのいもうと』という絵本では、ある女の子をいじめて、学校に行けないようにしてしまった子供達が、楽しく学校に通う様子が描かれるが、本当は、楽しそうなその裏に悲惨な苦しみを抱えており、やがてこの世の地獄に落ちる。
生き方を変えて、本当に気分が良くならない限り。

『ザ・シークレット』では、ペットが気分を良くしてくれることを取り上げていて、もちろん、それは本当のことであるが、何事も度を過ぎると気分が悪くなる。
適切な範囲でペットを可愛がるのは良いが、過剰に可愛がったり、あるいは、たまになら良いが、ペットの写真や動画を、あまりに頻繁にInstagramやYouTubeに投稿していると、だんだん気分が悪くなってくる。
孔子や徳川家康が言った通り、何事も、「過ぎたるはなお、及ばざるがごとし」なのだ。

運動もとても良い。
だが、適度な力でやることだ。
毎日、長距離を走ったり、過度な筋トレをやると、もう確実に気分は悪くなる。
運動は、気分が良い範囲でやらないといけない。
昔のスポ根ものは、かなりの大嘘で、あんな鍛錬をしていたら、身体は壊れるし、悲惨なほどに運が悪くなる恐れがある。
中学や高校の野球やサッカーでも、良い成績を上げるのは、楽しくやっているチームなのである。
まあ、自分達さえ楽しければ良い式にやっているチームも少なくはなく、それは、彼らの人生を歪めてしまう。
いかなる場合も、自己中心主義というものは、必ず、気分が最悪になる結果を導き、哀れな亡者になるのである。

運動であれば、例えば、腕振り運動を適度にやれば良い。
あまりに回数を多くやるのも気分が悪くなるが、適度に多い回数を、適切な熱意を持ってやった後で良くなる気分が本物の良い気分だ。
だから、毎日千回程度をやっている者は、健康になり、人間関係も良くなり、経済的に恵まれる場合が多いのである。
だが、腕振り運動が楽しくなるように「しゃんとする」ことは自分でやらないといけないのだ。
でないと、たとえ1日100回の腕振り運動でも億劫になったりするのである。

お薦めするのは、朝起きた時から、なるべく早く(例えば朝食前までに)、笑顔になり、ガッツポーズをすることだ。
出来たら、舌を思い切り出すことをすれば、生命エネルギーが上がり、若返り、元気になる。
80歳を過ぎても元気で活躍している人には、この舌を出すことをしている人が多いのである。
昔の雑誌で、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏も、そんなことをしていると言っていたのを見た覚えがある(BIGtomorrow誌だったと思う)。








幸運を呼ぶのは少食ではなく気分の良さ

江戸時代の観相家(顔や身体の形状で占う占術)、水野南北は、運命の法則について、こう断言している。
「食が少なければ幸運、食が多ければ衰運である。これに関し、万に1つの外れもない」
つまり、食べる量が少なければ少ないほど、あらゆる幸運が来るが、大食、美食であれば、あらゆる運に見放される。
水野南北は、若い時に、観相の達人の教えを受けると共に、あらゆる手段で実地研究を行い、かなりの精度で運勢の鑑定が出来るようになったが、どうしても外れる場合もあることを認め、悩んでいた。
しかし、ただ、食が多いか少ないかで鑑定すれば、決して外れることはなかった。

水野南北以外にも、時代を問わず、世界中に、少食こそ、健康や運勢を最も左右するものであると言う者はいる。
では、それが正しいのかというと、「たまたまそういう結果になる(食が少なければ幸運、多ければ不運)」というだけのことだ。
以下に述べる通り、理屈は簡単である。

食べるということは、睡眠には敵わないとしても、人間最大の欲望であると言える。
ナポレオン・ヒルは、「性欲が1番の欲望」、ディール・カーネギーは「自己重要感(自分は価値あると思うこと)こそが人間最大の欲望」と言ったが、それらがおかしいことは誰でも分かる。
空腹で苦しい時に、どれほどいい女がいたって、それほど興味はないし、同じく、空腹な人には、百個の勲章より一切れのパンが魅力的だ。
いかに、すらりと痩せてモテたいと言ったところで、限度を超えて食を拒否すると、幸運どころか、悪い状況になり、最悪の事態になってしまうことすらある。
そもそも、幸福な人の中にも大食の人はいくらでもいるし、食べなくてガリガリで不幸な人も数知れないのである。

つまり、少なくとも一般人にとっては、1番は睡眠、2番が食なのである。
だから、食を完全に断つことは、特殊な(大抵は不幸な)事情でもなければ不可能だ。
だが、ある程度の食の節制であれば、何か、楽しみとか、希望があれば可能である。
私も、ただ食べないことで、1年で30kg程度痩せたことがあるので、よく解る。

つまりは、食の慎みに耐えるには、それと同等の喜びが必要であり、そんな喜びは気分を良くしてくれる。
そして、いつも言う通り、この宇宙は、
「気分が良ければ良いことが、気分が悪ければ悪いことが起こる」
仕組みになっているのである。
つまり、真実は、水野南北が言うように、「運命は食が多いか少ないかで決まる」のではなく、「運命は気分が良いか悪いかで決まる」のである。
だから、食の慎みに耐えさせてくれるほどの、気分を良くしてくれる何かを見つけた人が、幸運を呼び、成功し、幸せになれるのである。

普段、よく笑い、ガッツポーズをすれば、異常な食欲に悩まされることはなく、腹八分目を守ることが出来る。
さらに、かなりの少食でも気にならないほど気分が良いなら、ほとんど魔法使いのようなことが出来るだろう。
とはいえ、『バガヴァッド・ギーター』にもあるように、食べ過ぎはいけないが、少食過ぎるのも良くないし、そもそもが、極端な食生活をする必要など全くないのである。
適度に美味しいものを適度に食べ、気分さえ良くしておけば、人生は、楽しいこと、面白いことだらけになる。
また、必ずしも菜食が良いのではなく、菜食でも気分が悪ければ悪いことが起き、肉食でも、気分が良ければ良いことが起こるのである。
このように、人間の運命は、全て気分にかかっている。
ただし、多少の少食・粗食なら楽に出来るだけの気分を良くするものを見つけるために、ある程度は食を慎み、すらりとした身体になりつつ、気分を良くするコツを掴み、幸運を引き寄せるのは良いことと思う。
まあ、笑顔とガッツポーズだけでも、かなり、その役に立つと思う。








のっぴきならない状況をどう逆転するか

人間、皆、いろんな問題を抱えている。
その中には、のっぴきならない(どうにもならない)と思えるもの、深刻なものも少なくない。
私も、若い頃から、いろいろな問題があったが、世の中で聞く「お悩み相談」とかではまず見られないことが多かった。
それは、私だけがそうであるのではなく、テレビや新聞や本で取り上げるような相談事というのは、パターンが決まったものだけなのだろうと思う。
よって、多くの人が、前例もなければ、誰かに相談しようのない問題に苦しい思いをしているに違いない。
ドラマや小説やアニメでは、誰かが悩みを抱えて苦しんでいたことが分かると、ヒーローやヒロインが「もっと早く私に相談しろよ」とか言うが、どうにも相談しようのない問題というものが、いくらでもある。

引き寄せの法則によれば、現在の状況がどのようなものであれ、それは、自分が引き寄せたものであるらしい。
そう言うと、多くの人が、「冗談じゃない。こんなひどい状況を、私が引き寄せたりしない」と言うが、引き寄せを本当に理解している者は、「あえて言えば、やはりあなたが引き寄せた」と言うのである。
一部のスピリチュアル思想では、ひどく深刻な状況は、「過去のカルマ」「あなたの魂を磨くために必要なこと」等と言うが、それは逃げというものかもしれない。そう言っておけばカウンセラーに責任はない。

悪いニュースには意識を向けないのが最善であるが、敢えて取り上げると、先日も、就職したばかりの若い女性が、夜も休日も祖母の介護に追われて心身が衰弱なる中、祖母を殺害したというニュースがあったが、そんな人に向かって、「祖母の介護で疲労し心身が消耗し尽くした状況も、あなたが引き寄せた」とは言えたものではないが、さっきの引き寄せマスターなら、やはりそう言うのだろう。
そして、世の中には、もっとドロドロした問題があり、それは、政府の偉い人や政治家が取り上げたがらない(臭いものフタをしたがる)ものである。

私は、特に、中学とか高校の時、深刻な状況になると、思い出すことがあった。
アニメの『リボンの騎士』で、主人公のサファイアの父親の王様が、ジュラルミン大公とナイロン卿の計略で失脚し、サファイアは母親の王妃と共に幽閉されてしまう。
だが、幽閉された住まいの中、サファイアは明るく振る舞った。
辛い時でも明るく、楽しく振る舞うという方法があることを知った時、私はそれを、非常に新鮮に、そして鮮烈に感じた。
私も、命に関わるような問題もあったが、真似をすると、確かに状況は良くなった。
笑顔になり、明るく、楽しく振る舞うと、自分の気分が良くなるし、回りの人の気分を良くすることもあるだろう。
私が、割と最近知った確かなことは、この宇宙というものは、
「良い気分でいれば、さらに良い気分になることが起こり、悪い気分でいれば、さらに悪い気分になることが起こる」
という仕組みになっていることだ。
これは、宗教的というより科学的で、量子力学的で説明することも可能と思うが、量子力学にもいろんな解釈の仕方があるようで、誰もが認める訳ではない。
だが、経験的、直観的に確かなことだ。
笑顔になる、ガッツポーズやパワーポーズをするなどで、脳内モルヒネが発生して多幸感が得られるなんて話もあるが、そんな理屈より、そういったこと(笑顔やガッツポーズ)は確かに、少しでも気分が良くなり、それにより状況は改善していくのである。
だが、自分の気分は自分で責任を取るしかないのである。
「こんなひどい状態で、笑顔になったり、ガッツポーズをしたり出来ない」
と言う人も多いだろうが、あえてやった方が良い。
それも、出来るだけ多く。
その他にも、あらゆる方法で自分の気分を良くすることは、自分にしか出来ない。
他に何をする必要もないが、気分を良くすることだけは努力をしなければならない。
愚痴や言い訳は、一切、言ってはならない。
そんなことを言って、気分が良くなることは絶対にないからだ。
だから、人に愚痴を言う者(自分では愚痴ではないと言いたそうでも、愚痴でしかないことを言う者は多い)は、確実に状況は悪くなる。

自分の気分を良くするには、心が強くないといけない。
しかし、それは、最低限の、どうしても必要な心の強さだ。
舌を思い切り出して生体エネルギーを高め、無理にでも笑顔になり、ガッツポーズをする。
これだけのことも、どうしようもなく心がひなびた者には出来ない。
そんな者もいくらか見てきたが、そんな者達は、地獄への坂道を転がり落ちるしかなかった。
だが、あえて笑顔になる最低限の心の強さがある者は、私のように、良い思いばかりしているように思う。








人間は皆中二病になるべき

中二病(厨二病)というものをご存じだろうか?
これは、サブカルチャー用語、あるいは、ネットスラングの類で、別に知らなくて良いのかもしれないが、それほど不自然な現象ではないので、一般的にも結構使われていると思う。
で、中二病の意味だが、正式な定義がある訳ではなく、興味があればググればいくらでも引っかかるが、簡単に言えば、
「自分を特別な存在だと思い込む」
ことではないかと思う。
その特別とは、スピリチュアル(霊的、超自然的)、オカルト(神秘的)、超科学(超能力、宇宙人等)といったものを含む。

とすれば、中二病、大いに結構である。
人間は、中二病であるべきと言って良い。
世間では、中二病は、大言壮語に対し、実力が伴わないという見解が一般的だ。
何を持って実力というのかに基準がある訳ではないが、おそろく、人間の実力の最適な定義とは「自由である度合」だ。
それなら、中二病は、少しコツを掴めば、十分な実力を持てる。
そもそもが、人類を前に進めてきた人達は、全員が中二病・・・つまり、自分の価値観を絶対としながらも自由な人達だったのだ。
一方、自己の利益のみに汲々と(あくせくと)し、それで世界を停滞させ、人類を貶めてきたのは、中二病と真逆で、自分の魂より金の力を信じる物質主義者だ。

もちろん、中二病特有の欠陥があることは認めないでもないが、それも実力さえ持てば問題ではなくなる。
中二病を病気というなら、天才も病気なのである。
では、中二病が実力を得るには、どうすれば良いであろうか?
それには、ただ、気分を良くすれば良い。
実力のない中二病というのは、自由に振る舞っているように見えても、心の中に鬱屈を抱えている。つまり、いつも気分が悪い。
そうであれば、世界は、友好的なものでないと感じてしまう。
なぜなら、この宇宙は、「気分が良ければ、さらに気分が良くなることが、気分が悪ければ、さらに気分が悪くなることが起こる」という仕組みになっているからである。
『ザ・シークレット』に登場する量子物理学者、フレッド・アラン・ウルフが言う通り、「基礎的な学問の見地から」それが事実なのである。

そして、大切なことは、自分の気分を良くすることは、自分の責任であり、そのことで誰かを頼ることは出来ないということだ。
だから、もう十分に大きくなった子供の機嫌を取って、良い気分を与えようとする親ほど迷惑なものはない。
そんな親こそ、自分で自分の気分を良くしようと思わず、誰かに頼ってばかりの人生を送ってきたのだろう。

おそらく、12歳くらいになれば、十分に、自分の気分を自分で良くすることを始めることが出来る。
あらゆること同様、これも、実践するほど上手くなるのであるから、大きな実力を得るのは、時間がかかる場合もある。
ただし、自分の気分を良くするコツを知っている親や、その他の人達に恵まれて育った場合、子供でも力を持っている。
ところが、学校の教師がまさに、自分の気分を悪くすることしか出来ない無能力者なのだ。
だから、ほとんどの教師とは交流しない方が断然良いのである。

だが、細かいことは気にしなくて良い。
大切なことは、自分の気分を良くすることだけなのだ。
生きている限り、気分が悪くなることは必ず起こる。そんな時、気持ちを切り替えて、悪い気分が続くことを許さず、良い気分になることが出来るスキルを身に付けることが本当に大切である。
無理にでも笑顔になることや、ガッツポーズをすることもスキルなのであり、やればやるほど、容易く気分を良くすることが出来るようになる。

ところで、刹那的、退廃的、暴力的、狂乱的なことを、気分が良いことと勘違いしてはならない。
本当に気分が良いとは、興奮、感動、ワクワク、爆発を感じていても、心の中は静かなのである。
例えば、本当に好きな女の子(男の子)と初めて二人きりで過ごす時には、ワクワクやドキドキも大きいだろうが、胸の奥を意識すれば、静かであることが分かるはずだ。
もし、心が揺れているなら、その状況は間違いであり、気分は悪くなるであろう。
嬉しくても、心が静かであるということを言葉にするなら「気楽」である。
気楽に生きているかどうかが実力のバロメーターであり、早く、気楽に生きようと決意することが大切である。
気楽な中二病でいれば、人生は豊かなものになるだろう。








最高の超一発芸を持て

高度な一発芸を1つ持っていると人生が変わるかもしれない。
ただし、検索して出てくるような一発芸、例えば、「芸能人の真似」「スーパーマリオのジャンプ音を声で」「手を使わず眼鏡を外す」など、単に面白いだけで、「凄さ」を感じさせないものでは、「その場限り」で終わるどころか、自分のイメージも立場も下げてしまう。
あくまで、畏怖される・・・とまでは難しいかもしれないが、「ただ者じゃない」「すごい」と印象付けられるものでなければ駄目だ。

漫画・アニメの『忍風カムイ外伝』で、大雨で十人ほどの人間が1つの建物に避難している中、薪を動かしたら隠れていたマムシが浪人に飛び掛かってきたが、その浪人は、見事な居合でマムシを切り捨て、カムイすら、その腕を認めた。
我々が持つべきは、そのようなパフォーマンスだ。
世界で名を知られた空手家だった大山倍達氏は、ガラス製のビール瓶の首を空手チョップ(手刀打ち)で切断したり、硬貨(日本では十円硬貨)を指で折り曲げたりのパフォーマンスで、人々に自分の強さをしっかり印象付けた。大山氏と親しかった梶原一騎氏が原作の漫画では、ヒーローの空手家が、よく、これらの技を披露した。
ユリ・ゲラーのスプーン曲げ、プロレスラーのダニー・ホッジやフリッツ・フォン・エリックのリンゴ握り潰し(力士でも得意にしている者がいるようだ)など、他人には出来ないデモンストレーションを有効活用して成功した人は多い。
ここまでのものは、さすがに我々には無理でも、自分にしか出来ないパフォーマンスは身に付けられる。

私は、ごく若い頃から、そういったパフォーマンスが好きで、いろいろマスターした。
それらの技は、引きこもりで、何の取り柄もない私が、大袈裟に言えば、世の中を渡ってこれた武器の1つになったと思う。
高校生の時にマスターしたのが、ハリウッド俳優で、私が一番格好良い男と思っているジュリアーノ・ジェンマが映画の中でよく見せたネック・スプリングだ。
これは、仰向けに寝た状態から、膝を上に上げながら身体を丸め、首を支点に、一気に身体を伸ばして跳ね、ぱっと立つというもので、元体操選手だったジェンマは、これを楽々やれた。
私は、かなり練習した後、出来るようになった。手で補助すれば、割と簡単と思う。
まあ、普段、一瞬でも、地面や床に寝転ぶことはほとんどないので、披露する機会はあまりなかったが・・・
他にも、名刺による割り箸切り、スプーン曲げなど、いろいろマスターしたものだ。
女の子相手専用のものとしては、立った女の子の頭の上を、自分の踵を通過させる(回し蹴りに似ている)ことも得意だったが、こんなことをやっていたので、大学生の頃、小学生の女の子が沢山遊びに来るようになってしまったのかもしれない。つまり、せいぜいが小学生向けってことか(笑)。

昔の、BASIC標準装備のパソコンなら、数分で見事なグラフィックを表示するプログラムを作って驚かせることも出来たが、今、JavaScriptでそんなことをやろうとしたら、やや時間がかかってしまう。
私の場合、ついでに、タイピングの速さで驚かせたことがある(ただし、2本指タイピングだが 笑)。

適切な場であれば、聖書の詩編23や91を暗唱してみせれば、かなり心を引くことが出来る。
残念ながら私ではないが、ある(ちっとも格好良くない)男が、これで超美少女となんごろになったという、非常に忌まわしい思い出がある(笑)。
一方で、数学や物理学の大学や大学院を出た者が、すぐに、数学ネタ、物理学ネタを出してスベるのもよく見た(笑)。解り難いという理由より、「教科書に書いてあることしか知らないんだ」「空気読めないんだ」という呆れと哀れみの方が大きくて、まあ、さっぱりモテないようだ。
ただし、数学、物理学ネタも、適切な内容とタイミングであれば、必ず素晴らしい効果があるが、それには、センスや頭の良さが必要になる。数学や物理のテストの点が良い者が頭が良いなんてのは大誤解だ。

あなたも、是非1つ、素晴らしいパフォーマンスを身に付けると良い。
わかり易く、短時間で出来、そっとやそっとでは誰にも出来ない、能力の高さが解る・・・そして、鮮明なものが良い。
そして、そんな技を磨くことで、実際に能力も高くなるのである。

ところで、一番素晴らしいパフォーマンスは引き寄せだ。
映画『ザ・シークレット: デア・トゥー・ドリーム』で、大学教授にして引き寄せマスター、ブレイ・ジョンソンは、驚くべき引き寄せパフォーマンスを何度か見せた。
ミランダの3人の子供達に、「今、欲しいものは」と聞くと、子供達は「ピザ」と答え、「どんなピザ?」と重ねて尋ねると、子供達が詳しく説明する。
すると、突然、ドアをノックする音がし、ドアを開けると、ピザ配達人が、その通りのピザを持ってきていた。
こういったことだって、実際に出来るのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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