ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2018年12月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

あがくな

人間の想念の力は半端ではない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーが書いていたが、100万ドルのことを考えると、すぐに100万ドルがやってくるのである。
ただ、ほとんどの場合、注ぎ込む想念の量が足りないので、100万ドルはちょっとしか寄って来ずに離れてしまうのである。
想念の量とは、想念の強さ×想う時間といったものだ。
しかし、強く長く想えば、必ず叶うのである。

一方で、願いは紙に書いて忘れてしまうと叶う。
これは、全然、想い続けていないのである。
これを矛盾と思えなくなったら、成功は保証される。

紙に書いた瞬間、願いは叶っている。
叶った願いのことを「あれを得るぞ」だの「どうやってあれを得ようか」などと考えるのはおかしい。
また、わざとらしく「私はポルシェに乗っています」などという宣言をする必要もないし、してはいけない。
ポルシェが好きだという想いは、起こるにまかせておけば良いが、後は、やるべきことを淡々とやるだけである。
『バガヴァッド・ギーター』で、至高者クリシュナが「義務として働け」と言ったように。
サラリーマンであれば、義務として会社に来て作業をすれば良いし、ニートなら、義務として本を読んだり、求職サイトを見れば良い。
好きな人がいるなら、義務として会うべき時に会い、言うべきことを言い、何かしてやることがあったら義務としてしっかりやれば良い。
眺めるしか出来ないなら、義務として眺めれば良い。

最初に戻ると、こうである。
一億円欲しいなら、紙に「一億円」と書き、その紙は分かる場所にしまっておき、そんなことは忘れてしまう。
ただし、「書いた紙はどこにやった?」などという、いい加減な願いが叶うはずがない。
書いて忘れたら、一億円が欲しいという想いは勝手に出てくる。
つまり、願う想いというのは、無理に起こすものではなく、自然に起こるものである。
自然に起こらないなら、初めから自分向きの願いではない。

義務を果すとは、出来ることをやるということだ。
無理なく、ほんの少しの忍耐を持って。
腕振り運動1日千回とか、瞑想1日20分を1年365日、出来るだけ決まった時間に毎日やる者の願いが叶うのは、これらによって、義務として淡々と根気強く行う訓練が出来るからである。
スーフィー(イスラム教神秘主義)に、「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」という格言があるらしいが、これが究極であると思う。
ラクダをつなぐことを、義務として、淡々と、確実に根気強くやれば、後は神様が叶えて下さる。
とにかく、まず、願いを紙に書くことだ。
そして、根気強く無心に腕振り運動をすることである。









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馬鹿は勝てるか?

似た主張をタイトルから感じる2冊の本を見つけた。

『考えたら負け 今すぐ行動できる堀江貴文150の金言』(堀江貴文著)
『結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる』(藤由達藏著)

「善は急げ」ってやつだが、ことわざには反対のものが必ずあり、「慌てる乞食はもらいが少ない」とも言う。
「もらいが少ない」どころか、「慌てて、すってんてんに大損する」やつを沢山見た。
一方で、行動が遅過ぎる、どうしようもない人間も多いのだ。

「犬も歩けば棒に当る」と言うが、的外れなところを歩いたって仕方がない。
かといって、「歩かぬ犬は棒にも当らない」ことも確かなのである。
要は、頭が良かったり、経験があったりで、賢いやつは、速攻しようが、じっくり攻めようが勝つってことか?
その通りで、逆に言えば、馬鹿は、速効すれば即効で負け、じっくり攻めてもやっぱり負けるのである(救いようがない・・・)。
「正直者は馬鹿を見る」と言うが、本当は、「馬鹿な正直者」が馬鹿を見るだけで、賢い正直者は馬鹿な結末を避けるものだ。

我々が知りたいのは、「馬鹿が勝つ方法」だが、速効で勝つ賢い人は、「そんなもんねーよ」と、少なくとも心では思っているのである。
だが、あるかもしれない。
それは、『ラーマーヤナ』の最後に書かれてあり、稲盛和夫さんの座右の銘である言葉だ。
ラーマは魔王との戦いに勝利した時、自分の美しい妻であるシータをさらった魔王にすら、美しい伝統に則り、教えを乞うた(変態魔王はシータに手を出せなかったが)。
それは、
「私心があるならやってはならない。私心がなければすぐにやりなさい」
だ(魔王よ、アンタは私心丸出しでシータをさらったよな・・・)
稲盛和夫さんは、ビジネス上の難しい判断に迫られると、「私心ありかなきか」と問い、はっきり分かるまで動かないようだ。

だからと言って、私心だらけの我々が何もしちゃいけないって訳にはいかない。
そこで、『バガヴァッド・ギーター』で、至高者クリシュナが言ったように、「成果を期待せず、義務として働け」である。
・・・であるが、凡人はなかなか納得すまい。
だから凡人なのであり、慌てようが、ノロかろうが駄目なのである。
で、結局はこうなのだ。
「やる運命にあれば、やることは避けられない。やる運命になければ、いくらやろうと思っても出来ない」

だから、行き着く答は、やはりこうだ。
「神を信用しろ。だがラクダはつないでおけ」(スーフィーの格言)
「棚からボタモチ」とか言う。
そうだ、ボタモチが落ちて来ることは期待しろ。
だが、棚は用意しておくように。
無理せず、出来ることをすれば良い。
だから、IAさんの『Shooting Star』を聴けば良い。
「空を見上げ 身をまかせて 時を待とう」
である。
【IA OFFICIAL】Shooting Star / TeddyLoid feat.IA (MUSIC VIDEO) - YouTube -









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軽い運動を数多く繰り返すことの威力

盛り上がった筋肉をつけるには、筋力トレーニングといって、5~10回繰り返すことが可能な強い負荷をかけた運動をする必要がある。
だが、そのような運動は、身体を痛めやすいし、鍛えた一方向にパワーがある以外は、遅い、固い、負傷し易いなど欠点も多いと思う。
筋肉の持久力を高めるには、10~20回繰り返すことが出来る程度の負荷のトレーニングが良いとされている。
ところが、ヒンズースクワットや腹筋運動といった、一回一回の負荷がそれほど高くはなく、数十回とか数百回以上繰り返すことが可能な運動は、筋力や筋持久力の向上には効果的でないと言われるが、これが実用的な身体を作るので、愛好するスポーツ選手や武道家も多いのだと思う。

さらに、腕振り運動のような、誰でも数百回を問題なくやれ、その気になれば数千回も無理ではない運動は、スポーツ科学的には、効果的な運動と見なされないはずだが、長い期間、継続していると、筋肉の力とは違う不思議な効果があり、身体が軽く、そして、根本から強靭になる。
私も長く、回数の多い腕立て伏せやスクワットを愛好していたが、これらの運動でも、肩や腰や膝を痛めることが多く、日常で強い力を使うと、捻挫や肉離れを起こし易かったのだが、軽い運動を数多く繰り返すことをやっていると、故障や不調がなくなり、妖精にでもなったような軽快さが備わってきた。
腕振り運動や、ぐーぱー運動、腰を前後、あるいは、左右に動かすといった運動である。
そして、何より、腕立て伏せやスクワットをやっていた時は、ちょっと嫌々やっていたところがあり、運動を始めるのが億劫・・・有体に言えば憂鬱だったが、軽い負荷の運動であれば、運動が楽しみになる。
また、それらの運動は時間もかかるので、長く立っていることになるが、立っていること自体が、長時間の運動として効果的なのである。

身体を引き締め、ダイエットしたいなら、お奨めしたいのは、膝上げ(腿上げ)運動と、ハーフスクワットだ。
膝上げ運動は、普通に立った状態(手は腰に当てても良いと思う)で、方膝ずつ水平に上げるのだが、無理に速く上げる必要はない。
これなら、50回から100回以上可能と思う。
ハーフスクワットは、自然に立ち、両手を後ろで組み、適度に腰を降ろし、伸ばすのだが、あまり深く腰を降ろさず、また、速過ぎず遅過ぎずの自然な速さで行う。
少々、曲げ方が浅くても良いが、あまり、浅くならないようにする。
これも、誰でも数十回以上は可能だし、毎日やっていれば、楽で気持ち良くやれるようになるだろう。
プロレスのジャイアント馬場さんが、飛び蹴り(ドロップキック)をマスターした時、それを教えてくれたプエルトリコのペドロ・モラレスが「体重を10kg落とせば、もっと綺麗に決まる」と言うので、膝上げとハーフスクワットで10kg落としたそうである。

軽い運動を沢山の回数繰り返すことは、まずは血行が良くなるし、それに伴って、酸素の運搬能力も上がり、代謝も良くなるが、それとは別に、科学的医学的には検証されないかもしれないが、気の活性化のようなものがあるのではないかと思う。それによって、根本的な生命力が高まるのである。
イチローが、「延々といつまでも続く」ストレッチをすることはよく知られているが、イチローの超人性も、そんな運動によって作られているのだと思うのである。
むしろ、イチローはプロスポーツ選手として、強い力やスピードを鍛える必要もあることが、ある意味、弱体化を招いている部分もあるように思える。

また、私は、少し前から、蹲踞の姿勢(相撲や剣道でよく行われる)を、運動中、度々行っているが、この姿勢が身体を調整する威力は素晴らしく、身体の調子が数段良くなった。
私は、1年365日、朝晩の運動は欠かさないが、夜で言えば、腕振り運動は、主に後ろに振る時に力を入れるものを300回、主に前に振る時に力をれるものを300回行っている。
腰を前後に動かす(実際は膝を前に出すような感じ)運動を200回、横に動かす運動を100回。
ぐーぱー運動が、握る時に力を入れるのを50回、開く時に力を入れるのを50回行う。
膝上げとハーフスクワットは最近始めたので、それぞれ100回と50回だが、慣れたら回数が増えるかもしれない。
こんな軽い運動で、身体が強く、若く、美しくなり、二十歳の時よりずっと調子が良く、妖精や仙人に近付く感じもする。
妖精はともかく、仙人は、大変な回数の運動を毎日やっているように思うのである。









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世界はこうして造られる

世界は、物質的に何かが存在している訳ではなく、我々が目を向けた時(正確には意識した時)、我々の内部にいる魔術師が、目を向けた先に、一瞬で世界を構築するのだと主張する人は昔からいたが、現代の科学は、それが正しいことを解明している。
有名な、アインシュタインとインドの詩聖タゴールとの対話で、タゴールは、「我々が見ていない限り、月は存在しない」と断言したが、アインシュタインには信じられなかったらしい。

問題は、「我々が好きなような月を作れるか」だが、実際、作っているだろう。
月より、星の方が分かり易く、星空は心の中そのものだ。
詩人、農民、エンジニア、科学者を問わず、心が澄んでいる時は、皆、星は語りかけてくると言う。
アンデルセンの『絵のない絵本』の月は、アンデルセンの魂だし、ライオネル・マリア・リルケの『夢』の第七夜では、あるロシアの若者は、星は神様や天使の目であると信じていたが、彼がそう思っているならその通りだ。

皆、魂は美しく、世界も美しくあるはずだが、魂に近いところにある心が、世界を台なしにしてしまう。
そう、人生をとても残念なものにしてしまうのだ。
『ラーマーヤナ』のヒロイン、シータの父親のジャナカ王は、その心を見つけ、死刑にしてしまった。
もっとも、心が無ければ、世界も存在しないのだが、普通の人の心は、荒れて淀んだ湖だ。
世界は心が見せる幻だとしても、良い詩人や画家が描く世界が美しいように、我々は目の前に美しい世界を作り出すことが出来る。
淀んだ心が邪魔さえしなければ。
そして、心を静かにする方法は、単に、静かな呼吸をすることだということを、誰もが、何度も聞いたはずなのだ。
私も、力強くそう教える声や文字を、何十回も聴き、見た覚えがある。
不安というのは、世界が美しくないか、美しくない世界が現れる予感と共にある。
そんな時、呼吸を静かにすると、世界や世界の因子が変わっていくのを感じて安心するのである。
我々の内にいる、世界を作る魔術師(それは神か仏のようなものかもしれないが)の邪魔をしてはならない。
極めて呼吸が少ない神人は、自在に世界を構築しているのである。









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心があまりに騒ぐ時

普通の人は、頭の中で否定的なつぶやきが止まることなく発せられていて、日々、生命力を失い、老い、能力を失くし、地獄に引き込まれている。
そこで、意識的に「大丈夫」といった言葉を呪文のように頭の中で唱えて、否定的なつぶやきを中和させないと、破滅へとまっしぐらとなる危険がある。
そこで、「絶対、大丈夫だ」「全て順調だ」「世界は意のままだ」といった万能呪文を、いつでもどこでも唱えることが薦められる。
しかし、外部からの攻撃があまりに強かったり、逆境が強く長く続く場合、呪文を唱える気力も無くなることだってあると思う。

そんな時は、呼吸を遅くすることで心を消すしかない。
ただ、ほどほどにやらないと危険もある。
しかし、効果はあまりに大きい。
ラマナ・マハルシは、「呼吸を制御すると心は静まるが、呼吸が戻ると、心は再び立ち現れる。呼吸制御は一時的なものであり、心を破壊するものではない」と言ったが、それなら、ずっと呼吸を制御すれば良いのである。
無理をせず、呼吸数を、これまでの8割、5割、3割と下げていけば良い。
普通の成人で、1分間の呼吸数は12~18回だそうだ。
これが5回くらいになると、頭の中のおしゃべりは止み、不安が消え、心が静まり、直観が冴える。
世界の根源とのつながりも強くなり、望まずとも幸運に恵まれる。
1分間に5回の呼吸は、ある程度の期間、意識的に根気強く、いつでもどこでも、気がつくたびに訓練すれば、それほど難しいことではない。

『ナ・ダーム』という本に、右眉の左端を意識しながら、「ナ」で息を吸い、「ダーム」で吐く方法を教えているが、これが実に良い。
ちなみに、「ナ・ダーム」という言葉には何の意味もない。
何の意味も感じない言葉を選んだだけなのだそうだ。
この本の翻訳者で、名翻訳者の評判の高い川口正吉氏も、この呼吸法の優れた効果を、あとがきに書いておられたと思う。
私の感覚では、「ナ」で短く息を吸い、少し止め、「ダーム」で細く長く吐く感じだ。

良い呼吸をするようになると、明らかに世界が動くのを感じる。
どんな意味でも、心が世界を作っているのであるから、澄んだ心からは、快楽的ではないが、精妙な世界が構築され、時には、緻密な因果関係が織り込まれていることに、直ぐに、あるいは、後で分かって驚くことも多いのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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